[6] 交流

 週に2、3度はペットショップに寄って帰る。チップが家に来る前はこんな生活想像してもいなかった。

 スライム用のおやつ(人間用と比べて糖分控えめなやつ、食べてみたら薄味であんまりおいしくはなかったけど、チップは狂ったみたいに喜んでくれる)が切れかけてたので買い足そうとしたところ、レジ脇にピンク色のスライムがでかでかと印刷されてチラシがおいてあった。

『スライム交流会! 蔵腹町仙層ビルで開催予定!!』


「こういうのがあるんだね」

 会計してもらいながらチラシを1枚手にとった。どうやら無料のようで勝手に持って帰ってよいようだ。

 スライム交流会はその名の通りにスライムを飼ってる人たちがスライムを持ち寄って交流する会だ。そういうものがあることは動画で知っていたが、わりと近くでやってるとは知らなかった。


「いろんなスライムに会えて楽しいっすよ。鈴木さんなら、まあ、大丈夫じゃないすか」

「そうかい、1枚もらっていくよ」

 顔なじみの店員のサカモトくんのどこか含むところのある言い方に一抹の不安を覚えながらも、ちょうどその日は休日で時間が空いていたので、出かけることにした。


 ちっちゃな虫かごみたいなケージにチップに入ってもらって電車で移動する。

 何日か前からそっちのケージに遊ばせて慣れさせていたのがよかったみたいで当日はすんなり入ってくれた。まあ入ってくれなかったら、それはそれでその日は出かけるのはやめてしまおうぐらいに考えていたが。

 最寄りの駅から5分ほどあるけば目標のビルが見えてきた。自分と同じようにケージをぶら下げ歩いている人たちが続々とそのビルに吸い込まれていっているから多分そこであっているんだろう。


 もっと近づいていったところ玄関には『スライム交流会』の看板が立っていた。その案内に従ってエレベーターで3階へ。

 乗り合わせたのはだいたい30代とみられる女性で、かごを両手にぶらさげている。1つのかごに多少窮屈にはなるが3匹ぐらいなら入る。それを2つも下げてるからには余程のスライム好きらしい。

 先に降りていった彼女のあとをついていけば、無事に会場にたどり着くことができた。


 なんてことのないビルの一室の大広間。窓際には一般家庭には置きようのない幅10Mはあろうかという巨大な水槽が置かれている。壮観の一言。

 あれがあったらどれだけの数のスライムを飼うことができるのか? 100はさすがに難しいかもしれない。けれどもそれに近い数は問題なく暮らせそうだ。

 受付で名前を書いて入場料を支払う。さほど高くない、むしろ安すぎるぐらい。エサとかおもちゃを販売してるスペースもあるからそっちで採算をとっているのだろう。


 ついでその場でチップに出てきてもらってタグ付けを行う。

 スライムの個体識別は難しい。基本的に色で見分けることになるのだが10匹もいれば似たような色がでてくる。光の加減で見え方も違ってきてややこしい。

 もちろん飼い主はわかるというが(俺もわかると思う)、それでも無用なトラブルはなくしたい。そのために行われているのがこのタグ付けである。


 銃の形をした工具のようなものでスライムにタグを打ち込む。

 チップはその衝撃にびくんと跳ねたが、痛みなどはないという説明を事前に受けた。その埋め込まれたタグと受付で渡された腕輪が反応するので間違えようがない――そういう仕組みになっているんだそうだ。

 もちろんそのタグは害のあるものではないときちんと保証されている。そもそもタグは恒久的なものでなく3日もたてば綺麗に消化されてなくなってしまうらしい。


 タグ付けもすんだのでだいたい30匹ぐらい? のスライムが蠢いている大水槽にチップを放してやる。

 最初は戸惑ってたようだったが、黄色いねばねばしたスライムが近づいてきて、逃げようとして逃げ場がないことに気づき、恐る恐るといった風に距離を詰めていき、ついには体をぶつけあって遊ぶようになった。

 家にきてからはスライムに会ってなかったが、それ以前は会ったことがあるはずなので、別段問題はないだろう。すぐに慣れるはずだ。


 一段落ついたので近くにあった椅子に座ってコーヒーでも飲みながらのんびりと彼らの様子を眺める。

 赤青黄緑紫、色とりどりのスライムたちが水槽の中で踊っている。積極的に他に絡んでいくスライムもいれば、その場でぐでーっと広がってだれか来れば触手を伸ばしていくスライムもいる。日当たりのいい場所がすきなスライムもいるし水槽の角を独占しているスライムもいる。

 そんな中には触手同士をからませ合っているスライムの姿もあった。


 あれはある種の生殖行為に近いものだという。

 スライムは基本的には単為生殖をおこなう。植物に近くて株分けすればそれで増える。

 けれども時おりああやって触手を通じて遺伝情報を交換することで多様性を確保しているのだという。読んだ本の受け売りであって詳しいところは知らない。詳しく知りたければ自分で調べてくれ。

 うちのチップは特に株分けする予定とかないし好きにやらせておく。


 のんびりとした空気。他の人もコーヒーを飲みながら、ゆったりとスライムを眺めている。会場全体を見渡せばサカモトくんの危惧していたところがなんとなくわかった。

 客のほとんどは30代~40代の女性で俺と同年代の男の姿はない。そういう理由で行っても空気になじめないかもしれないと彼は考えたのだろう。

 実際俺も彼ら飼い主に積極的に話しかけに行く気にはなれない。ただまあこうしてぼんやりスライムたちを見ているだけで十分楽しい。問題ない。


 ふと気づく。

 会場の片隅に置いてある椅子に足を大きく開いて杖を立てた老人が座っていた。白髪のしゃんとした男性で背筋をぴんとのばして大水槽の中のスライムたちを、眉間に深くしわを寄せてまっすぐにらみつけている。

 会場の中で彼の姿はある種異様ですらあってあんまりよくない意味で目立っている。なごやかな雰囲気の交流会にその老人は似つかわしいとはあまり言えそうになかった。

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