第3話 森の賢人 クコ

 自分で作った梅酒がうますぎて、賢人は二日酔いをしたらしい。

 この世界って、梅酒があるんだね。


「ええ……また?」


 辛そうにしている賢人の言葉に、パロンは呆れる。


「またってことは、けっこう二日酔いになるの?」


「もうしょっちゅうだよ」


 パロンに聞くと、賢人クコは会う度に二日酔いになっているらしい。


「お酒、やめたらいいのに」


「黒糖をきかせた、上級な梅酒ぞ。あれを飲まぬワケにはゆかぬ」


「もう病気だね」


「それより、いつもの薬草茶をくれい。頭が痛くてたまらぬ」


 賢人は、挙動までオッサン化していた。


「お茶ならもう切らしているよ。薬草を直接かじらないと」


「いやじゃいやじゃ。お主の薬草茶がええんじゃ。リンゴと合わせた甘いブレンド茶が」


 オッサン声で、賢人クコが子どものようにジタバタし始める。


「ないよ。そのリンゴが……ちょっとまってね」


 ボクの身体から生えたツタから、パロンがリンゴをもぎ取った。続いて、薬草が一枚入った透明なビンを、アイテムボックスから出す。なんの変哲もなさそうだが。


 パロンがナイフを取り出し、ボクからなえたリンゴを四分の一に切り分けた。残りは賢人の朝食となる。


「これと、薬草を合わせてビンに詰めて、フタを閉じる」


 バーテンダーのように、パロンはビンを振り始めた。


 リンゴがだんだんと砕けていき、薬草と一緒に溶け出す。


「できたよ。薬草茶完成!」


 とろみのある緑色のお茶が、ビンの中でできあがった。


「ありがたい。ではひとくち……ん、いつもよりうまいぞよ!」


 薬草の効果を、倍増してくれる作用があるらしい。


「そんな効果があるなんて。そういえば、こころなしか血の巡りがいいような気がするね」


 パロンが、腕をぐるぐる回す。リンゴの効果を、実感しているみたいだ。


「いやあ、お主は何者ぞ?」


「ボクはコーキ。パロンに作ってもらったウッドゴーレムです」


「なんとも。言葉を話すゴーレムは珍しくないが、それが人間並の意思を持って動くとは」


 式神や自動人形オートマタなども、この世界には存在する。しかし、命は仮初らしい。機械的に命令を聞くことはあっても、返答は指定した言語しか話せないとか。ボクのように、相手と受け答えなんてできない。


「珍しい技術じゃのう」


「遺跡にあった【燃える魔法石】を、ゴーレムに埋め込んでみたんだ。それが、世界樹とシンクロしたみたいでさ」


「ほほう。ようやく念願かなったという感じかのう?」


 賢人クコの言葉を受けて、パロンが「まあね」と腰に手を当てる。


「以前からパロンは、『友だちのようなゴーレムがほしい』と言っておっからのう。ゴーレムとコミュニケーションを取るのが、彼女の夢だったのじゃ」


「じゃあ、目的は達成されたって思っていいのですか?」


「もちろんじゃ。そこでお願いがあるのじゃが、このワシとも、よき友となってくれぬか?」


 なんでも、薬草茶が気に入って、知り合いになりたいという。


「ボクはいいけど、パロン?」


「当然。でも、森を留守にしていいの?」


「平気じゃ。こんな森、だれも立ち入らぬ。お前さんも、この地にワシ以外でお客なんぞこんかったろ? 買い物や商売なんぞも、街へ降りてやっておったろうに」


「それもそうだね。じゃあ、出発しようか。と、その前に。すっかり忘れていたよ」


 パロンが、ボクにフードを被せる。抹茶色のフードは、ボクを頭から足先まですっぽり覆う。


「今日からキミは、仮面の冒険者コーキだ」


 ボクはウッドゴーレムとしてではなく、『木製の全身ヨロイを着た冒険者』として過ごすこととなった。


「どうしてまた?」


「キミがウッドゴーレムであると、隠すためだよ」


「そうなの? ボクはこのままでもいいよ?」


「キミが街へ降りた途端、王族や貴族がキミを面白がって実験したがるけど、それでもいいなら」


 ううっ。それはちょっと辛いかも。パロンとも、離ればなれになるかもだし。


「でもさ、ボクが旅をする目的は、キミが一人前であることを証明するためで」


「ワタシはもう、十分成果を出してる。自分ではこの状態を、気に入っているんだ」


 へたに他人に評価されると、国家や貴族たちに利用されるからと。


「どんなに成果を出したところで、他人はどうせワタシなんて高評価しないものだよ。自分の考えは、覆らないもんだからさ」


 人間は思いの外、自分の非を認めたがらないという。そんな人間たちに、わざわざ力をひけらかすこともなかろうと、パロンは考えていた。


「だからさ、キミは自分のために旅をしてよ。ワタシが立派なのは、ワタシだけわかっていればいい」


「ふむ。ワシはお主を認めておるがの?」


「それは薬草茶を作るからでしょ?」


「いやいや。お主の薬草茶が一番聞くんじゃ。ものづくりの天才じゃ」


「まあ。ものを作るのは昔から得意だったかな。母親が錬金術をかじっていたからかも」


 ボクはその辺りをもう少し聞こうとしたが、みんな歩きだしてしまった。


「街に入ったとして、言い訳はどうしようか? 鉄のアーマーを着ないのかとか言われたら」


 フードを被って姿を隠していると、「取りなさい」とか言われちゃうかも。このままじゃ、不審者だもんね。


「取れば? 革製のヨロイで身軽に動く、シーフ系冒険者もいるんだよ? 木製で固めたやつがいたって、おかしくない」


 なるほど。別に取っても、ヨロイだと言い張れば。


「それにキミは、ヒーラーの特性があるみたいだからね。『神様の加護を受けているので、金属をつけられなーい』と言っておけば、信じてもらえるって」


 なんか強引だけど、いいか。


「強い魔物とか、出て来ない?」


「大丈夫さ。賢人が管理・コントロールしているから」


 賢人クコも、「うむ」と言って腕を組む。


「さっきまで二日酔いじゃったから、結界は弱まったかもしれんが、大丈夫じゃろう?」


 それは大丈夫と言わないのでは?


「言ってる側から、凶暴なモンスター出現なんだけど?」


 ドシンドシン、と、三メートルくらいあるイノシシが、森から現れた。口から二本の太い牙を生やし、こちらを威嚇している。

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