03 甘井さんと僕らはこうしてすれ違う
「あ、ユユー、おっそーい」
待ち合わせ場所つくと、いのりが口をすぼめながら腰に手を置いた。そんな友人に優々子は、手を合わせながら謝罪した。
「ごめんごめん、いのり。ちょっと男の人たちに絡まれちゃって」
「え、大丈夫だったの?」
遅れてきた理由を聞いて、いのりはすぼめていた口を引っ込めた。心配して案じる声をかけた。
優々子はなんともなさげにかぶりを振った。
「うん、大丈夫だった。ルカくんがね、助けてくれたから」
「へー、真中くんがー」
心配の次は興味深そうな顔をするいのり。ニヤニヤしながら噂話好きの主婦のように、手のひらを口元に添えた。
「王子様が助けてくれたんだー。よかったねー、ユユー」
「お礼にほっぺにちゅーしちゃった。しかも二回も」
「きゃー、ユユったらだいたーん!」
ピースする優々子に、いのりははしゃぐように黄色い声をあげる。恋バナが大好きな女の子を体現するかのようだった。
ただしその盛り上がりは、長くは続かなかった。
「そしたらね、ルカくんの顔が真っ赤になって……すっごいね、可愛かったの。あー、こんな困った顔をするんだって……ゾクゾクってしちゃった」
「本当、拗らせてるわね、ユユってば」
友人の困ったところを見せつけられたからだ。
そのときのことを思い出しているのか、優々子は口元に手を添えながら、目をニタニタとさせ、身を震わしているのだ。その様は楽しいや嬉しいを突き抜けて、性的興奮を覚えているそれであった。
いのりは知っていた。優々子は好きな人の困った顔が好きで、それを見るとゾクゾクっとして気持ちよくなってしまうことを。困った顔の君も好きなんてものではない。それは既に、性癖と呼べるものに昇華していたのだ。
瑠夏の困った顔でごはんは三杯いけると言われたときは、さすがのいのりもギョッとした。
「いい加減さ、ユユから告白したらいいのに」
性癖が拗らせているのはともかく、優々子がどれだけ瑠夏のことが好きなのか。いのりはわかっているつもりだった。
もうとっとと付き合っちゃえと常々思っていたので、いつものように言ったら、
「うん、決めた。告白する」
「え、本当に!?」
応と返ってきて驚いた。
「いついつ、いつするの!?」
「今度の文化祭で……みんなの前で、あなたのことが好きです、って言おうと思う。いのり、手伝ってくれる?」
「手伝う手伝う! 実行委員のミスコンを私物化してでも絶対に手伝う!」
友人がついに告白すると知って、その場で跳ねてしまうほどにいのりははしゃいだ。
「ルカくん……どんな顔するかな」
やっとかー、といのりは思っていると、優々子の顔の異変に気づいた。
「衆人環視に晒されて、いきなり告白されたらすっごい困った顔するよね。今日見せてくれた顔より、もっと真っ赤になって……あぁ、想像するだけでゾクゾクしちゃう」
恋する乙女の顔なのか、はたまた性癖を満たしている顔なのか。中学以来の付き合いであるいのりを持っても、判断はつかなかった。
「本当、拗らせてるわね、ユユって」
そんな困った友人に、いのりはただため息をついた。
◆
その報が届いたのは、夕食も食べ終わった七時頃だった。
「大変だルカ!」
当然のように家に上がり込んでいると思えば、ハルたちが僕の部屋に突撃してきた。
「なんだよふたりとも、いきなりさ」
いやらしいものを見ていたわけではないので、落ち着いて読んでいた本を閉じた。
「今度の文化祭で、甘井がルカに告白することが決まった!」
「は?」
ハルが発した言葉の意味が、いきなりすぎて理解が追いつかなかった。
「それもミスコンの最中にだ!」
「はぁ!?」
アキが続けた言葉で、ようやく理解が追いついて驚いた。
