第11話:龍の中
「はぁ、はぁ……あっ!」
「シュティちゃん!」
そしてシュティの体力がつきて転んでしまった。慌ててアレクサンドラがシュティを起こそうとして振り向いたところで、ビットレイが追ってきてないことに気が付いた。
「はぁ、はぁ、少し、休憩しましょう」
「うん」
とりあえず追手が来てないことに安心した二人は、その場に座り込み息を整えた。
(はぁ~~、思った以上に体力がないのぉ。もっと運動しておくべきじゃったか。あまり早くから鍛えるのは逆に良くないと聞いたことがあるから、鍛えるのは5歳になって儀式を終えてからと思っていたのじゃがのぉ。まさか当日に攫われることになるとわなぁ)
「はぁ、サンディちゃん。ここ、大丈夫、なのかな?」
「うーん、多分?」
必死に走っていたため二人は気づいていなかったが、改めて周囲を見回すと空に魚が泳いでいた。否、よく見ればこの部屋が水の底にあるようだ。部屋全体がガラスで覆われており、月の光が水を通して部屋に降り注いでいた。夜とは思えないほど明るく、幻想的な光景に二人は見惚れた。
「す、すごい部屋だね」
「うん、きれいだね」
(しかしここはこんな場所じゃったか?あの眼が湖の底にあったというのは記憶しておるが、こんな部屋じゃなかった気がするのだが……。第一本が一冊もない。まぁ、最後にここに来たのは20年以上前じゃし、単なる記憶違いかもしれぬが)
実際、アレクサンダーとして以前来た時は『魔導書庫』という名の通り、本が大量に設置された書庫だった。このようにガラス張りの部屋もあったが、アレクサンダーは最奥であるこの場まで来ることはなかったので知らなかったのだろう。
「ねぇ、何だろう?これ?」
「うん?そんなのあったっけ?」
「わ、わかんない」
そんな時、シュティが部屋の中心にある台座を見つけた。部屋に来た時には無かったはずなのだが、二人は慌ててたから気が付かなかったのだろうと思い、気にしないことにした。
「うーん、何だろうね。これ?」
(何かを置くための凹みが台座の上にあるが、それ以外は特に何もないのぉ。この模様は……龍を模したものかの?やはり伝承にある龍に関係する場所なのか?)
龍。それはこの大陸では神そのものだったり、神の化身として扱われ、龍を信仰する宗教もある。そんな龍は様々な姿で描かれる。主に大陸の東では蛇に近い姿で、西ではドラゴンに近い姿で描かれることが多い。そのため西では龍とドラゴンを同一視することも多いが、熱心な龍信者の前でそれをするとぶん殴られるので注意が必要だ。
っと話が逸れたが、この柱に描かれていたのは蛇に近い龍だった。帝国ではどちらの姿でも描かれるため、アレクサンドラはすぐに龍だとわかった。
『認証完了。龍の血族であることを確認しました。魔導書庫を開きますか?』
「わっ!?」「なにっ!?」
アレクサンドラが謎の台座をべたべたと触って調べていると、台座から何者かの声が部屋に響いた。驚いた二人は咄嗟に後ろに下がった。
「??」
(なんじゃ?何の声じゃ?何も起こらぬ)
『魔導書庫を開きますか?』
「!?!?」
10秒ほどして、再び先ほどと同じことを聞かれた。
「どう、するの?」
「開けてみよう。水も食料もないこの場にいつまでも留まれないし、かといって外にはあの男がいるだろうし」
「う、うん。そうだね」
実際問題、ここから出るには先ほどの扉から出る以外になく、かといってここで待ち続けるにも限界がある。そう判断したアレクサンドラは、意を決して魔導書庫を開けることにした。昔、アレクサンダーだったころに魔導書庫に入ったこともあるため、そこまで大きな問題にはならないだろうと踏んでいたというのも理由の一つにある。
「開ける!魔導書庫を開けるわ!」
『了。魔導書庫を開きます』
アレクサンドラが応えると、台座から了承したという返事が届く。
『魔導書庫開錠中――開錠失敗――鍵の存在確認——鍵の消失を確認――鍵の再生成が必要です』
しかし、魔導書庫を開けるのに失敗したようだ。どうやら鍵がないらしい。
「鍵の再生成?って何をするの?あとあなたは誰?」
『了。当魔導器について説明いたします』
疑問に思ったアレクサンドラが問うと、台座はそれにこたえた。そして説明されたのは驚くべきことだった。
『当機は、魔導書庫に繋がる門を管理する魔導機具です。魔導書庫を開けられるのは鍵を持った龍の血族のみです。それ以外の者に開くことはできません。鍵の再生成は生きた龍の血族の身体の一部が必要です。よく使用されるのは左右どちらかの眼球、次いで四肢のいずれかです。一度作った鍵は何度でも再利用可能です。そして魔導書庫とは、この世のあらゆる魔導を記録するための書庫です。以上』
「龍の血族?初めて聞いたわ」
(何じゃそりゃ?聞いたこともないぞ)
『お答えします。龍の血族とは、龍に認められた血族の事を指します。この場においては、リッター家、リヒット家のお二方が該当いたします。当機が設置されたのは二千年前ですので、その間に当機の詳細な情報は喪失したと思われます』
(ほう、儂だけじゃなくシュティもそうなのか。となるとビットレイはここに入れなかったのか?いや、でも説明によれば魔導書庫はまだ開いてないはず。ならば入れてもおかしくないが……。聞いてみるかの)
「私たち以外にも入ろうとした男がいたと思うんだけど、その人たちはどうなったの?」
『わかりません。当機はこの場への入退出は管理していません』
「そう……開けるには眼球か四肢の一部が必要なのよね?」
『はい。正確には、鍵の生成に必要となる魔力を込められる部位であればどこでも大丈夫です。悩むのであれは眼球をオススメします。眼球は『魔眼』という物が産まれるほど魔法適性が高い部位ですし、片方の眼が欠けても生活に大きな支障はないですから』
(そうは言ってものぉ。眼をくり抜くのに抵抗がない奴などおらんじゃろう。四肢のどれかだとしても同じじゃ。しかし今は魔導書庫を開けないと追手が来るかもしれんし……うぅむ、どうしたものか)
「か、鍵って一人一つなのですか?」
『否、鍵は当機に対して一つのみです。鍵を持たない人が入るには、鍵の生成者に許諾を得る必要があります』
「そう、なら私の眼球で作るわ」
「母様!?」「!?」
そこへやってきたブルーメが、『ブチブチブチィ!』っという音と共に自らの左目を抉り取り、台座の上に置いた。
『条件を満たす素材を確認しました。鍵の生成を開始します』
「母様!!母様!何をしてるんですか!?」
「ふふふ、遅くなってごめんね。もう大丈夫よ!」
「そうじゃなくてぇ!!!」
突然現れ、あろうことか左目を抉り取ってしまったブルーメに対し、アレクサンドラは涙目になりながら母を責めた。が、ブルーメはどこ吹く風といった感じだ。
「シュティ!大丈夫!?」
「母さん!母さーん!!うえええん!!!!」
とそこへ、シュティの母もやってきた。今日は『母上』と呼ぶように言いつけられていたシュティであったが、気が抜けたのか母さん呼びになっていた。
部屋には子供二人が泣く声がしばらく響いた。
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