第4話 あなたのパパが好きです

 俺はずっと、頭の中がぐるぐる渦巻いていた。


 朝になっても寝つけなかった。


 父さんと母さんから、今日は学校を休みなさいと言われた。


 一人でいるときに、考えているのはソラのことだった。


 子供の頃からずっと一緒だった。


 大好きな幼馴染を、こんなにも好きだったなんて気づかなかった。


 でも、もし大好きな幼馴染が、父さんと付き合うだなんてこと、万が一にもあったとしたら。


「いいや、そんなはずない。父さんがそんなことするはずない」


 信じたいのに、信じきれない苦しみを抱えたまま、いつの間にか昼をすぎて、夕方になった。


「ただいま。アツシ、居る?」


 帰ったのは母さんだ。


「いるよ」


「ちょっと話があるの、大丈夫?」


「うん、大丈夫」


「急で悪いけど……」


 母さんはそっけない様子で言った。


「母さんね、遠くへ引っ越すの」


「は??」


 驚きのあまり、けだるさが吹き飛ぶ。


「どういうこと?」


「仕事で転勤するの。

 最近仕事がうまくいっててね、母さんとても充実してるのよ。

 それでね、アツシにもついてきてほしいの」


「はぁ???」


 急な話で、話を飲み込めなかった。


「じゃあ、この家は」


「父さんが一人暮らしする予定よ。

 あの人は中学校の先生で、そう簡単に引っ越せないのよ。

 でもアツシは大丈夫でしょ?」


「で、でも、俺だって友達とかいるし……」


「明日までに決めてくれたらいいわ。

 お別れは寂しいかもだけど、向こうでも新しい出会いはあるわ。

 それに、ずっとお別れってわけじゃないのよ?

 GWとか、夏休みとか、大きな休みの日ならまた戻ってこれるから、大丈夫よ。

 ……母さんね、アツシが居ないと寂しいのよ。

 だから、お願い」


***


 次の日の放課後、俺はドキドキしながらソラに家に行っていいか尋ねた。


「いいけど、わたし、父さんと勉強する約束があるから……」


「時間は取らないから、絶対に邪魔しない」


 二人はソラの家に一緒に向かった。俺の胸の高鳴りが止まらない。


「……わかった。一緒に帰りましょ」


 ソラは柔らかな笑顔で答えた。


 もう、今日、この日しかチャンスがない。


 母さんから言われたことをずっと考え、そして決めた。


 今日、ソラに告白する、と。


 そして告白が上手くいけば、俺はここに残る。


 その逆に、失敗したなら、母さんについていく、と。


「子供の頃はこうして一緒によく帰ってたよね」


 俺は懐かしむように言った。


「そうだね、とっても懐かしいわ」


 ソラは微笑んで答えた。


 その笑顔に俺は心が締め付けられる。


「一緒に虫取りしたりしたよな」


「あっくん、蝉のおしっこ引っかかって、ギャーギャー泣いたもんね

 かわいかったなぁ」


「それ、俺が子供のときの話だろ。

 今はそんなことしないよ」


「ふふふ、そうだね。

 あっくん、今はかっこよくなったもんね」


「……まあな」


 こうして話しているうちに、ソラの家についた。


「ソラの母さんは?」


「いつも通り、夜勤で出かけてるの」


「そうか」


 想定通りだった。


 ソラの家に入り、部屋に向かった。


 久しぶりのソラの部屋。


 女子の心地よい香りがする。


 部屋の隅に、控えめなデザインのシングルベッドがあり、柔らかなピンクのシーツがかけられている。


 散らかってる様子はなく、可愛いクッションやお菓子作りの本などが棚の中にあり、しっかりと整頓されていた。


 そして、勉強机の上には勉強道具が整然と並べられ、集中するにはとてもいい環境に違いなかった。


(本当に父さんと勉強してたんだな)


