06 甘井さんを返り討ちにしたので死体蹴りをいれた
校舎裏に逃げ込んだ優々子は、校舎を背中に体育座りをしていた。顔を膝にうずめながら、火照った顔を鎮めているのだ。
――どうしてこうなったの。
本来自分がするべきだった告白が、向こうからされた。
本来衆人環視に晒すはずだったのに、自分が晒された。
顔を真っ赤にして困った顔を見るはずだったのに、自分がそれをするはめになったのだ。
もうわけがわからないと頭の中で堂々巡りしていたからか、その足音に気づかなかった。
「ゆーゆくん」
「ひゃっ!」
弾むような声が耳元にかかった。
咄嗟に顔を上げると、そこには自分をこんな目に合わせた天使がいた。
壇上では恥じらう乙女だったその表情が、今やよく知る隣の席の男の子に戻っていた。いや、ここまでニヤニヤした顔は見たことがなかった。
真っ赤な顔を見せながら、恨みがましい視線を優々子は送った。
「真中くん……さっきのはどういうつもりですか、酷いじゃないですか!」
「あれを酷いと思うなら、それこそ自業自得だよ甘井さん」
瑠夏はそんな恨みなどどこ吹く風で腰に片手を当てた。
「公開処刑の準備を先に始めたのは、そっちだろ?」
「なんのことですか……」
「とぼけても無駄だよ。ふたりから全部聞いた。あの場所で甘井さんが僕に嘘告白をする。そうやってミスコンを盛り上げるために、僕を見世物にしようと甘井さんたちが企ててるって」
優々子はようやく合点がいった。
今回の瑠夏の行動の真意は大体わかった。
でも、その前提が間違っている。
「……本当に告白されるとは思わなかったんですか?」
「絶対ないね」
「絶対、ですか……」
断言されて、優々子は胸に小さな痛みが走った。
悟られないようにはいえ、これだけ想っている相手にそう切り捨てられたのだ。まるで自分たちはそんな想い合う関係になりえない。告白を断られたような、そんな寂しさを覚えた。
「うん、絶対。だって甘井さんは、自分の大切な気持ちを見世物になんて使わないだろう? 告白するなら、こういった人気のない場所でやるはずだ。それだったら僕だって信じたよ」
でも、根拠を示されその痛みは引いた。
「ああいった場を選んだ時点で、真面目に告白するつもりがないのはお見通しだよ、甘井さん」
したり顔で瑠夏は言った。
胸の痛みこそ引いた優々子だが、今度は頭が痛かった。
今回の件は完全に自業自得。ただ性癖を満たそうとしたばかりに、罰がくだったのだと理解した。
「うぅ……」
これだったら始めから、普通に告白しておけばよかった。そう後悔したのだ。
今更ここで告白しても信じてもらえないだろう。信じてもらうためにはミスコンでの公開告白をしようとしたわけを話さなければならないが、それだけは絶対にできなかった。その理由はあまりにも酷く、情けなく、そして恥ずかしいことだから。
「それで、いい加減に教えてもらっていいかな?」
瑠夏は優々子の隣に座り込んだ。可愛い女子の見た目であるにも関わらず、足を閉じず地面に両手をつく様は、アンバランスなほど男であった。
「なんであんなことをしようとしたの?」
「それは……」
それを答えられた苦労しない。バツが悪くて優々子は顔を逸らした。
「あのさ、気づかない内になにかしちゃったわけ、僕?」
「……別に、してませんけど」
「つまり君は、なにもしていない相手を見世物にしようと選んだわけ? そんなわけないだろう」
「そういうつもりじゃ……」
結果的にそうなのであるが、前提が間違えているから答えに窮した。
瑠夏は大きなため息をついたあと、
「やっぱり……手紙を出さなかったのが許せなかったとか?」
申し訳無さそうにそう口にした。
優々子は慌ててかぶりを振った。
「違う、違うから……! ルカくんの事情はちゃんとわかってるから。しょうがないって、わかってるから」
「……それでも、ごめん」
「いいの、謝らないで」
瑠夏はホッとしたように一度だけ頷いた。
しばらく無言が続いた。
その静寂は嫌なものではなく、ふたりにとって穏やかなもので。昔を思い出すような心地よい時間に優々子は口元を綻ばせた。
「もう一度聞くけど、僕が知らない内に、君を傷つけたわけじゃなかったんだね。その仕返しとか、そうじゃないんだよね?」
「あれは、その……」
答えられない答えに窮しながら、悩んだ末にバツの悪そうな顔を優々子は浮かべた。
「る、ルカくんが相手なら……許されるかなって」
我ながら感じが悪い答えを差し出して、優々子は自己嫌悪に陥った。
「そっかそっかー、それならよかったー。知らないうちに、なにをやらかしたんだろう僕って、ずっと心配してたから」
それでも瑠夏は気に障るどころか、救われたような声を上げた。
その横顔があまりにも眩しくて、優々子は拳を握った。やっぱり想いを告げるなら今しかないと。
「これで心置きなく死体蹴りができる」
「え……」
すっと瑠夏の顔が近づいてきた。
優々子は思わず目を瞑る。驚き半分、そして期待半分。その感触を待っていたが、唇にそれが訪れることはなかった。
瑠夏の唇は、そのまま優々子の耳元にたどり着いた。
「君を想い続けてきたっていうのは、嘘じゃないから」
「へっ!?」
瑠夏の顔が離れると、優々子はくすぐったい耳を慌てて触った。
そのまま瑠夏は立ち上がる。優々子はそんな想い人の顔を追うも、後頭部しか見えず表情がわからない。
このまま答えを聞かずに去るつもりだ。
そう思って優々子は慌てて声をかける。
「あ、あの、ルカくん!」
こちらの想いを伝えようと思った矢先、その顔が目に入った。
「なんだい、ユユちゃん?」
ニヤニヤとした、してやったりという顔が。
からかわれたのだ。
そう気づいた優々子はぷるぷると肩を震わせ、ようやく落ち着いた顔にまた赤みを取り戻してしまった。
その悔しそうな顔に満足した瑠夏は、そんな優々子を置いて去っていく。
「つ、次はこうはいかないんだからね、ルカくん!」
優々子は立ち上がると、その背中にありったけの声で叫んだ。
まるで報復を宣言する優々子に、瑠夏は意地の悪い笑みを見せた。
拳銃の形を作り優々子に向けると、撃ち抜くように右手を振り上げた。
「次もまた返り討ちさ、ユユちゃん」
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