05 ルカ子ちゃんのエッチ

 童心に返ったからといって、童心に返った遊びをするわけではない。


 同じ着せ替えといっても、小学生には小学生のときなりの、高校生には高校生なりの楽しみ方がある。


 かつてはユユちゃんに、『ルカくん女の子みたい』と着せ替え人形にさせられてきたが、今でもそれをしようとするわけではない。そもそも今日は制服デートということで、服装は固定されているのだ。顔や髪型、爪先にいたるまでプロの仕事が入っているから、ユユちゃんもさすがに素人の手を加えようとは考えないだろう。そういう意味で僕は、既に完成されたお人形として、ユユちゃんのもとまで出荷されたと言える。


 それでは今回のお出かけで、ユユちゃんがどんな着せ替えを楽しむか。僕をお人形にできないなら、自分をお人形にするのだ。


 学園一の美少女のファッションショーを、僕は間近で見られるというわけだが、


「もう、ルカ子ちゃんはなに着て見せても、いいと思うに類することしか言わないんだから」


「いや、女の子のお洒落ってよくわからないし」


「ふーん、ルカ子ちゃんの目には、わたしがなにを着ても同じに見えるのね」


「そこはあれだよ、あれ。ユユちゃんのセンスがいいから。なに着ても似合って見えるんだよ」


「なるほどなるほど。ルカ子ちゃんの女の子を褒めるセンスがないのは、よくわかりました」


 小馬鹿にするというよりは、ユユちゃんは諦めたように息をついた。


 しょうがないではないか。こうして女の子とふたりきりでお出かけなんて初めてなのだから。女の子の服を見て褒める機会なんて、それこそ深雪しかなかったくらいだ。多少お望みの反応や言葉が足りなくてむくれられようが、頭を撫でて、『深雪は美人だからなにを着ても似合うよな』と褒めちぎれば満足するので実に楽だ。


 同年代の女の子と接する経験値が足りなすぎて、今回ばかりはお手上げである。


 ファッションショーは開始三十分で中止。いや、いつもパパっと着て即断する男からしたら、長かったような気がする。でも眼福であるには変わりない。正直、薄い布一枚隔てた向こう側で、ユユちゃんが着替えているというだけで色々と思うことがある。


 移動中、ユユちゃんのこちらを窺う顔がつまらなそうに見えた。ふたりの時間がつまらないのではない。僕の反応がつまらなくなってきたからだ。


 押し付けられた感触で、僕が反応すればするほど、ユユちゃんの顔はニヤっとしていた。僕を困らせて遊んでいるのが明白だった。


 もうこうなったら、ユユちゃんの女の子な部分を、精一杯楽しんでやるって開き直ったのが今。正直、ごちそうさまとすら思っている。


「まだ時間まで余裕があるな……」


 腕時計に目を落としながら言った。


 今日のお昼は少しずらして、十三時に予約している。まだ十二時十五分すぎだから、まだお店を見て回る余裕がある。


「まだなにか見たいものある、ユユちゃん?」


 このデパートを出るには早いが、他の施設を回るにはちょっと遅い。


 歩きながら店舗を見渡すユユちゃんは、


「あ」


 と視点を定めると閃いた顔をした。見たかったものを見つけたのではなく、楽しそうな玩具を見つけた顔である。


 視線の先を追うと、僕の身体は強張った。


「ルカ子ちゃん、わたしあれ見たい」


「そ、そっか。僕、ここで待ってるよ」


「ダメでーす」


 ルカ子ちゃんは連行するように、僕をその店舗に引き入れた。


 男子禁制のランジェリーショップである。


 僕ら以外の客は三組みで、みな年若い女性客だ。


 あっという間に店舗の奥まで連れて行かれた僕は、開放されるも逃げることができない。外へ出るには店員と女性客と必ずすれ違う場所だからだ。


「わー、これ可愛い。見て見てルカ子ちゃん」


 と言ってユユちゃんは、黒い下着の上下をそれぞれ手に持って見せつけてきた。それが総レースと呼ばれる類のものだと知ったのはもう少し先の話であったが、Tバックと呼ばれるパンツであることはすぐにわかった。


「わたしこれ、似合うかな?」


 胸と下半身に、ユユちゃんはそれぞれハンガーを当てた。


 制服の下につけている姿を想像し、鼻ごと口を手で覆った。エッチなことを考えて鼻血なんて出るわけないが、それでも手を当てずにはいられなかった。


 ユユちゃんの目元はニヤニヤを越えてニタニタとしている。ゾクゾクっとしたように、身を震わせてすらいた。そしていつもは押さえて見えなかった口元は、恍惚的に緩み切っていた。


 やられた……この店に入った時点で、逃れられない運命だとはわかっていたけど。僕の顔を真っ赤にさせて困らせることを狙ってきたのだ。


「……買う気ないなら、店を出るよ」


 精一杯の抵抗のように顔を背けて言うと、


「こういうのを買い足したいのはホントだよ。今つけているものと同じ色、もう一着ほしかったから」


「へー、そうなんだ……え!?」


 思わずユユちゃんを振り返る。


 今つけているものと同じ色、ってしれっと言わなかったか?


 ついユユちゃんの胸元に目を向けた。その下には黒色が装備しているのかと、信じられない気持ちだった。


「ルカ子ちゃんのエッチ」


「くっ……!」


 してやったりとニタニタしながら、ユユちゃんはそれはもう満足そうな顔をした。


「さすがのわたしも、ここまで冒険した色は持ってないよ」


「そ、そうだよね」


「これと同じものを着けてるから、つい手に取っちゃっただけ」


「そういうことだった……え!?」


 思わずユユちゃんのスカートに目をやった。


 ユユちゃんは『これと同じもの』としてパンツを示してきた。つまりその下には、Tバッグが装備されているのかと震えたのだ。


「ルカ子ちゃんのエッチ」


「くそっ……」


 またやられた。しれっと言うものだから、ついTバックを着けていると信じてしまった。


 なぜ僕はこんな短時間で同じ過ちを繰り返すのか。それはもう、僕が男だからとしか言いようがない。


「そっかそっかー、ルカ子ちゃんは黒のレース、それもTバックがお好みなんだー。うんうん、貴重なご意見ありがとうございます。参考にさせていただきますねー」


 にたぁ、なんてねっとりした効果音が似合うほどに、ユユちゃんの口元は三日月を描いていた。


「外で待ってる……」


「はいはーい。ナンパされないよう気をつけてね」


 これ以上はユユちゃんの弄りに耐えきれず、僕は人目を気にせず店舗から飛び出した。店員も客もそんな僕に我関せず。本当に女の子だと信じられているようだ。


 十五分ほど待つとユユちゃんは出てくると、


「ルカ子ちゃんが好きそうなの、買っちゃった」


 店舗名の入った袋を見せつけてきた。


「どんなの買ったか見たい?」


「別にいい……興味ない」


「そっかー、興味ないかー」


 袋をバッグにしまったユユちゃんは、僕の腕に絡みつくと耳元に顔を寄せた。


「これを着けてる日は教えるね」


「うっ!」


 ユユちゃんから逃げるように耳を離す。


 悔しそうにユユちゃんを睨むと、その顔は喜ぶというよりは悦ぶ。にたぁっと満足そうに笑っていた。

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