第1話:娘の娘に転生しました。

(ここはどこだ?何も見えない。さっきまで何をしていたんだったか……。あぁそうだ。戦争で死んだのだった。しかしとても居心地の良い所だ。このままゆっくりしていよう)


 そこはとても心地の良い場所で、役目を終えた彼は輪廻の輪に加わるまでの間、ゆっくりと時が経つのを待っていた。


(お迎えが来たようだな。さて、向かうとしよう)


 何も見えないはずの場所で、一筋の光が差し込んだ。彼はそこが死後の世界だと判断し、その先へと向かった。


「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」


(ぬぅ、とても眩しい。そして赤子の声が聞こえる。ここはどこじゃ。何故儂はまだ意識がある。天国へ行ったのではなかったのか)

 

 ここはリッター家の本邸に用意された分娩室。彼が立ち会っているのはリッター家当主のブルーメが無事に赤ちゃんを産んだ瞬間であった。しかし何も見えていない彼はそのことに気が付かない。


「おめでとうございます。奥様。女の子ですよ」


「えぇ、ありがとう。よしよし、いい子ねぇ。とても可愛いわ」


(ぬ、この声は我が娘ブルーメの声。そして乳母でもあるクララの声も聞こえる。ここは天国ではないのか?もしやゴーストとして我が家に戻って来たのか?しかし眩しくて何もみえぬ。というか身体も動かせぬ。何が起こっておるのじゃ)


 身体は動かず、何も見えず、ただ声だけが聞こえてくる。そんな状況に不安になったアレクサンダーに感化されたのか、赤子は大きく泣きだした。


「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」


「よしよし、元気な子ね。アレクサンドラ。あなたの名はアレクサンドラよ」


(孫娘の名はアレクサンドラというのじゃな。儂のように強い女性になりそうな名じゃの。む、そろそろ眠くなってきた。顔を拝むことは出来なかったが、何の因果か無事に産まれるところに立ち会うことも出来た。孫娘の名も知ることが出来た。今度こそ天国へ行くとしようかの。強い子になるのじゃぞ、アレクサンドラよ)


「えっ!?ねっ、ねぇクララ!もう泣かなくなってしまったのだけれど!?」


 そしてアレクサンダーが眠ると共に、赤子も同じように眠りについた。


「落ち着いてください奥様。泣き疲れただけのようですよ。その証拠にほら。寝息が聞こえますでしょう?」


「スゥー、スゥー」


「あっ、本当だわ。急に泣き止むから焦ったわよ」


「赤子というのは身勝手ですからね。さ、奥様。赤子の面倒は我々で見ますから、お休みになってください」


「えぇ、お願いねクララ」


 ブルーメは横になり、産まれてきたアレクサンドラはその横に設置された赤ちゃんようのベッドで二人並んで眠りについた。



——生後3か月


「サンディ~、ママですよ~」


(ぬぅ、誰じゃ。儂を呼ぶのは。もう少し寝ていたいんじゃが)


「あら?まだ寝てるの?ふふふ、可愛い寝顔ねぇ」


 ブルーメは娘の可愛らしい頬をつつく。その衝撃でアレクサンドラは目を覚ます。


「あう!?」


(なんじゃ、何故ここに我が娘ブルーメがいる!?)


「あらあらどうしたの?何か怖い夢でも見たのかしら?あ、それともお腹すいた?はい、乳ですよ~」


 ブルーメは娘を持ち上げ乳を吸わせようとする。


「あうあう!?あうー」


(何じゃ!?身体が思うように動かぬ。うまく発音できぬ!娘よ、そんな破廉恥なことをするでない!というかなぜ娘の乳が美味そうに見えるんじゃ!?ぬ、ぬう、我慢できぬ!すまぬブルーメ!)


「んぅ、ゴク、ゴク。あうー、あうっ!」


(ぷはー、美味かった。……いやいや、そうじゃないじゃろう儂!娘の乳を吸うとか殺されても文句言えんぞ!……いやまて。もしかして、もしかしてじゃぞ?儂が孫になっとるという可能性が?)


「あら、もうお腹いっぱい?もう少し飲んでもいいのよ?」


「あうー」


 今どういう状況なのか考えていたアレクサンダーであったが、目の前の乳を吸いたいという欲望に抗えず乳を吸う。


「グウェッフ。あうっ!」


(ぬ、ぬう。この食欲には抗えそうもない。さて、儂死ぬ直前に孫の顔を見たいとか、生まれ変わるなら女になって魔法を使いたいとか願った気がする。とするとじゃ、本当に儂は孫に、娘の娘に生まれ変わった……のか?そんなことあるのか?)


「ふふふ、お腹一杯になってよかったわね~。じゃぁ遊びましょうね~」


「あう、あうあうー!」


(むむっ、これはブルーメの花魔法。更に腕を上げたようじゃな。とても繊細で綺麗な魔法じゃ!)

 

 現状について考えていたアレクサンダーであったが、ブルーメの魔法により自らの周りに咲き誇る花々に目移りしてそれまで考えていたことはどこかへと飛んでいった。


「ふふふ、サンディは本当にこれが好きねぇ」 


「あう!あうー!」


 アレクサンドラの周りに花が咲き誇り、その花に短い腕を伸ばしているその光景は、傍からみてとても可愛らしくほほえましい光景であった。





「あうううう!?!?!?」


(ってそうじゃないじゃろおおおおお!!確かに孫の顔を見たいとは言ったし、生まれ変われるなら女になって魔法を使いたいとは言ったけども!儂が孫になるのは違うじゃろう!娘の乳を吸う父とか何ていう地獄!?殺されたりしないか大丈夫じゃよな!?)


