07 ホールインワン
「あー、可愛かったー」
空の下背伸びをしながら、ユユちゃんはご満悦である。
時刻は十六時。食後は水族館を堪能した。これもまた母さんから貰ったチケットである。
トイレの問題に直面したり、ユユちゃんに化粧直しさせられたり、ユユちゃんを差し置いてスカウトの名刺をもらったり、色々と困る事態に直面したが、平和な一日だったと思う。ユユちゃんもこの通り、心から楽しそうに笑っている。まるでストーカーの問題など、忘れているかのようだ。
ユユちゃんはそれでいい。この問題は僕らが気を張っていれば済むことだ。先程ハルから経過報告も来たし、この格好になったかいがあったというもの。最後まで気を抜かずに、ユユちゃんには楽しい一日を送ってもらいたい。
そろそろ夕暮れどきだし、暗くなる前にこのまま帰ろうという話になった。
とにかくペンギンが可愛かったとご満悦なユユちゃんと帰路についていると、
「あれ、優々子じゃん。やっほー」
「あ、みずき先輩。こんにちは」
青碧学園の制服を着た女子五人組に遭遇した。ユユちゃんが先輩と口にしたように、二年生を示す色のリボンをしている。
「中学からの先輩」
ボソッとユユちゃんは関係性を教えてくれた。どうやら親交があるのは、みずき先輩だけのようだ。
学園の先輩と遭遇したからには、このままさようならといかない。
僕たちのほうから彼女たちに近寄ると、
「え、嘘」
先輩たちのひとりが僕を指さした。
「ルカ子ちゃんじゃん」
「え? あ、本当だ」
「きゃー、超可愛いんだけど!」
「うわ、マジマジ? マジでどうしたの?」
あっという間に囲まれた僕は、先輩たちの玩具となった。真っ赤に顔を染め俯きながら、黄色い声をかけられるはめになったのだ。
ミスコンだけならともかく、こんな街中で女装しているのを見られた。元々そういう趣味の人間だと思われたかもしれない。女子たちの噂の流通速度は早い。あっという間に真中瑠夏は女装好きの変態として、学園中に名を馳せてしまうだろう。
絶望しかなかった。
きっとユユちゃんはこんな僕を見て、にたぁって悦んでいるんだろうなと思った。
「実は今、困ってることがあって」
だがユユちゃんはあっさりと先輩たちに事情を説明してくれた。
「大丈夫なの、優々子?」
「ストーカーか……それはたしかに怖いね」
「甘井さんだったら、そういう変なのいてもおかしくないもんね」
「きっとそのストーカー、ただの勘違い野郎かなにかだよ」
ユユちゃんの話を聞いた先輩方は、すっかり同情モードだ。インスタに申請しまくってくる奴の話を聞いたときは、悲鳴すら上げていた。思い過ごしとか自意識過剰など、そんなことは考えてもいない。ひとえにこれも、ユユちゃんの人徳だろう。
「それで、可愛いナイトが立ち上がってくれたんだ」
「いいなー、私もルカ子ちゃんに守ってもらいたーい」
先程よりマシだとはいえ、僕の地位が玩具から上がることはなかった。
そんな中、みずき先輩が僕の顔をマジマジと見据えた。
「いや、でも……こうして冷静になって見たら、マジ女としての自信なくすんだけど」
お世辞でもなんでもなく、心から複雑そうな顔をしている。
「ミスコンときもそうだったけど、その格好どうやって作ったの? 男子がノリで作れるもんじゃないでしょ。クオリティマジエグイって」
「ルカ子ちゃんのお母さんが、プロのメイクさんらしいんです。それこそモデルさんとか相手にしてるような」
「あー、なるほど。たしかにそれなら納得」
ユユちゃんの説明に、得心がいったようにみずき先輩は頷く。
「でも、やっぱり一番は、素材がいいからよね。これだけ可愛かったら……うん、全然いける。性別の壁、越えられちゃうわこれ」
「越える壁なんて、元々ありませんよ」
女同士の扱いを受け、僕は眉をひそめた。
「それなら、なおさらいけるじゃん。真中くん、お姉さんと付き合っちゃわない?」
「……え?」
いきなりの申し出にフリーズした。
