第6話:精霊契約

「続きまして精霊契約の儀を行います。皆さまご存知かとは思いますが、精霊との契約は必ず出来るという物ではありません。悲しいことに、精霊と契約を出来なかったことを理由に、子供に手を上げるという方が一定数いらっしゃいます。貴族である皆様に限ってそのようなことはないでしょうが、改めて心に止めて置いていただけると幸いです。では、シュティ・リヒット様。こちらへどうぞ。この精霊石に手を乗せてください」


 精霊契約についての注意事項を述べた後、精霊契約の儀が始まった。精霊契約には精霊石というものが使用される。これに手を乗せると精霊界――精霊の住む世界——にその人の魔力が流れ、その魔力を気に入った精霊が精霊石を通してこちらにやってくると契約に成功したということになる。契約内容は教会と精霊王との間で取り決められているため、こちらで何かするということはない。


「残念ながら精霊との縁はなかったようですね」


「えっ!?」


 少しして、最初の子供の精霊契約の儀が終わった。契約はできなかったようだ。シュティと呼ばれた子は落ち込んでいる。

 

「ですが気を落とさないでください。精霊との縁を持つ人間は本当に少ないですからね。大司教である私だって契約は出来てませんので」


「はい……」


 大司教は子供を慰めようとしたが、その言葉は響かなかったようだ。その後も儀式は行われるが、精霊と契約出来た子は現れなかった。


「アレクサンドラ・リッター様。どうぞこちらへ」


「はい」


 そして最後にアレクサンドラが呼ばれた。他の子たちと同じように精霊石に手を置く。すると精霊石が眩く光出した。思わず『うおっ』という声が出ていたが、それ以上に精霊石が発する光が眩しすぎて他の人には気づかれなかった。


「えぇ……っと?」


 光が治まり、アレクサンドラの手の上にあったのは手のひらサイズの小さな卵。何となくこの卵と契約したんだということがアレクサンドラの頭に流れ込んできたが、詳細はわからないままだ。


「なんと……精霊の卵ですか」


「すまない。これは『卵の精霊』ではなく『精霊の卵』なのか?」


 大司教のつぶやきに真っ先にブルーメが反応した。精霊の種類は数知れず、地域によっては八百万の神とも呼ばれるほど多くの精霊がいる。そのためブルーメを含めたこの場の大人たちはこれを『卵の精霊』だと思っていた。しかし大司教は『精霊の卵』と呟いた。


「おほん。説明いたします。『精霊の卵』は別名『精霊の寵愛』とも呼ばれてまして、大精霊や精霊王といった強力な精霊に気に入られた人にのみ送られるものです。彼らは力が強すぎてこちらの世界に来ることができないため、代わりに自身の身を削って卵を作り契約者に送るのです。この卵から産まれる精霊は契約者のために産まれてくる精霊といっても過言ではないため、大事にしてあげてください」


「は、はい」


(まさか精霊と契約できるとはのぉ。しかも大精霊とかそのレベルからの送りものじゃと?随分と凄いものに気に入られてしまったものじゃ。何という精霊なのかは知らぬが、精霊を裏切らぬようにしないとのぉ)


「良かったわねサンディ。精霊様に感謝して、大切に育てなさいね」


「はい、母様!ってうわっ!」


 大切に育てるといった途端、精霊の卵がアレクサンドラの身体へと吸い込まれていった。


「精霊が休憩する際は契約者の身体の中で休憩してます。精霊の卵もそれは同じですので、気にしないでください。孵化したら自然と外に出てくることでしょう」


「そ、そうなんですね」


(先に説明しておいて欲しかったのぉ。びっくりしたぞい)


 そうして儀式は終了した。今日の夜は領主の屋敷で夜会が開かれるため、リッター家の面々は早々に屋敷へと戻り夜会の準備を始めた。夜会には儀式に参加していない貴族も出席するため、準備しなければいけないことは山ほどあるのだ。もちろん前々から準備はしているが、だからといって当日は何もしなくていいわけではないのだ。



「わっ、私のような下級貴族を泊めていただきありがとうございます」


「気にしなくていいわ。配下の家を守るのも公爵たる私の役目だもの」


 屋敷に戻って少し経ち、先ほどの鑑定で話題になったリヒット家の面々がやってきた。彼女らも宿は取っていたのだが、シュティ・リヒットの鑑定結果があまりにも良すぎたことで、誘拐やら何やらを警戒したブルーメが彼女らを呼んだのだ。


「サンディ。シュティちゃんを案内してあげて。私はシュティちゃんの母さんと話してくるから」


「はい!母様!シュティちゃん、行きましょう」


「は、はい!アレクサンドラ様!」


 子供二人は手を繋ぎ、アレクサンドラが引っ張る形で部屋へと移動していった。



「さて、私たちも少しお話しましょうか」


「は、はい。おお、お手柔らかにお願いします」


「ふふ、何も取って食おうっていうわけじゃないのだから、そんなに緊張しなくていいわよ」


 そうはいうが、男爵と公爵とではあまりに差がありすぎる。一体話とは何なのか。せめて無理難題とか悪い話とかではないことを祈っていた男爵であった。

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