第17話
「ちょちょちょっと待って! 落ち着いて! シャツが邪魔なのはわかるけど、こんなところで裸になったらダメだよ!」
「は、裸じゃないですっ! それくらい優香もわかってます!」
「えっ?」
「じつは……この下に、水着、着てるんです」
優香は恥ずかしそうに、やたらと丈の長いTシャツを、お腹の上までめくった。
真っ白な水着のパンツと、可愛いおへそが……腰より下は水中なので、ゆらゆらと霞んで見える訳だが、それでも刺激的すぎて、僕は天を仰いだ。
「そ、そうだよね、冷静に考えたら、Tシャツの下全裸とかって変態だもんね」
「恥ずかしくて、砂浜では無理だったんですけど、今なら近くに他の人いないので……」
僕と優香はけっこう激しく泳ぎまわっていたためか、他の人たちと距離が開いていた。村上さんと佐藤くんの姿も近くにはない。離岸流にさらわれたのだろうか。いや今それはどうでもいい。問題は優香の水着である。パンツとへそが見えてしまった以上、優香の水着は学校用のようなワンピースではなく、ビキニと想定される。公的に認められているデザインの水着とはいえ、そんなものは布面積でいえば下着と変わりないわけで、まともに見たら僕が正気でいられるかどうか。そこが一番の問題である。
「シャツ、持っててもらえますか?」
「……恥ずかしくないの?」
「航さんは……優香の水着、見たくないですか……?」
「見たいに決まってるじゃん」
いかん。理性が完全に敗北している。思考の時間がほぼゼロで即答してしまった。
「じゃあ……脱ぎます」
優香は意を決して、Tシャツをまくり上げて、脱いだ。
ぷるん。
その時、優香の大きな、二つの太陽のようなものがゆっさっ、と揺れた。
胸が揺れる。こんなことが現実に起こるものだとは。二次元の世界の話だと思っていた。
太陽、とたとえているのは、眩しすぎて僕が直視できないからだ。白いビキニであることは認知できたが、正直それ以上は、そもそもジロジロと見続けるのは失礼だろうという気持ちもあって、僕にとっては真夏の太陽よりも眩しい存在だった。
「似合って、ますか?」
「う、うん、はい」
「よかったです」
似合ってるどころじゃないよそんなの。童貞陰キャラの僕には刺激が強すぎて。
僕は、手渡された優香のびしょびしょのTシャツを手に持ち、どうにかしてこの場を乗り越える方法を考えていた。
「さ、さあ、身軽になったし、クロールの練習してみよっか!」
「はいっ」
とりあえず、泳いでいればじっと胸ばかり見ることもないので、ひたすらクロールの練習をしてもらうことにした。
Tシャツを脱いだ優香は身軽になって、ゆっくりではあったが、クロールの動きを難なくこなしていた。これも勉強と同じで、ろくに習う機会がなかったからできなかった、というだけだと思う。海や学校以外でのプールに来るのは初めてだということは、ここへ来る前に聞いていた。
泳ぎ終わり、優香が立つ時はなるべく離れて、間近で直視しないように気をつけた。
何なんだろうこれ。これが男女の海水浴における正しい所作なのか。眩しすぎて優香の姿を直視できないとは。村上さんの水着姿も刺激的だったけど十秒くらいで慣れた。やはり、優香の姿は僕にとって特別だと、改めて思う。今の僕、腰より低い水位の場所には行けないからね。あと前かがみでないと歩けない。理由は察してくれ。
優香がクロールで何往復かした時、事件は起きた。
「はう!」
立った瞬間、優香が胸を押さえた。ビキニのひもが外れてしまったらしい。
水着を着ていてもかなり大きいのに、締め付けるものがなくなったためか、大きな二つの太陽がどたぷん、と解放され、また大きくなる。
「ちょっ、大丈夫?」
「たすけてください~」
助けろと言われてもどうすればいいのかわからぬ。しかし優香をあのままで放置していいわけがないので、僕は近くまで行った。
「後ろのホックが外れちゃいました……ここです」
「あ、うん、これだね」
優香の背中側にあるホックを、ぎゅっと引っ張って、直した。これ、こんな風になってるのか。勉強になるわ。
「そもそも激しい泳ぎするような水着じゃないでしょ、これ。また外れちゃったら困るし、クロールは一回やめとこうか」
「そ、そうですね、泳ぎながら外れそうだったので、ちょっと怖かったです」
優香はまたTシャツを着直した。ちょうどその時、村上さんと佐藤くんが遠泳から戻ってきた。
「おーい! もう疲れたから帰ろ……あれ、優香ちゃんなんか顔赤いよ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫、なんでもないよ、優香もそろそろ帰りたい」
女子二人で話しながら、砂浜へ向かってゆく。僕は遅れてきた佐藤くんと歩調を合わせた。
「先輩……俺の見間違いかもしれないですけど、さっき優香ちゃんシャツ脱いでませんでした?」
「……見たの?」
「遠くからだったので、シャツがないことしかわかんなかったんすけど。真里がもう帰ろうって先輩たちの方に向かおうとしたから、必死で止めてたんすよ。雰囲気壊したくないと思って」
「よくわかってるね……」
佐藤くん、本当に優秀な後輩だなあ……。
* * *
その後、海水浴で疲れ切った僕たちは、帰りの電車で四人全員爆睡。体感時間数分で最寄り駅まで帰った。
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