間話 欲望

人里離れた森の奥深くにある洞穴。最奥の澱んだ空気が充満する地底湖にそれは発生した。それは形の定まらない粘体で構成されており、大きさは湖に漂う微小な生物ほどの大きさ。世界に生まれ落ちてすぐ、とある意志を持って動き出した。【満たされたい】と。


地底湖にはそれ以外にも多くの粘体生物スライムが住み着いており、虫を食べて生存しているようだった。同胞の捕食を見たそれも真似をして虫を捕らえては満たされない気持ちを紛らわす生活が続いた。


そんな生活に劇的な変化が訪れた。いつもの様に虫の捕らえようとした際に、他の同胞を巻き込んで捕らえてしまったのだ。それは食べてしまった瞬間に感じる。


【満たされる】と。


今までの飢餓感が嘘の様な感覚に歓喜し、すぐに同胞を探し、喰らう。虫では与えてくれなかった充足感がこんな身近にいたなんて。もっと、もっとだ。もっと自分を満たしてくれ。



同胞喰らいを始めてから1ヶ月と経たずに、地底湖は生きる物が全くいない場所となる。動く物を根こそぎ喰らったスライムは小鼠程の大きさにまで成長し、水中から這いずり出る。ここにはもうなにもいない。もう満たしてくれない。ならば他のところだ。そこでもっと満たされよう。


洞穴の外へ向かいがてら、駆けずり回る昆虫を喰らっていく。今までの獲物よりも圧倒的に大きいのだが、あまり満たされた感覚がない。湖での同胞喰らいの充足感には程遠い。何故だろう、そう思いながら移動していると大きなものが近くにいるのを感じる。4本の足で移動し鋭い牙で昆虫を捕らえているようだ。洞穴に潜り込み、澱んだ空気に適応したネズミだ。


食事中のネズミに、粘体を平らにしながら忍び寄ったそれは一気に獲物へと覆い被さる。慌てたネズミは激しく抵抗するも、すぐに動かなくなる。


こんな大きな獲物は初めてだ。全身を使ってゆっくりと捕食し始めたそれを久しぶりの感覚が襲う。


【満たされる。】と。


ああ、これだ。これが欲しかったのだ。しかも同胞喰らいの時よりも強い充足感だ。粘体の内部でネズミを溶かしながら、それは思った。もっと欲しい。もっと寄越せと。

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