05 甘井くんをずっと想い続けてきました

 たたらを踏みながら、瑠夏は優々子の前に出た。


 目を合わせるのも恥ずかしいというように、瑠夏は何度も優々子の顔をチラ見した。


 起きた出来事についていけずにいる優々子は、ただただ狼狽えることしかできなかった。


「あ、あのね……甘井くん」


 意を決したように、瑠夏は優々子を見据えた。


「まだ、そうだと思っていてくれているかな……わたしたちが、幼なじみだって」


 秘めた想いを抱えるように、両手を胸元で重ねた。


「おーっと、ルカ子ちゃん、ここで幼なじみ設定をぶち込んだ!」


 進行役は盛り上げるため、声高々に実況した。


 けど会場の反応は冷ややかなものだった。


「うるせー、黙ってろ!」


「ルカ子ちゃんの告白を遮るな!」


「引っ込んでろ!」


 などなど、会場はすっかり天使に魅了され、この先繰り広げられるドラマに胸を踊らせていた。


 そんな周りのことなど聞こえていないように、瑠夏は胸元の手をもじもじとさせた。


「生まれたときからお隣さんだったから、ずっとわたしたち、一緒だったよね。どこへ行くのにも、わたしったらいつも甘井くんにべったりで……一緒のお布団で寝たし、一緒にお風呂だって入ったりもして……へへ、覚えてる? 甘井くんのファーストキス、わたしなんだよ?」


 輝かしい過去を思い出し、その嬉しさについ瑠夏ははにかんだ。


 会場はどっと湧いた後、下手な口笛がいたるところから響いた。


「ずっとずっと、甘井くんと一緒なんだって思ってた。でも……四年生になる前に、わたしが引っ越しちゃって。……手紙、沢山出すねって言ったのに、それも出せなくて。わたしたちの関係はそこで途切れちゃった」


 過去を惜しむように、寂しそうな笑みを浮かべた。


「……この学園で甘井くんに再会したときね、すっごい驚いちゃった。あのとき一緒だった男の子が、こんなにもカッコよくなっちゃったって。なんでもできて、誰からも好かれて……もう、届かないところに行っちゃったなって。わたしなんかじゃもう、甘井くんの隣には並べない。相応しくないって……思っちゃって、声、ずっとかけられなかった」


 瑠夏はそう言って、諦めたような顔で俯いた。それ以上の言葉が続かず、壇上は沈黙が続いた。


 そんな瑠夏を見ていられないというように、観客たちから声があがった。


「ルカ子ちゃん、頑張ってー!」


「そんなことないよ、ふたりはお似合いだよ!」


「ルカ子ちゃん、世界一可愛いよ!」


 ルカ子の背中を押す声は、どんどん大きくなっていった。


 まるで挫けそうになっているアイドルを、必死に応援するかのような熱量だ。


 その熱気に誰よりも当てられ、戸惑ったのは優々子だった。ただただその顔を瑠夏と観客を往復させるしかできずにいた。


「でも、やっぱり諦められなかった……!」


 顔を上げた瑠夏の顔には、


「昔みたいに、また甘井くんの隣に並びたい。だから聞いて甘井くん……ううん、ユユくん」


 もう諦めの色なんてなかった。


「ずっと、あなたのことを想い続けてきました。また、その隣にわたしをいさせてください。今度は幼なじみとしてではなく、あなたの恋人として」


 ついに告げられたその想い。その満面にはまさに、恋する乙女の情を描ききっていた。


 まるでクライマックスを告げるように、BGMは鳴り響いた。前クールに流行った恋愛ドラマ。その告白シーンに使われ、ふたりが結ばれたときに流れた曲だ。ネットでは約束された勝利の曲のように、色んなMAD動画にも使われている。 