次の瞬間、『冗談だよ冗談。本気にしちゃって可愛いー』とイジられる未来を予測したが、中々訪れる様子がない。
「今度さ、デートしようよ」
「る、ルカ子は止む得なくなってるだけで……なりませんよ」
「いいよ、普通の格好で。元々可愛い系が好みだから、普段の真中くんでも全然ありありだから。まずはお試しくらいの気持ちでいいから、ね?」
含みのない笑みを浮かべるみずき先輩。他の先輩たちはヒューヒューと効果音を口にして、僕らを囃し立てている。
これまでずっとハルたちと一緒だったから、女子の目線はあのふたりに向いてきた。キャーキャーという黄色い声は、僕にかけられたことはない。僕にすり寄ってくる女子はいつだってあのふたり目的である。
だから僕に好意を抱いて、こうして交際やデートを求められたのは初めてだ。しかも年上のキレイ系女子。好みかどうかを問われれば、考える間もなく応と頷けるほどの相手である。
あのふたりに挟まり埋もれていた僕だったが、ついに春の芽が顔を出した。
「ダメでーす」
するとユユちゃんが、僕の右腕に絡みついてきた。
「ルカ子ちゃんは今、わたしとラブラブデート中なんですから。みずき先輩とはいえ、泥棒猫みたいな真似は許しませーん」
わざとらしくありながらも、ハッキリと拒絶するようにユユちゃんは言った。完全に恋人が寄り添う距離。今日一番の力強い密着だった。
「ほんとだ。みずきのやってること、デート中の相手にちょっかいかける泥棒猫じゃん」
「むしろルカ子ちゃんが相手だから間男的な?」
「ふたりの仲を引き裂こうなんて、みずきったら悪い女」
「妖怪寝取り女ね」
「私に味方はいないのー?」
などと先輩たちはユユちゃんを味方……というよりは、からかうべき矛先を見つけ楽しそうに囃し立てる。味方がいないことを知ったみずき先輩は、よよよと両目を拳でこする真似をした。
付き合う付き合わないの話がそれで泡と消え、ユユちゃんはどこか満足そうだ。
彼女ができる機会を失った僕は、とても複雑だった。
「ま、優々子に嫌われたくないから諦めるとして……お願い、ちょっとでいいからルカ子ちゃんを貸して」
みずき先輩は拝むように手を合わせた。
「少しだけでいいから、ね?」
僕を借りてなにをするのか。言葉で示す代わりに、みずき先輩はとある施設に指を差した。
ゲームセンターだった。
僕を借り受け、あの場所でなにをするというのだろうか。
「ま、そのくらいでしたらいいでしょう。ルカ子ちゃんをお貸しします」
「やったー、優々子大好きー」
ユユちゃんはみずき先輩の真意を知っているのか、あっさりと僕をレンタルに出した。
「あ、わたしもルカ子ちゃんと撮りたーい」
「みずき、独り占めはダメよー」
「ルカ子ちゃんはみんなで共有しましょうね」
「よく言うでしょ。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。ホールインワンってやつよ」
他の四人の先輩たちも、これからなにが行われるかわかっているようだ。それに参加したいと次々と手を上げた。
ゲームセンターで、女子が楽しめるもの……。それを考えたとき、遅れながらもついに
答えへたどり着いた。
ユユちゃんが腕から離れた瞬間、その場から逃げようとする。が、遅かった。先輩たちに両腕を掴まれ、背中を押された僕は逃げることができなかった。
「は、離してください。それだけは、それだけは勘弁してください……!」
「さぁ、ルカ子ちゃん。お姉さんたちとお写真を撮りましょうねー」
かくして必死な抵抗も虚しく、僕はゲームセンターに連行された。
プリントシールの筐体に詰め込まれた僕は、まさにマグショットを撮られる囚人の気分。先輩たちが満足するまで、マスコット扱いとして散々撮られたのであった。
後、ちゃっかりユユちゃんとも撮らされた。
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