ミスコンの前日譚、とある母子の介入

作者からのお知らせ

六話が抜けているのに気づいて投稿いたしました。

大変なミスをしてしまい申し訳ありません。

今更感はありますがお目通し頂ければと存在ます。


以下本編。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 これは文化祭で甘井さんを迎え撃つ、作戦会議をしていたときの話だ。


「問題は、僕が着る女子の制服だけど……さすがにアテがないな」


 このときの僕は、ミスコンでどんな告白をするのか。その絵図はもう描ききっていた。甘井さんは当日、男子の制服を着るからこそ、それに合わせた女子の制服が絶対必須だった。


 でも僕には、学校の女子友達というものがいない。僕くらいの背丈の女子から制服を借りるとなると、それこそ交流のない女子にお願いしなければならない。そのハードルが高すぎて悩みの種だったが、


「そこは俺たちに任せておけ。周りの女子に当たってみる」


「なに、事情を話せば、きっと面白がって貸してくれるさ」


 簡単になんとかなると言いきったふたり。


 さすが青碧学園を代表する、美形男子の双璧である。女子からのお誘いや告白など日常茶飯事。穏便に済ませるあしらい方すらマスターしているふたりは、知らない女子へ頼み事をするハードルなどあってないようなものだった。


 こういうときは本当に頼もしい。


「他に必要なのは……カツラだな」


「ルカにメイクをしてくれる子も必要だな」


 真剣に考えた末にふたりはそう言ったが、


「カツラにメイク? いや、いくらなんでもそこまでする必要はないんじゃない?」


「それは甘いぞ、ルカ」


「今回ミスコンに参加する男たちは全員、その辺り全部揃えてくるぞ」


「え、マジで? そんなにみんな、ミスコンに気合入れてるの?」


 これにはさすがに驚いた。


「中身は多少変わったとはいえ、仮にも青碧学園の伝統あるイベントだからな。中途半端な気持ちで出場する奴はいないぞ」


「自分の力が及ばないところは、周りに助けを求めて女装を仕上げてくるらしい。まあ、それで出てくるのは誰も彼もゲテモノモンスターらしいが」


「それでも出場者は笑いものになるのではなく、観客を笑わせてみせる。ミスコンを盛り上げようという気概がある奴らばかりだ」


「そんな中、ただ女子の制服を来ただけのルカが観客の前に出てみろ。白けるか笑いものになるかの二択の未来しか見えてこないぞ」


 ふたりのミスコンに対する認識を説かれ、「うっ」と呻いてしまった。


 どうやら僕は、ミスコンに出場するということを甘く見ていたのかもしれない。いくら最高の台本を用意しようが、観客が白ければつまらない見世物にしかならない。


 観客に笑われている内は、きっと甘井さんを倒すことはできないだろう。それこそゲテモノモンスターに負けない個性を発揮し、観客を沸かせる個にならなければ。


「僕の認識が甘かったのはよくわかった。やるからには徹底的にやる。カツラはドンキーにでも行けば買えるとして、メイクのアテについては任せていいか?」


「ああ、俺たちに任せろ」


「最高の職人を用意してみせる」


 ふたりは頼もしそうな顔で言った。


 僕たちは顔を見合わせ頷きあおうとすると、


「話は聞かせてもらったよ」


 僕たちしかいないはずだったリビングに、突然声が響いた。


 振り返ると廊下へ続く扉、その縦枠に背中に預けているものがいた。


「プロの仕事をご所望かい?」


 腕を組みながら、こちらに向けた横顔をニヤリとさせた。


 一体いつの間に帰ってきていたのかと面食らった。


「あ、お帰りなさい静子さん!」


「そうだ、俺たちには静子さんがいたんだ!」


 アキは敬うような目で、そしてハルは性的な目を彼女に向けていた。


「一体、いつの間に帰ってたのさ、母さん」


 そう、この人は僕の母親である。


 僕と同じくらいの背丈のモデル体型。小学生五年生の子供を生んだとは思えない若々しさ。一緒に買い物に出かけると、よく社会人の姉に間違えられる。気合を入れてお洒落したときは、それこそ妹の美雪の姉に見られることさえあった。