 思わず俺は安心する。


 父さんとソラが付き合ってるなんて、あるはずがなかったのだ。


「何か飲む?」


「いいよ、それよりも話があるんだ」


「話って……」


「ソラ……俺……」


 俺は勇気を振り絞って告白した。


「俺、ソラのことがずっと前から好きだった。俺と付き合ってくれ」


 一瞬、ソラの部屋に静寂が広がった。


「……あはは」


 しばらくして、ソラは困ったように笑った。


「あっくんの告白、とてもうれしかった。けどね、ごめんなさい。私ね…」


 その後、俺にとって衝撃の一言を放った。


「あなたのパパが好きなの。

 だから、付き合えない」


 俺の心は真っ二つに割れるような痛みに襲われた。


「そう……なのか……」


 振られた。


 完全に振られた。


 正直、悔しくて辛い気持ちが込みあがってきた。


 ソラの目が見れず、周囲を見回す。


「あ……」


 すると、最初入った時気づかなかった、あるものを見つけた。


 プリクラが、勉強机の見えづらい位置に貼ってあった。


 小さな写真の中、ソラが大人の男と抱き合っていた。


 俺だけが、その相手が父さんだと理解した。


「あっくん……そういう事なの。

 ママさんには申し訳ないけど、そういう関係なの」


「そ……そんなこと……」


「責められてもしょうがない。けどね、好きになった人と愛し合うことを止められないの。

 大好きなの。ねえ、それって、悪いことじゃないでしょ?」


「あ……ああ……」


 崩れていく。


 俺の大切にしていた、ソラの思い出がすべて。


「パパさん、とってもすごかったのよ。思い出しただけで、気持ちよくなってね……ふふふ」


 俺はソラがどんな顔をして言っているのか、分からなかった。


 でも、きっとそれは、俺の知ってるソラの顔じゃないんだろう。


 俺は身をひるがえす。


「ご、ごめんな、それだけが用事だったから……じゃ、もう行くわ」


 その場から逃げようとした瞬間


 がちゃん、とドアが開いた。


「ソラ、入るぞ」


 その時、父さんがソラの家に入ってきた。


「やっぱりアツシだったか」


「と、父さん……」


「パパさん! 来たのね!」


 ソラは父さんに抱き着いた。


 その姿に俺はさらに悲しみが込み上げる。


「あっくん、ごめんなさい。私たち二人で勉強するからね

 パパさん、始めましょ」


「待て、ソラ。少しだけアツシのことで話があるんだ」


「そうなの?」


 父さんはソラに告げた。


「実はね、アツシはもうすぐ遠くへ行くかもしれないんだ」


「え!? そんな……」


 ソラは驚き悲しむ様子だった。


 それを見た俺は、不覚にも、うれしさがこみ上げる。


 やはり俺のこと、心配してくれているのだろうと思った。


「じゃあパパさんも?」


「俺はここに残る。ソラを置いて行ったりしないよ」


 父さんは優しく答えた。


「はぁ、よかったぁ……」


 ソラは安堵の表情を浮かべた。


 俺の心は悲しみに包まれる。


 俺との別れなど、少しも気に留めない様子だ。


 俺は涙があふれそうになるのを必死で堪えた。


「ソラ、最後になるかもしれないから、アツシにお別れを言ってくれ」


 父さんが言った。


 絶望する俺に、ソラは言った。


「ありがとね、あっくん。パパさんと出会えたのはあなたが居たからよ。

 あっくんのこと、ずっと前から好きだった。けど、ごめんなさい。

 今はパパさんの方がもっと好きで、愛してるの。

 あっくんとは、ここでお別れだけど、元気でね。さよなら」


 俺はソラの言葉に涙があふれ、声にならないほどの悲しみが胸を締め付けた。


 それでも俺は、強くうなずいて、ソラに笑顔を見せようと努力した。


「ありがとう、ソラ。君の幸せを願ってるよ。さよなら」


 そう言い残し、俺はソラの家を後にした。


 歩くたびに心が引き裂かれるような痛みを感じながらも、俺は遠くへ行く決意を固めた。

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