第3話:やらかし
「あうー?」
(んー?ブルーメよ、何故泣いておるのだ?)
ブルーメはひとしきり泣いた後、癒しを求めて娘の元に来ていた。仕事はほったらかしである。
「ねぇサンディ、あなたのお爺ちゃん亡くなったんだって。戦争なんてちゃちゃっと終わらせて戻ってくるって約束したのにね。それで遺言何て言ったと思う?『敵は内にあり、龍の眼に解あり』だよ?もっとこう……なんか他にもなかったよね?愛してるーとか、ごめん、とか。サンディもそう思うよね?」
「あう?……あう?」
(いや、儂に愚痴られてものう。今赤子じゃぞ。遺言に関しては……まぁ、すまん)
娘に愚痴るブルーメの姿にアレクサンドラは困惑した。しかもその内容が前世の自分に関することなだけに、余計に複雑な思いになる。
「だいたい龍の眼って何よ。私一度も聞いてないわよ」
「あう!」
「ねぇ、サンディもそう思うよね。自分勝手な爺ちゃんに文句言わないとねぇ」
「あうあう!」
(あれっ、儂言ってなかったかのう?……なんか言ってなかった気がするぞ。だいたいあれの正式名称は『龍の眼』じゃなくて『魔導書庫』じゃろう。扉の見た目が龍の眼じゃから龍の眼って呼んでたけど、記録には魔導書庫としか書かれてないのよなぁ。その記録もちゃんとしたものじゃなくて、歴代当主の日記だし……。ちゃんとしたのは口伝で伝えるようにって言われてたんじゃが、儂やらかしたのぉ。……いや本当にまずい。本当にどうしよう)
傍目には赤子がブルーメの言うことに同意しているかのように見えるが、アレクサンドラの内心では、代々の口伝を伝え忘れ、挙句間違った遺言を遺してしまったということで冷や汗ダラダラであった。
「主様、失礼します。ラインハルトがお戻りになりましたが、いかがいたしますか?」
「ここで報告を聞くわ」
「かしこまりました」
(ラインハルトが戻ってきたか……。というか戦争はどうなったんじゃろうな?勝利の報酬として何を貰ったんじゃろうな)
アレクサンダーは前線で戦っていた時、相手の被害状況的にそろそろ降伏するだろうと考えており、他の兵たちも同じように考えていた。そのためまさか引き分けているとは思っておらず、戦争に勝ってどうなったかのことについてだけ考えていた。
「失礼します」
少しして、ラインハルトが部屋に入ってきた。あいも変わらず若くてイケメンだが、その表情はどこか暗かった。
「よく戻ってきたわね。それで、父上の最後はどうだったの?」
「はっ!アレクサンダー公爵様は最後まで勇敢で、剣聖の名に相応しいご活躍でした。味方に紛れ込んでいた工作兵の罠にはまり、左脚が欠損し、右腕が焼け焦げても、覇気は以前衰えず、周囲にいた敵兵を蹴散らして、最後は眠るようにお亡くなりになりました」
(いや、儂怪我した後は普通に逃げたんじゃが?眼前の敵を蹴散らしたのはラインハルトが殆どじゃったろうに。まぁギリ嘘ではないからよいのか。しかしまぁ、剣聖とは随分と大層な名を貰ったもんじゃ。衰えた儂はそれほど強くなかったんじゃがな)
アレクサンダー・リッター。男性である彼が公爵になれたのは、彼に卓越した剣の腕があったからだ。本来魔法を使えなければ倒せない魔物をただの剣技で切り伏せ、更には魔法すらも切り裂いた。そして魔物の中でも最強種に位置するドラゴンを斬ったことで、彼は公爵の地位を盤石なものにしたのだ。まさに剣聖と呼ぶにふさわしい腕前であった。
「そう……何か私についていってたかしら?」
「『このくだらぬ戦争をとっとと終わらせて、帰って孫の顔を見に行きたい』といっておりました」
「ならちゃんと帰ってきなさいよ!変な遺言なんて遺さないで!あの馬鹿父上!」
突然癇癪を起し、泣き出したブルーメ。彼女にとってはそれほどまでに父という存在が大事だったのだ。帝国初の男性貴族、どころか恐らく世界初であろう男性貴族。男性でありながら、内政も外交も戦も、その全てを高いレベルでこなしていた偉大なる父。彼女にとってのアレクサンダー・リッターとはそういう存在だったのだ。
「あうーあうー」
(全く、相変わらず泣き虫なところは変わらんのぉ)
泣いているブルーメの頭をその小さな手で撫でるアレクサンドラ。まるで親が子をあやすように。
「う、うわあああああんん!!!」
それを受けて、ブルーメは更に泣き出した。
(全く、どっちが子供かわからんのぉ。まぁ、落ち着くまで撫でてあげるかの)
いつの間にか従者たちは部屋を去っており、この場にはアレクサンドラとブルーメだけが残された。部屋にはブルーメのすすり泣く音が静かに響いていた。
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