04 これから女の子ふたりでラブラブする予定
「あ、甘井さん……」
「なーに、ルカ子ちゃん」
「やっぱり腕が……普通じゃ、ないんじゃないかな」
「えー、なんでそう思うの?」
「みんな……なんかこっちを見てるもの」
駅構内から外へ出て、かれこれ五分。
最初はふざけて腕を組んできたと思ったら、いつまでも甘井さんは離してくれない。こんな僕らの姿を見た道行く人たちは、惹きつけられるように視線を送ってくるのだ。
女同士これくらい普通だと甘井さんは言ったが、やっぱり普通ではないのではないか。
「それはですねー、ルカ子ちゃん。可愛い女の子が背負う宿命なの」
「……えっと、見られているのは甘井さんってこと?」
それなら納得だ。甘井さんはアイドル顔負けの美人である。ときには天使にして女神であり、高嶺の花であるパーフェクトヒロインはいつだって人目を惹くのだ。
ここまでとは言わないが、たしかに母さんや深雪と歩いていても、こんな視線が送られてくることも多々ある。ハルたちもまた同じ。甘井さんと腕を組んでいる非日常状態が、より視線に敏感になっているだけかもしれない。
そう納得しようとすると、甘井さんはにんまりとした。
「わたしだけじゃない。ルカ子ちゃんもだよ」
「ぼ、僕? やっぱり、女装ってバレて……」
「そこは大丈夫。わたしだって見抜けないくらい、ルカ子ちゃんは可愛い女の子だから。ちょっと目にしたくらいで、ルカ子ちゃんを男の子だと思う人なんていないよ」
「それはそれで複雑なんだけど……」
絶対バレたくないが、絶対バレないのも男としては複雑である。
「星宮さんと出かけるときも、いつもこんな感じってこと?」
「んー、そうと言えばそうだけど、ここまですごいのは初めてかな。やっぱりルカ子ちゃん効果だよ」
「……それ、星宮さんに失礼なんじゃ」
「ま、そのくらいルカ子ちゃんの変身が凄いってことだよ。わたしも気合入れてきたつもりだけど、正直圧倒されちゃったもん。やっぱりプロの仕事は凄いよね」
甘井さんは決して持ち上げるつもりではなく、素直に感心している。母親の仕事が褒められたのは嬉しいが、その素材が自分なのでなんとも複雑である。
肩を落としそうになると、僕たちの前にふたつの影が立ちふさがった。
「ねー、君たち可愛いねー」
「よかったらこれから、お兄さんたちと遊ばない?」
ナンパである。前に甘井さんに絡んだ男たちとはタイプが違う。数打てば当たる、そんなラフな雰囲気の男たちだ。
「きゃ、ナンパされちゃったね、ルカ子ちゃん」
前回とは違い、ちょっと嬉しそうな甘井さん。どうするどうするって、他人事のような目である。
「君、ルカ子ちゃんって言うんだ。可愛いってだけじゃなくて、なんかオーラあるよね」
「もしかしてどこか事務所に所属してる、モデルさんかなにか?」
そんな甘井さんが、ナンパされたことを前向きだと勘違いしたのか。男たちは調子のいいこと言い始めた。
「聞いた聞いた? ルカ子ちゃんのこと、モデルさんかなにかだってさ」
甘井さんは自分ごとのように嬉しそうにすると、なにか思い出したように手を叩いた。
「あっ、でも当たらずとも遠からずかもね。そういった人たちを相手にしてる、プロのメイクさんが仕立ててくれたんだものね、今日の格好」
「え、マジで?」
「本当に事務所に所属してる、卵さん的な子なの?」
まじまじとこちらの顔を見てくるふたりは、どこか納得げな顔をしている。
本当に男であることを疑われていない。それは嬉しいのだが、やはり複雑である。
「俺、そういう世界興味あるわ。ちょっと話聞かせてよ」
「丁度お昼だしさ。お兄さんたちご飯ごちそうしちゃうから、ね?」
ナンパのひとりが腕時計をわざとらしく見ながら、素晴らしい提案だろと言うようにこちらを一瞥した。
どうしたものかと頭を抱えたい。なまじ甘井さんが気のあるような振る舞いをしているから、どう断ったらいいものか。ナンパを断っているのを間近ではよく見るが、あしらい方は身についていない。
「折角ですけど」
頭を悩ませていると、甘井さんはグイッと僕を引き寄せた。それこそ頬が触れ合うような距離だ。
「今日のルカ子ちゃんは、わたしだけのものですので。これから女の子ふたりでラブラブする予定だからごめんなさい」
僕の腕をそのまま引っ張って、立ちふさがった道を回り込んだ。甘井さんはあっさりと男たちをあしらったのだ。
肩越しに振り返ると、ナンパ男たちは諦めたように次を求め始めている。
「なんていうか、手慣れてるね。前はだいぶ困ってたようなのに」
「まあ、顔見ればしつこい人かそうでないか、すぐにわかるから」
「だからつい遊んじゃったの?」
「遊んだのではありません。ルカ子ちゃんが褒められて喜んだだけです」
「それで変につけあがらせて……この前みたいになったらどうするのさ。調子に乗るとろくなことにならないよ」
「ふふっ、ごめんなさい。でも――」
恋人に寄り添うように腕に抱きついている甘井さんは、上目遣いで見上げてきた。
「今日は頼れる男の子と一緒だから。多少の冒険くらい、しちゃってもいいかなって」
とっても甘い微笑みが、その満面に咲いていた。
「しょ、しょうがないな……」
やれやれと示すように、甘井さんから目を逸らすよう前を向いた。
理想の女の子が、こんな笑顔を自分のために向けてくれるのだ。胸がドキっと弾んでしまった。
顔、赤くなってないだろうか。
「それとね、ルカ子ちゃん。今日は仲のいい女の子同士のおでかけだよ」
まるで赤くなっているのがお見通しだというように、甘井さんは僕の頬をツンと突いてきた。
「いつまでも甘井さんじゃなくて、名前で呼んでくれないと。それこそ昔みたいに、ね?」
甘井さんは首を傾け、こちらの顔を覗き込んできた。
その顔はお願いしているのではなく、決定事項を伝えるようで。英語の教師が、リピートアフターミーと復唱を求めているようでもあった。
昔みたいに。それは生まれたときから、父さんが再婚して僕らが離れ離れになるまで。ずっと僕が呼び続けてきた愛称。離れ離れになって以来、その愛称を呼んだのはミスコンで返り討ちにした、あの瞬間だけである。
あの瞬間、たしかに僕たちの関係は昔に戻っていた。
今度はそれを意識して、甘井さんは求めてきた。僕をルカ子と呼んではしゃいだときから、甘井さんだけはとっくに戻っていた関係を。
さあ、と待ちかねたような顔をする甘井さん。
そんな顔をされたら応えないわけにはいかない。昔から僕はそうやって、そんな顔の甘井さんに応え続けてきたのだ。
「えっと……ユユ、ちゃん」
「うんうん、いい子いい子」
ユユちゃんは愛犬を可愛がるように、頭を嬉しそうに撫でてくる。
「やっぱりルカくんに呼ばれるなら、そうでなくっちゃね」
童心に返ったように、お姉さんぶった態度でユユちゃんは笑っていた。
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