2 甘井さんが性癖を拗らせすぎているのでルカ子ちゃんになるハメになった
01 親友たちの作戦会議
時間をかけて計画した、我が親友の公開告白。仲間に引き入れたふたりには、それがミスコンを盛り上げるための嘘告白、公開処刑だと勘違いされてしまった。あっさりと裏切られるどころか、計画を丸々乗っ取られてしまい、ユユは顔を真っ赤にして敗走してしまったのだ。
最初は右城くんたちに詰め寄った私だったが、その勘違いを知ると、さすがに彼らを責められなかった。勘違いしたおまえたちが悪い、と責任を押し付けられるほど恥知らずではなかったのだ。
かくして、勘違いによってふたりが結ばれる機会が奪われた。
これから恋人として過ごせるはずだった、クリスマスに冬休み、年越しに初詣にバレンタインなどなど、一気にご破産になってしまったのだ。
告白と一緒に性癖を満たそうとしたばかりに……全部全部、ユユの自業自得である。この期に及んで、まだ同じことを繰り返そうとしている親友は、本当にもう手遅れである。
このままでは一生、ふたりが結ばれることはないだろう。
右城くんと左津前くんの間に挟まり、いまひとつ存在感を発揮できずにいるが、真中くんも男の子として悪くない。年上のお姉様とかが好みそうな可愛い顔立ち。クラスの中心となっている男子グループに、なにかあればしれっと混ざれるコミュ力。なにより右城くんと左津前くんと対等に接しているメンタル。
女同士でもよくあるが、やはり見た目に格差があると周りの目は気になってしまう。相手はそんなこと気にしていなくても、その子と比べられていつだって二番目扱いされていると、僅かながら劣等感くらいは覚えてしまう。
真中くんにはそんな心の影がまるで見えない。精々、振り回されたときに疲れた顔をするくらいだ。
ちょっとした出会いが真中くんにあれば、あっという間に彼女くらいできてしまうだろう。それが私の真中くんの男性としての評価である。
大切な親友がそれで泣きを見ないためにも、こうして私、星宮いのりは動き出したのだ。
初めて訪れる家のチャイムを押すと、すぐにその扉が開いた。
「こんにちは」
出迎えてくれたのは小学校高学年くらいの女の子。お人形さんのように可愛いその顔を綻ばせている。
つい見惚れてしまったが、すぐにハッとした。
「こ、こんにちは。そのお兄さん、いるかな?」
「ハルくんが言っていたクラスメイトの方ですね。どうぞ」
「お邪魔します」
しっかりした子だな、と思いながら家に上がらせてもらった。
ハルくんってことは、右城くんの妹さんか。ということは、ここは右城くんの家か。
そう考えながらリビングに案内されると、右城くんと左津前くんがテレビ前のローテーブルを囲っていた。
「ああ、星宮。いらっしゃい」
「まあ、そこのソファーにでもかけてくれ」
右城くんから迎える挨拶をされ、左津前くんからはソファーを勧められた。
「あ、これよかったら。みんなで食べようと思って」
ソファーに腰掛ける前に、手提げ箱を右城くんに差し出した。
「気を使わせて悪いな。ありがたくいただこう」
「その箱は、駅前のノルンだな。てことはシュークリームか?」
「そうそう。どうやらそれが一番の売りらしいから。お土産にするなら、間違いないかなって」
左津前くんの指摘に答えると、妹さんの満面が輝いた。
「わたし、ノルンのシュークリーム大好き!」
「六個買ってきたから、妹ちゃんもよかったら食べてね」
「ありがとう、お姉さん。わたし、深雪って言うの。よろしくね」
「私は星宮いのり。よろしくね、深雪ちゃん」
こんな可愛い子にここまで喜ばれると、それだけで買ってきたかいがあったものだ。
「星宮さんはコーヒーと冷たいお茶、どっちがいい?」
「ありがとう。だったらコーヒー貰っちゃおうかな」
右城くんは立ち上がると、キッチンへ向かっていった。
深雪ちゃんはテーブルに置かれた箱に釘付けだ。招き入れてくれたときは大人っぽかったが、今は年相応の子供である。
「いいよ、深雪ちゃん。先に食べて」
「うん。ありがとう、いのりお姉ちゃん」
天使のような微笑みを向けられて、思わず胸がキュンとしてしまった。お姉ちゃん、って言葉がまたよかった。
こんな可愛い妹がほしかった。うちには生意気な弟しかいないので、心からそう思った。
美味しそうにシュークリームを頬張る深雪ちゃんが、ただただ微笑ましく、そんな姿をずっと見ていられると思った。
「美味しい、深雪ちゃん?」
「うん。すごく美味しい」
可愛い天使の微笑みは、そのまま左津前くんに向けられた。
「アキくん、わたしこのシュークリーム大好き!」
「よかったら俺の分も食べていいよ、深雪ちゃん」
「本当? アキくん大好き!」
その笑顔だけでお腹がいっぱいのように、左津前くんは満たされた顔をしている。
「そんなに好きなら、わたしの分もどうぞ、深雪ちゃん」
「いいの!? えへへ、いのりお姉ちゃん、すっごい優しいね。わたし本当はね、いのりお姉ちゃんみたいなお姉さんがほしかったの」
「わたしも深雪ちゃんみたいな妹がほしかったわ」
わたしもまた、左津前くんのようにその笑顔ひとつで満たされてしまった。
「本当可愛い妹さんね。羨ましいな」
「ま、深雪ちゃんは自慢の妹だからな」
