04 甘井さんは笑いを堪えるのに必死
当然、生徒たちはそれに反発した。でも生徒たちも時世がわからぬほど愚かではない。なんとか伝統行事を守らんと考えた末、男子は女装を、女子は男装という形で学園側を納得させたのだ。これなら時代のニーズにあっているとは言わずとも、反発はないはずだと。
そうして一昨年から新生したミスコンは、伝統というよりは名物のような盛り上がりを見せた。今までのミスコンに興味を持たなかったような生徒たちが、面白いものを求めて駆けつけるようになった。観客が増えたミスコンは、かつては体育館で行われていたが、今年から外で行われるようになったのだ。
一日目は女性部門だった。ただ男の服に着られているだけのものもいれば、気合を入れて男装したものもいる。甘井優々子はその後者であり、豊かな胸はどこにいったのか。女の顔立ちをどうやって脱ぎ去ったのか。学園の制服に身を包んだ、完璧なる美少年を演じきったのだ。
優々子が出た時点で、誰もが彼女が優勝だと確信した。そして、その通りになった。実行委員のいのりが裏で手を回す必要もなく、満場一致でミスター青碧の称号を優々子は送られた。
そして二日目の男性部門。一日目とは違う盛り上がりを見せた。なにせミスコンが新生してから、ゲテモノのネタ枠としてみんなを笑わせてきたのだ。
みんな女子たちの手助けで化粧までしてくるのだが、どうしようもないほどに彼らは男であり、笑いをもたらすゲテモノ以上にはなれない。そんな姿が大ウケなのだ。
でも、それは仕方のないこと。こういうイベントに手を挙げられる男といえば、スクールカーストでも上位の男たち。自分をネタに、相手に笑われるではなく、笑わせることができる意識をもっている男たちだ。そういう男たちは得てして、背が高かったり、体格がしっかりしていたりと、どうしようもない男らしい体つきなのだ。
そして舞台は佳境に入った。
「それでは次の方どうぞ」
そうしてそのモンスターは、舞台袖から現れた。
今にも弾けそうなピチッピチのセーラー服に、コテッコテな三つ編みおさげ。牛乳瓶のような眼鏡をしており、真っ白な肌にはわざとらしいほどの真っ赤なりんごほっぺが浮かんでいた。
まさに昭和の女子学生に扮する怪物であった。
まだ笑うんじゃないとばかりに、会場からはちらほらと堪えるような音が上がる。
司会進行役の男子が、春雄にマイクを向けた。
「ぷっ、ふふふ……そ、それでは、お名前からどうぞ」
「右城……ハル子です。きゃっ」
登場からずっともじもじしていた春雄は、まるで注目されているのを恥ずかしがるように両拳を口元に置いた。
あまりのおぞましいその姿に、誰もが限界だった。一気に会場中は爆笑の渦に包み込まれた。
「あのー、わたしー、この場を借りてどうしても伝えたいことがあるんです」
「い、一体なにをですか?」
「甘井さん、いいですか?」
「は、はい……く、ぷぷぷ!」
春雄は審査員席の優々子を向いた。目があった優々子は笑いを必死に堪えながら、つたない足取りで春雄の前に進んだ。
優々子は男装時のような化粧をせず、胸も抑えつけていないが、男子の制服を着ていた。一応、男と女が向かい合う図であるが、誰もが捕食者と被捕食者にしか見えないだろう。
「わたし、ずっと……あなたのことが好きでした。付き合ってください!」
春雄はなり損ないの裏声で告げると、優々子に向かってお辞儀をして手を差し出した。
優々子は両手を口に当てた。急な告白に驚いたのではない。必死に吹き出すのを堪えているのだ。
「その告白、待った!」
その待ったと共に、スピーカーからその曲は流れた。どこか昭和を感じさせる音楽、令和に生きる高校生が聞いたことのないようなアイドルの曲であった。
そうしてそのモンスターは、舞台袖から現れた。
ふりっふりのピンクのドレスに身を包み、かつて一世を風靡した聖子カット呼ばれるセミロングヘア。胸元に小さなペンダントを添え、真っ白な肌にはわざとらしいほどの真っ赤なりんごほっぺが浮かんでいた。
ローラースケートで颯爽と現れたそれは、まさに昭和のアイドルに扮する怪物だった。素材の良さを匠の技をもって、完璧なまでに殺し尽くしていた。
キッ、と春雄の横で急ブレーキをかけた秋史。その指を挑戦的に突きつけた。
「ハル子、抜け駆けなんてさせないわよ!」