文化祭のミスコンの最中に、甘井さんが僕に告白する。その意味がわからないほど、僕は鈍感ではなかった。
「それってまさか……」
「間違いない、ルカを見世物にしてミスコンを盛り上げる腹だ」
「クソ、そんなのただの公開処刑じゃないか!」
やはりアキの言う通りかと、頭を抱え机に突っ伏してしまった。
もしかして、前回教室で起きたツンデレ意地悪女事件のことを、まだ根に持っているのか。大岡裁きだけでは許せなかったのか甘井さんは。
そう思ったが、先日のナンパのことを思い出した。
嫌いな相手にあそこまでしてくれるだろうか? むしろ、実は僕に気があるから、あそこまでしてくれたのではないか。彼女に想われるフシに心当たりがないこともなかった。
「ちなみに……ワンチャン、本当に告白ってことはないの?」
「あるわけないだろ」
「だな、絶対にない」
「おまえら本当に親友か?」
親友たちが僅かな希望を、ばっさりと切り捨ててきた。
僕らの友情はここまでかもしれない。そう思ったらハルが口を開いた。
「冷静に考えてもみろ。甘井は結果的に注目されることはあっても、人の注目を浴びて喜ぶタイプじゃないだろ」
「告白するならこんな大舞台じゃなくて、校舎裏でひっそりとやるタイプだ」
「自分の想いを伝える。そんな大事な人生のイベントを、わざわざ見世物にするか?」
「まるで甘井らしくない。間違いなくこれは告白じゃない、公開処刑だ」
「たしかにそれもそうだな」
甘井さんのような人が、僕のことを好きになるわけがない。というアプローチではなく、ふたりの分析は現実的なものだった。これには僕も溜飲を下げて納得せざるを得なかった。
アキは腕組みしていた右手を上げると、そのまま人差し指を立てた。
「当日の流れはこうだ。まずは女性部門で一位となった甘井が、男性部門の審査員をやる。そこで参加している俺たちふたりが、甘井に告白するんだが……どちらも選べませんと言って、ルカを名指しにして舞台へ上げる。そこで告白するというわけだ」
「俺たちが出場したら、間違いなくルカは見に来てくれるからな。そこを狙った作戦らしい」
「おい、裏切り者! しれっと向こう側につきやがったな!」
まさかの裏切りに僕は声を張り上げた。
やはりこいつらとの友情はここまでかもしれない。
そう心に決めると、ハルがどーどーと馬を鎮めるように、両手のひらを見せてきた。
「待て待て。俺たちがルカを裏切ると本気で思ってるのか?」
「ルカを裏切るくらいなら、腹を切ったほうが百倍マシだ」
「話を聞こうか」
とりあえず今後の友情をどうするか、保留した。
アキは中指で眼鏡をクイッとした。
「いいか、ルカ。こういう場合、なにが一番怖いと思う?」
「なにが一番って……えっと」
「相手がなにをしようとしているのかわからない。それが一番怖い」
悩む僕に、ハルが引き継いで答えた。
「つまり俺たちが虎穴に入ることで、内情を把握することができる」
「俺たちが協力しなかったところで、流れはもう変えられない。だが、抗うことはできる」
「いいのか、ルカ。このままやられっぱなしになっても」
ポン、とハルが僕の肩に手を置いた。
ようやく流れがわかった。やはり僕たちは親友で間違いなかった。
なにせ文化祭のミスコンは、男は女装を、女は男装するイベントだ。ふたりは女装してまで僕のために尽くしてくれるというのだ。
やはり持つべきものはかけがえのない親友である。
「ああ、このままになんかできやしない」
親友たちがここまでしてくれると言うのなら、僕も立ち上がるしかない。
僕らは円陣を組んで、気合を入れた。
「今度の文化祭、甘井さんを迎え撃つぞ!」
「「おー!!」」
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