 熱狂的なまでに会場は湧き立った。これでもうふたりは結ばれる。優々子がOKすることを誰もが疑っていないのだ。


「早くうんって言ってあげて!」


「あんまり焦らさないで。ルカ子ちゃんが可哀想!」


「ルカ子ちゃんを幸せにしてやってくれ!」


 会場の熱量は凄いものだった。その熱量を一身に浴びている優々子は、


「えぇ……」


 どうしたらいいのかわからず、その場で狼狽えるしかできない。


 時間が経てば経つほど、周りの囃し立てる声が大きくなる。それがわかっているからこそ、優々子もいたたまれなくなった。


「さぁ、お答えをどうぞ」


 ついにはマイクを向けられて、後がなくなった。


 観客たちは示し合わせたように声を封じた。ルカ子が報われる魔法の言葉を、一寸でも聞き逃すまいとするように。その分の熱量は、すべて眼力に込められた。


 衆人環視に囚われ、すべての注目を一身に背負った優々子はただ困った。


 羞恥の感情が身体中を駆け巡り、顔が今までないほどの熱を持つ。顔が真っ赤なのは鏡を見なくても感じていた。


 瑠夏はただ、微笑みながら優々子の答えを待っていた。


 ――なんでこんなことになったの……。


「ご……」


 もうこれ以上ここにいるのは限界だった。


「ごめんなさい!」


 優々子は逃げ去るように壇上から消え去った。


 期待外れを食らった観客たちは、「えー!」などと気の抜けた声を上げる。


 残された瑠夏は、見守ってくれた親友たちを振り返った。


「ふられちゃった」


 精一杯の強がりで、その微笑みを最後まで崩さなかった。


「「ルカ子ー!」」


 ふたりはルカ子の肩を抱きながら、そっと寄り添い舞台袖へと退場していった。会場は三人が消え去った後も、ルカ子を呼ぶ声は鳴り止まなかった。


 そうして完全に観客たちの目から離れた瑠夏は、


「よっしゃー、完全勝利だ! ざまぁ見ろ甘井さん!」


 勝利の雄叫びを上げふたりと手を叩き合わせていた。


 今回ルカたちの作戦は、どうせ告白の流れが止められないのなら、逆に告白したらいい。ミスコンのノリに乗っかれば、誰もが本気の告白だと思わないし、ただの茶番として見てくれる。そして注目を浴びるのは、告白をする側ではなくされる側。ミスコンの盛り上がりを一手に担うことになる。


「これで僕は笑いものになることもなければ、場をしらけさせた不届き者になることもない。まさにミスコンを盛り上げた立役者。もしかしたらミス・青碧の称号も僕のものかな」


 今回の茶番を知っている実行委員は、進行役のただひとり。優々子に情報が筒抜けにならないよう、ひた隠しにして協力してくれたのだ。ミスコンを盛り上げるためのサプライズは、彼にとっても美味しい話である。


「さーて、ちょっと甘井さんを探しに行ってくるよ」


「なんだ、謝りに行くのか?」


「まさか。死体蹴りをいれてくるだけさ」


 春雄にそう返事をした瑠夏を、こういうときは大物だなと思いながら、ふたりは見送った。


「ちょっとー、なんてことしてくれたのよ!」


 瑠夏と入れ違えに、いのりがカンカンな顔でやってきた。ふたりに引き入れ作戦を託したのはいのりだから、お膳立ての根っこからぶち壊されて怒り心頭である。


「バカめ、俺たちが本気でルカを裏切ると思ったのか」


「舞台を盛り上げるためルカを見世物にしようなど、俺たちが絶対に許さん」


 ふたりはそんないのりをあしらうように鼻で笑った。


「そもそもこんな大舞台で公開処刑を企むとか、一体ルカがなにをしたって言うんだ」 


「さすがに度が過ぎてるぞ。甘井は一体なにを考えてるんだ」


 春雄たちは呆れたように言うと、いのりはお互いの認識の違いを悟った。


 頭を抱えながらいのりは誤解を解いた。


「あのね、ユユは本当に真中くんに告白するつもりだったの」


「嘘だろ」


「マジか」


 そんなこと考えもしなかったと言うように、ふたりは目を丸くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る