本当に、本当にあった怖い話

蓮村 遼

第1話 異音

 私、定期的に疲れがピークに達するんです。皆さんもそんな時ってありませんか?

 そんな時に限って色々やらかす、怖い目に遭う。なんてこと、ありませんか?

 これは私がつい最近体験した話です。



 

 私、この時期には母を乗せて近くのホームセンターまで野菜の苗を買いに行くのがお決まりのイベントなんです。ゴールデンウイークのせいで週の前半に1週間分の仕事をこれでもかと押し込んだので、私は疲労困憊でした。

 しかし、このイベントだけは外せません。今回も母を助手席に乗せ、車を走らせたんです。


「…?」


 ふと、私は違和感を感じました。何かがおかしい。しかし、何だろう?上手く説明は出来ず、母も気づいてはいなかったため、そのまま用事を足すことにしました。


「あ、ネギ買うからスーパー寄って」


 母に言われるがまま、スーパーの駐車場に車を停めます。

 やっぱり、おかしいんです。何かというと、アクセルを踏むと足元で布のような薄い物が車体の裏を擦るような振動が来るんです。その頻度はタイヤの回転数と比例しているように増えたり減ったりするんです。ついでにファンファン…と聴いたことがない音も聞こえるようなんです。


「ねぇ、車からなんか変な音しなかった?」


 車体の下をのぞき込みながら母に問いかけましたが、同意は得られませんでした。

 いつも結構でかい音で音楽かけてるから気づかなかったかな、ひょっとしたら普段からこんな音してたかも…。

 私はそう思うようにしました。


 でも、やっぱりするんです。しかも、最初に気づいた時より音も振動も大きく感じたんです。

 さすがに母も気づいたらしく、帰宅後、再度車をチェックしてみましたが、とりわけおかしいところはありませんでした。


「結構苗とか重いものも買ったから、それで車のバランスでも崩れたんじゃない?」


 母の言うこともわからなくはなく、私は大丈夫だと思うことにしたんです。心なしか、荷物等を下ろしてからは音がなくなったような気がして、さらに大丈夫という安心感の後押しをしたんです。


 そしてゴールデンウイークも終わり、5連勤が開始しました。

 私の職場は自宅から車で30分程度の場所で、山を越えていかなければなりませんでした。

 朝、車に乗るその時まで、私は音や振動のことは忘れていました。しかし、車を発進させてすぐ、車は私に異常を知らせたんです。

 昨日より音が大きい?

 昨日は布で軽く車体を擦るような優しいものでしたが、今日はまるで細い木の枝が絡まっているようなキリキリッ…ゴンゴンという音に変わったんです。衝撃ももちろん強くなりました。

 え?なんで?なんも挟まってなかったし…。壊れたの?

 それでも、まだ焦るほどではなかったんです。職場に着いたらまた車を確認してみよう、そのくらいで焦りはありませんでした。


 結局異常は見当たらず、その日は休み明けの鈍った精神と身体に鞭を打ちながら、ゴールデンウイーク明け1日目という最大の壁を乗り超えたのでした。


 やっと帰れる。私はいそいそと車に乗り込みエンジンをかけハンドルを回す。


 ギリギリギリ…


 異音は朝より強くなっていました。アクセルを踏んでも、ハンドルを切っても音はどんどん強くなります。金属同士が触れ合う、または何かがタイヤの動きを邪魔している、そんな抵抗感もありました。アクセルを踏む足のみならず、ハンドルを握る手、座席にまでその音はじわじわと染み込んでくるようでした。


 ギッ!ギギギ!


 田んぼ道でハンドルを左に切ったとき、今までで一番大きな音がなりました。

 これは絶対周囲のドライバーや通行人に聞こえている…。

 そして私はふと思いだしたんです。先週の夜の出来事を。


              ◆


 その日、私は残業で家路につく頃には、周囲は闇で覆われていました。何せ田舎、街灯はあるところにはあるけれど、ないところには全くありません。いつものように田んぼ道で左にハンドルを切り、次は右折…と右に視線を移したその時、視線の先にランニングをしている女性が見えたんです。


 あやばい!轢いちゃう!


 私は何とか急ブレーキを踏み、恐る恐る顔を上げました。大丈夫大丈夫、そう自分に言い聞かせながら。

 そこに女性はいませんでした。それどころか、周囲には人っ子一人いなかったんです。

 私は確かに見たんです、ピンクっぽい長袖のTシャツに短パン(なんかアンダーウエア的なものも着ていたような)。キャップから飛び出たポニーテールを弾ませた女性を。

 私は怖くなり、冷たくなる背筋を背もたれにグイグイ押し付け、その寒気をごまかしながら急いで家に帰りました。


               ◆


 まさか、私、幽霊を轢いてた?

 私の脳裏には絶対ありえない(と思いたい)答えが浮かびました。

 でも、確かにあれは休みに入る前のこと、時期としてはおかしくありません。

 私は意地でも事故らない、事故りたくない!とハンドルを強く握りしめ慎重に家路を辿りました。


 家につくや否や、私は地面に這いつくばり車体裏を見上げました。

 何もいない。何もない。

 次いでボンネットを開けてみますが、そもそも車にはあまり詳しくないため見ても何のことやら…。車屋に電話…、って月曜日定休日じゃん!

 積んだ…と頭を抱えていると、出かけていた父がちょうど帰ってきたのでした。

 私は救世主にこいねがい、原因究明を依頼しました。


「なんか、左の前輪から音が聞こえる…。タイヤ外すぞ」


 私は急いでジャッキとレンチを取り出し父に渡しました。

 そして、ついに真実が明らかになったのです。



 父がレンチを回した瞬間、驚愕の声を上げました。


「おい!!なんでこんなにネジ緩いんだ!」


 はあ?そんなのこっちが聞きたい!なんでタイヤのネジが緩むんだよ!

 しかし、私ははたと気づいたのです。そして頭を抱えたのです。

 自分でタイヤ交換したんじゃん…と。



 実は私、ゴールデンウイークの中盤になってやっと車のタイヤを交換したんです。いつもの年はもっと早めに変えるんですけどね、今年は仕事が休みとなると雨が降り、雨曝しでタイヤ交換をしたくない私はずるずると後回しにしていました。

 いつも自分でタイヤ交換をしているので、今回も良し、完璧ってな感じでした。


 私、いつもタイヤ交換をするときネジを強く締めすぎて次の交換の時えらい苦労するんです。だから、今年はそこまで完璧に、完璧にやろうと思ったんです。


 ええ、そうなんです。タイヤのネジ、閉め足りなかったんです。

 今までの異音は全て、自分の愚行が招いたことだったんです。



 怖くないですか?私、山道をそんなゆるゆるタイヤで走ってたんですよ…。

 もし、山のど真ん中でタイヤが外れて…、そんなことを考えると震えが止まらなかったです。



 日頃から善行を積んで運を貯めておくと、こういう時に奇跡を起こせるんですかね。うるさいですか、すみません。




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