「あ、アキ子……!」
三角関係を演じる様に、会場はまた湧いた。それこそ過呼吸で倒れるものもいるのではないか。そう思えるほどに会場は盛り上がっていたのだ。
司会進行は秋史の登場に戸惑うことなく、しかし必死で笑いを堪えながらマイクを向けた。
「お、お名前を、どうぞ……ぷっ!」
「左津前アキ子よ」
それだけを言って、秋史は優々子に向き合った。
「初めて会ったとき、この心はあなたのもの……ずっと好きでした。どうか私を選んでください」
秋史はお辞儀をしながら優々子に手を差し出した。
「いいえ、わたしを選んでください」
改めてお辞儀をしながら、春雄は優々子に手を差し出した。
優々子は震えていた。こんな大舞台でどちらかを選ばなければならない。そんな盛大な告白を受けたからではなく、声を上げて笑いそうになるのを必死に堪えていたのだ。
ここで笑ってはいけない。ここで笑ったらお膳立てが台無しになる。
そう、これはすべて仕込みである。
優々子はこれから、瑠夏に告白する。そのために今日まで、色々と仕込んできたのだ。
この大舞台で優々子が瑠夏に告白するという噂も、陰から流してきた。だから会場にいる人たちも、このふたりが本気で告白しているのではないとわかっている。むしろその後を期待して、ここに駆けつけているものも少なくなかった。
優々子は息を整えた。これから大好きな人に告白すると思うと、ずっとお腹をいたぶり続けていた感情が引いた。
優々子はふたりに向き合った。
「ごめん――」
「待って!」
「……え?」
そこで待ったをかけられ、優々子はきょとんとした。
これ以上の待ったは台本にないはずなのに。
そう思っていると、その天使は舞台袖から現れた。
学園の女子の制服に身を包んだ、淡い栗毛のセミロングヘア。前髪を押さえる赤いカチューシャに、飾りのリボンが左側頭部から覗いている。化粧もほどこされているが、決して大人びたものではない。美しいというよりは愛らしい、蝶が舞うお花畑のようだった。
背丈は百七十センチ近くあるはずなのに、春雄たちと並ぶと小柄で華奢な、それこそ守ってあげたくなるような女の子だった。
ゲテモノモンスターが蔓延るお笑い会場に、なぜか天使が現れた。
もしかしてトラブルが発生して、女子スタッフが入ってきたのかと。誰もが思った。同時に『あんな可愛い子、うちの学園にいたっけな?』と誰もが首を傾げた。
審査員たちだけではなく、壇上にいる実行委員たちすらも顔を見合っている。
優々子は顔を向けられたいのりは、なにも知らないとかぶりを振っていた。
その中でも唯一、落ち着いているのは春雄と秋史。そして司会進行役の男子だった。
笑いを堪えていた進行役は、天使に目を奪われた先で、ハッとしながらマイクを向けた。
「お名前を……どうぞ」
「真中ルカ子、です」
瑠夏は恥じ入るように、萌え袖で重ねた手を顎に添えた。
「へ……真中くん!?」
優々子の一言で会場は騒然とした。
学園を代表する快男児と美男子。いつもそんなふたりの間に挟まれた瑠夏は、否応なく周りから印象が薄かった男子だ。それがこんな大舞台で、天使となって舞い降りるとは誰もが思わなかった。なにより彼は、今日優々子に告白される立場だったのでは。と、二度驚いたのだ。
「あ、あのね、ふたりとも、その……」
瑠夏は春雄たちに向き合って、俯きながらもじもじとする。まるで格上のふたりが争っている場に入り込んだ自分が、不相応で恥ずかしいとでも言うように。
「やーっと来たわね、ルカ子」
「遅いわよ、ルカ子」
そんなルカ子を待っていましたという顔で、その面容を妖しく歪ませた。彼らにとってそれは、笑顔のつもりである。
「王子様が取られそうになってようやく登場とか、ひやひやしたじゃない」
「ほーんと、これでOKされちゃったら、こっちが困っちゃうところだったわ」
「ハル子、アキ子……もしかして」
萌え袖を維持しながら、瑠夏は両手を口に当てた。ふたりの真意に気づいて、ついその目が潤んでしまった。そう演じたのだ。
「ほら、行きなさいルカ子」
「王子様がお待ちかねよ」
ふたりは瑠夏の後ろに回ると、一緒に背中を押した。
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