左津前くんは誇らしそうに言った。
てっきり右城くんの妹だと思っていたのだが。深雪ちゃんはどうやら、左津前くんの妹らしい。似ているかどうかは置いておくとして、たしかに美形遺伝子の形は右城くんよりは左津前くんよりだ。
ということは、ここは左津前くんの家か。
勝手知ったる他人の家とばかりに、右城くんはお盆で飲み物を運んできてくれた。
「わー、いい香り」
「うちのは、専門店で買ったものを、直前に挽いてるからな」
左津前くんがそう答えた。
ローテーブル前に腰を据えた右城くんに、深雪ちゃんは笑いかける。
「ハルくん、やっぱりノルンのシュークリームは世界一だね。わたし、これが一番大好き!」
「たしかにノルンのシュークリームは美味いからな。俺も久しぶりに食うから楽しみだ。うん、やっぱり美味い」
かぶりついたシュークリームに下を唸らせる右城くん。自分の拳大はあったシュークリームを、たった三口で平らげた。まさに男らしい食べっぷりだ。
それを横目で見ていた深雪ちゃんは、どこか不満げに眉をひそめた。大好きなシュークリームを味わって食べないのが、もしかしたら不満なのかもしれない。
「さて、作戦会議を始めるか」
「どうやってルカを甘井とくっつけるかだが……」
口のクリームを親指でぬぐい舐めた右城くんの側で、左津前くんが難しい顔で腕を組んだ。
そう、ここにはユユたちをどうくっつけるか。右城くんたちと共同戦線を張ったのだ。
「まさかルカと甘井が、幼馴染だったとはな」
「星宮はこのことを知っていたのか?」
「うん。中学の頃から、ルカくんって幼馴染がいて、それが初恋なんだって。再会したときは運命だって、すごい喜んでたもの」
左津前くんとの質問に答えながら、ミルクと砂糖をコーヒーに入れた。
「でも、真中くん全然声をかけてくれないって、ユユはぷんぷんしちゃってさ」
「そんなの待ってないで、甘井から話しかければよかったじゃないか」
「ハルくんは女心がわかってないわね。こういうときは、男から話しかけてもらいたいのが女ってものよ。運命的な再会だからこそ、それ以上の夢見たドラマを期待しちゃう。それがわからないハルくんは、まだまだね」
「そうそう。ユユは期待しちゃったのよ……って、あれ。深雪ちゃん?」
「なーに、いのりお姉ちゃん?」
「えっと……うん、ごめんね、なんでもないよ」
無邪気な天使を見ながら、私はかぶりを振った。今一瞬、小学生とは思えない台詞回しが聞こえたような気がしたが、気の所為だったのかもしれない。
「もしかしてやけにルカに対して辛辣だったのは……」
「ノーアクションの真中くんにぷんぷんしちゃった結果ね」
九割は性癖を満たすためだが、一割はそういう面もあった。はずということで、そういう話に持っていった。
「なんだ、やっぱりツンデレじゃないか」
「やっぱり好きな子に意地悪しちゃってたんじゃないか」
「まー、たしかに間違ってはなかったわね」
あの日の追求劇を思い出す。
ユユ相手にあんな追求の仕方ができるのは、学園広しといえどこのふたりくらいなものだ。ふたりもいることがむしろおかしい。
「じゃあ、らしくない告白を計画したのは?」
「そ、それは……あれね、そう、あれあれ」
「アキくんもまだまだね。優々子さんって子が本当にやりたかったのは、昔の距離を取り戻すことよ。これをキッカケにまた、昔のように接してほしい。あのイベントを通して、わたしはまだ、あなたのことを親しい幼馴染だと思っています、って伝えたかったのよ。もちろん、本気でOKしてくれた御の字くらいに思ってただろうけど」
「そうそう、そういうことよ……って、深雪ちゃん?」
「なーに、いのりお姉ちゃん?」
「んー……ごめんね、なんでもない」
シュークリームをパクつく天使を見ながらわたしはかぶりを振った。小学生とは思えない恋愛の講義が聞こえた気がするが、気の所為だったのかもしれない。
「そうだったのか……」
「勘違いしたばかりに、ルカには悪いことしたな」
「悪いこと?」
左津前くんに聞き返す。
「ルカは甘井のことを、理想の女の子だ。付き合えるものなら付き合いたいって言ってたからな」
「本当!? じゃあ両思いってことね!」
「そういうわけではないな。恋愛感情を抱いているっていうよりは、可愛い子と付き合いたいって意味だ」
右城くんはそう言うが、真中くんにその気があるということには変わりない。ユユが告白したら一発なのがわかっただけでも収穫だ。
それでも普通に告白しないのがわかっているから、私は困ってここにいるのだ。
「いのりお姉ちゃん。わたし、いい案があるの」
両手をパン、と合わせる深雪ちゃん。
性癖を拗らせたことで起きたのが今回の問題だ。深雪ちゃんのような純粋な子から出る案くらいで、どうこうできるとは正直思わない。それほどユユの性癖は頑固なのである。
「どんな案かな?」
「片方の困った問題を、ふたりで立ち向かって解決するの。それでふたりがくっつくことはなくても、距離は縮まるんじゃないかな?」
と思ったら、中々現実的な案が飛び出してきた。くっつけることばかりにこだわっていた私からは、出てこなかった考えだ。
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