 その日の深夜、ようやく現実に思考が追い付いたアレクサンダーの叫び声が部屋に響いた。悲しいことに赤子である彼の葛藤は誰にも伝わることはなかった。



——翌日


「あうー!?」

(そういえば赤子じゃから漏らすしかないんじゃよな。むぅ、気持ち悪い)


 朝起きたアレクサンドラは、いつの間にか漏らしていたことに気が付き違和感に驚く。が、直ぐに自分が赤子だったことを思い返し、仕方ないかと割り切った。


「サンディ、おむつかえましょうね~」


 と、そこへブルーメがやってきて、アレクサンドラのおむつ替えを始めた。


「あう!?」

(やめろ!やめるんじゃ!それは当主の仕事ではないじゃろ!?使用人はどうしたのじゃ!?)


「ご、ご主人様。私たちで行いますので……」


「あうー!」

(そうじゃそうじゃ!何のための使用人じゃ!仕事を奪うでない!もっといってやれ!)


 使用人が苦言を呈している間にも、ブルーメは手を止めず、手慣れた様子でおむつ替えを済ましていた。


「あうー……」

(ま、まさか娘におむつ替えされるとは。何たる屈辱……。まるで儂がぼけ老人になって介護されている気分じゃ。悲しい)


 赤子だからどうしようもないのだが、中身が老人である彼女の心に結構なダメージを与えたようだ。


「ふぅ、上手くできたわね。ねぇ、記念に保管してくれる?」


「えっ!?」


「あう!?」


 とんでもないことを言い出したブルーメに、使用人もアレクサンドラ本人も非常に驚いた。使用人は直ちに執事のセバスを呼び、事情を説明して主の暴走を止めるようにお願いした。


「主様、いかに赤子が可愛いとはいえ排泄物は排泄物です。記念にとって置きたい気持ちは私にはわかりませんが、放置していては病気の元になりますので直ぐに廃棄させていただきます」


「えっ、でも「廃棄させていただきます!!」そ、そう」


 セバスの強い説得に撒け、シュンとしたブルーメ。だがいかに悲しそうな顔をしていても、セバスは止めることなくメイドに廃棄を命じた。


「あうー」

(よくやったセバスよ!偉い!偉いぞ!というか娘はもしかしてそういう趣味があったのか?いやいやいや、流石にそれはないじゃろ。ない……よな?)


 アレクサンドラは内心で、ブルーメの暴走を止めたセバスを褒め称えた。と、同時にブルーメの私生活が不安になったアレクサンドラであった。



——生後半年経過


「アレクサンドラ様。ご飯の時間ですよ」


「あう~」


(最初こそ混乱したが、人は意外と慣れるものよな。乳を吸うという行為に忌避感がないわい)


 一瞬それはそれでどうなんだと感じたが、まだ赤子だからということで目をつむることにしたアレクサンドラ。あと数年もすれば恥じらいというものが出てくるだろうから問題はないはずだ。


「あう~」


「はい、お粗末さまでした。では私は少し席を外しますね」


 授乳を終えた乳母のクララはアレクサンドラをベッドにおいて部屋を出ていった。今、部屋の中にはアレクサンドラしかいない。


(さて、ようやく一人になれた。まさか24時間付きっ切りで見張られるとは思わなかった)


 実をいうとそれは我が子を心配したブルーメの指示なのだが、そのことを知ったセバスが流石に24時間常に見守るのは度が過ぎているし辛いものがあると苦言を呈して、24時間体制の監視は解除されたのであった。


「あうー」


(まぁそれはいいとして、やっと魔力の検証が出来るのぉ。男だったときと比べてどうなってることやら。早速動かしてみるとしよう)


「あう!」


(おお、凄い凄いぞ!とてもスムーズに動く!どれ、それじゃぁ放出はというと。おお!これも抵抗なく出来る!)

 

 例えるなら、アレクサンダーだった時の魔力は物凄く粘っこくてザラザラした泥だ。かつては魔力を動かすのがとても大変で魔法を使うのが嫌になるほど苦痛だった。対してアレクサンドラの身体で動かす魔力は、水、いや空気のように滑らかに動かすことができ、息をするのも同然であった。


(いや、まさか男と女とでこれほど差があるとはな。そりゃぁ女性優位の社会になるよなぁ)


 この世界の多くの国では女性優位の社会が形成されており、国王、貴族家の当主、商会の会長など、要職に就く人間はその殆どが女性となっている。何故なら人類の外敵である魔物を倒すには魔法が必須であり、その肝心の魔法を男性は殆ど扱えないからだ。扱えたとしても最弱の魔物であるゴブリンを倒せるかどうかの火力しか出ない。故にこの世界において男性の地位は低く見られ、地域によっては種馬としてしか見られないことも多い。


(まぁよい。属性が決まるのは5歳~7歳の時じゃったか。それまでは魔力操作を極めるとするかの)


 魔力には属性があり、この属性により扱える魔法が決まる。例えば火の属性なら火魔法が使えるといった逆に属性がないと魔法は扱えないため、魔法について教えるのは属性が決まった5~7歳を過ぎてからとなる。


 無論、魔法を教わる際は魔力についても教わることになる。しかし前世の記憶を持つアレクサンドラは魔法についてある程度知っているため、魔法発動の基礎となる魔力操作の練習を先んじて行うようになった。これが将来どのような結果を及ぼすのか、何となく結果が見えている気がしないでもないが、実際どうなるかは時がくるまでわからないのでゆっくりと見守ることとしよう。

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