「先方のモデルにトラブルがあったらしくてね。この後の仕事がキャンセルなったのよ」


 母さんはモデルなどにメイクを施す仕事を生業としている。撮影に合わせて先方に赴くので、決まった時間ではなく不規則に働いている。


 今日は早朝から晩までみっちり仕事を入れていたのだが、向こうの事情で帰ってきたようである。


「それより、ルカを完璧な女の子にするって話だけど、私に全部任せな」


「わざわざ素人に頼る必要なんてなかった。本物の職人がこんな身近にいたことを忘れていたなんて……俺もまだまだだな」


「灯台下暗しとはまさにこのことだ。ここは黙って、全部静子さんに頼らせてもらおう」


「一度はルカを完璧な女の子にしたいと思っていたところさ。ふん、腕が鳴るね」


 ふたりから全幅の信頼を寄せられながら、母さんは手をわきわきさせながらこちらに寄ってきた。


「いつもはメイクだけだったけど、今回は全力でやるよ、ルカ」


 ポン、と母さんは僕の肩に手を置いた。


 母さんに練習台として、メイクされるのはままあることだ。仕事に繋がることだし、ここまで育ててもらった恩もある。喜んでとまでは言わないが、頼まれれば嫌な顔せずされるがままにされている。


 そしてこの前は、女の子メイクをされてしまった。ふざけてやったのではなく、昨今のマイノリティの需要などが増えているから。自分にかかればこんなこともできますよと、ビフォーアフターの写真を撮られたのだ。


「いや、たかだか文化祭のイベントで、母さんが出張るのは……」


 母さんを含めた三人は盛り上がっているが、僕の中では冷ややかなものだった。


 考えてもみるといい。学生たちが互いに協力しながら、創意工夫を凝らして出場するイベントに、プロの仕事を施した生徒が乱入するのだ。小学生を対象にしたゲーム大会に、高校生が乱入するようなものである。


「みんな自分の力で頑張ってるのに、ひとりだけプロの力を使うのは――」


「なーに、親の力は子の力、遠慮なんてしなくていいんだよ、ルカ」


 一切引く気のない母さん。その目にはただただ、僕を女の子にしたいだけの欲望しか宿っていない。


 助けを求めるようにふたりを見るも、すぐに意味のないことに気づいた。こういうときのふたりはまさに無能。使い物にならないのだ。


「静子さん、俺たちもお願いしていいですか?」


「ルカの前座で、場を盛り上げる必要があるんです」


「私に任せな。あんたたちの魅力を、完璧に殺しきってみせるよ」


 わかっているではないかという顔で、母さんに尊敬の眼差しを向けるふたり。


 やっぱりこのふたりはダメだ。うちの家族が絡んだ途端、僕の思いなど無視して暴走するのがこいつらだ。


「いい加減にしろふたりとも。いくらなんでも、母さんの力を借りるのは――」


「この期に及んで、まだそうやってグダグダ言ってるの?」


 三人とはまた別の声が、突然リビングに響いた。


 振り返ると廊下へ続く扉、その縦枠に背中に預けているものがいた。


「ほんと、情けないお兄ちゃん」


 腕を組みながら、こちらに向けた横顔がニヤっとさせた。


 一体いつの間に帰ってきてきたのかと面食らった。


「ああ、お帰り美雪ちゃん」


「美雪ちゃん、今日も一段と君は美しいね」


 ハルは微笑ましそうな目で、そしてアキは性的な目を彼女に向けていた。


「一体、いつの間に帰ってきたんだ、美雪」


「もうお昼だもの。さすがに帰ってくるわよ」


「それもそうか」


 この子は僕の妹である。


 アキいわく天使のように美しく、そして愛らしいそのお顔立ち。胸元にかかる濡烏の髪は、まさに天使の輪が宿っている。兄としての贔屓目抜きにしても、美雪は同年代の女の子たちと比べると垢抜けている。それは母さんの背中を見て育ったからこその、美意識の高さからくるのかもしれない。


