娘の娘として産まれました。折角なので魔法の道を歩むことにしました。
雪乃大福
Prologue:神に願う
「くぅっ、ここまでか。ラインよ。儂を置いて行け」
傷だらけの老人は木に背を預けて座り、従者であるラインハルト・シュナイダーに自らを置いていくように命じた。
「主様!滅多なことをおっしゃらないでください!お孫さんももうすぐ産まれるというのに!」
「しかしじゃの。この傷では生きていられなかろう」
主と呼ばれた老人の名はアレクサンダー・リッター。彼のよく鍛えられた身体には、右肩から左わき腹にかけて袈裟懸けに深い切り傷があった。更に右腕は焼け焦げ、左脚は欠損していた。この状況では助かることはないだろう、むしろ何故まだ息があるのか不思議に思うほどの傷である。
「主様!」
「娘に伝えよ『敵は内にあり、龍の眼に解はある』と」
「アレク様!アレク様!?」
「ええい!落ち着くのじゃラインハルト・シュナイダー!早く行け!追手が来る前に去るのじゃ!」
一向に落ち着きそうにないラインハルトに喝を入れ、ようやく少し落ち着きを取り戻したラインハルト。
「はっ、はい!その言葉確かに伝えてまいります!どうか安らかな眠りを!」
主人の最後の命令を叶えるべく、ラインハルトは馬に乗り自国へと戻っていく。アレクはその姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
(安らかな眠りを……か。このような戦場で安らかも何もないじゃろうて。さっさと終わらせて孫の顔を見るつもりだったのじゃが、まさか
アレクサンダーは天を仰ぐ。残念ながら木々が生い茂るこの森では、枝葉に邪魔されて空が見えない。見えたとしても雨雲しか見えないのだが。
(神よ。儂の声は届いておるじゃろうか。せめて儂が儂と自覚出来ているうちに、どうにか孫の顔を見せて貰えぬだろうか。傷が治らずとも、転生出来ずともよい。ゴーストと成り果ててもよい。孫の顔さえ見れれば満足じゃ)
神々は空の更に先にいると言われている。故に老人は天を仰ぎ、その先にいる神に願った。
(……まぁ、空すら見えないこの場で願ったところで届くはずもないか。死ぬなら孫の顔を見てからが良かったのだがな。中々思い通りには行かぬものよ。……もしも来世があるのなら、孫が生きているうちに産まれたいものじゃ。ついでじゃから来世は女に産まれて魔法の道を進んでみたいのぉ。女じゃなくとも魔法を使えればよいが、男では魔法は上手く使えぬからの。あとは……)
死ぬ間際、アレクサンダーの頭に流れたのはこれまでの記憶ではなく、来世はこうでありたいという願望であった。よく死ぬ間際には走馬灯が流れると言われるが、この老人にとっては死んだあとの事の方が重要だったようだ。そしてそのまま息を引き取った。
シュタルク帝国 リッター公爵家前当主 アレクサンダー・リッター。享年55歳。第三期ザーレ戦争にて敵との戦闘中に味方魔法使いと思われていた工作員の不意打ちにより大怪我を負い、これがそのまま死因となった。
———あとがき——————
新作です。よろしくお願いします。以下補足。
<ザーレ戦争>
シュタルク帝国とセイクリー聖王国の国境線沿いにあるザーレの森の支配権を巡った争い。過去300年間で3回の戦争が行われている。
第一期:300年前に行われた最初のザーレ戦争。シュタルク帝国が森から算出される木塩と呼ばれる貴重な塩を求め、隣国セイクリー聖王国に攻め入り森全域を支配下に置いた。
第二期:150年前に発生した二度目のザーレ戦争。セイクリー聖王国が初代国王が生まれた地を奪い返すという名目でシュタルク帝国に攻め入る。結果は両国ともに甚大な被害を受けたことで痛み分けとなり、ザーレの森は半分に分割された。
第三期:物語開始時に起こった戦争。双方とも前回のザーレ戦争から回復し、再度戦争が勃発。両軍の指揮官がほぼ同時に死亡したことで休戦。その後の交渉では大きく揉めて決着がつかず、表向きは終戦の形を取ったものの、裏では小規模な争いが続き冷戦へと突入した。
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