「お兄ちゃんがお母さんの力を借りるのを躊躇ってるのは、まだ恥を捨てきれていないからよ」


「捨てきれてない?」


「そ、学校のイベントごとで恥を掻きたくないって、まだどこかで思ってるのよ。恥を掻かないようカッコつけちゃってるところが、逆にかっこ悪いっていうか。まるでクラスの男子みたい」


 唇を人差し指で触れた美雪は、アキに妖艶な視線を送った。


「おいで、アキくん。お馬さん」


「はっ!」


 喜んで美雪の側に駆けつけたアキは、そこで四つん這いになった。美雪はその背中に躊躇いなく座ると、そのまま足を組んだ。


「ありがとう、美雪ちゃん……!」


 満たされたような顔でアキは感謝を告げた。


「どう、お兄ちゃん。このアキくんを見て」


「普通に気持ち悪いけど?」


 妹の椅子になって欲情を満たしている親友の様は、ただただ気持ち悪かった。


「たしかに気持ち悪いわ。でもよく見て、お兄ちゃん。人の親や兄を前にしているにも関わらず、恥のすべてを捨てきって、女児の椅子になって喜ぶアキくんの姿。なんだかカッコイイと思わない?」


「いや、ただただ気持ち悪いけど」


「うん、ごめん。たとえ方が悪かったっていうか、間違った」


 こういうとき素直にごめんなさいできるのは、可愛い妹の美徳かもしれない。


「ようはね、学校のイベントに参加するなら、恥なんて気にせず全力でやるべきってこと。運動会とかで、なに本気になっちゃってるの、みたいな奴ってかっこ悪いじゃない。どうせやるなら全力で。恥なんて捨てて本気になったほうが、カッコイイじゃない。なによりそれが一番、イベントを盛り上げるのに繋がるわ」


 首をコトンと傾けながら、美雪は天使のように微笑んだ。


 なるほど、美雪の言うことは最もである。僕はまだこの後に及んで、心にブレーキをかけているようである。目的はたしかに打倒甘井さんだけれども、折角なら一参加者としてミスコンを盛り上げる。それこそ全力で取り組んで、観客がわっと驚く姿を見せることこそが誠意というものかもしれない。


 そもそも勝ったところで、得られるのはミス青碧の称号だけ。本気で欲しがってる奴なんていないだろう。


「そうだな、美雪。全部おまえの言う通りだ。僕はまだ、恥を捨てきれてなかったのかもしれない。やるからには全力でやるよ」


「わかってくれて嬉しいわ」


「けどな、美雪」


「なーに、お兄ちゃん?」


「おまえ、本当に小学生か?」


「女の子は早熟なのよ」


 どこか艶めかしい所作で、美雪は唇を人差し指をなぞった。


 含蓄ある説得力を吐いたことだけではない。アキが自分に欲情しているのをわかった上で、完全に手懐けているその度量。ただの小学五年生とは思えない。


 アキの背中を降りた美雪は、母さんの前に移動した。


「お母さん、アキくんたちの変身、わたしに任せてくれない?」


「ほう、娘よ。本当にできるのかい? このふたりの魅力をどうこうするのは、一朝一夕ではいかないよ」


「わたしを誰だと思ってるの? お母さんの娘よ。このふたりの魅力は、完璧なまでに殺し尽くしてみせるわ」


「そこまで言うならやってみなさい。母さんがこれから生み出す天使を輝かせるための、最高のモンスターを期待してるわよ」


 母さんはそう言って、頼もしそうな顔をする娘の肩に手を置いた。


 こうして僕らは、きたるミスコンの武器作成をこの母子に託した。


 結果として甘井さんを返り討ちにできただけではなく、ミスコンを大いに盛り上げた主役になったのだった。

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