第16話
僕は浮き輪の優香と、ぱちゃぱちゃと水遊びを楽しんでいた。
なにせ炎天下なので、陸より海水の中の方が涼しい。優香もそれは同じらしく、濡れネズミみたいに全身水につかり、上着のぶかぶかシャツが体にぴたっと密着してあの大きな胸のラインが……というのは男として当然気になったが、それより久々に泳ぐのが楽しくて、じろじろ見たりせずに遊んでいた。
しばらくしたら、遠泳に出ていた村上さんと佐藤くんが戻ってきた。
二人とも、遊んだ後とは思えない、げっそりとした表情で、ふらふらと僕たちの方へ歩いてきた。河童かなにか、妖怪が陸に上がってきたように見えた。
「し、死ぬかと思った」
近づくなり、村上さんは優香に抱きついた。
「ま、真里ちゃん? 大丈夫?」
「なんか……遠くまで泳いでたらどんどん沖に流されて……やばいと思って全力で戻ってきた」
おいおい、離岸流に巻き込まれてるじゃないか。波打ち際は砂浜へ向かう流れだから問題ないけど、少し砂浜から離れると離れる方向へ流れていることもある。これで流されると割とマジでやばい。最悪海上保安庁のお世話になるので、気をつけた方がいい。最近の海水浴場はここから先は行ってはいけないという意味の旗とか立っているので、よく確認しようね。
佐藤くんは足のつくところまで来て、両手を膝にあて、肩で息をしていた。話す余裕すらない、という感じだった。
「だ、大丈夫?」
「なんとか……あんなに流れがあるとは思わなかったっす。真里が無事でよかったっす」
離岸流のこと、泳ぎだす前に教えてあげた方がよかったかな。今更もう遅いけど。
「ちょっと休憩しようよ。わたし海の家でかき氷食べたい」
「うん、休憩しよ」
村上さんの発案で、僕たちは一度海から上がり、海の家でそれぞれ好きな味のかき氷を買って、ベンチに座り一緒に食べた。当然ながら僕と優香、佐藤くんと村上さんのペアで。
「いやほんと死ぬかと思った。なんで優香ちゃん助けてくれなかったの?」
「ゆ、優香は泳げないから、あんな遠くに行ったら死んじゃうよ」
「先輩も、呼んだのに来てくれなかったですよね」
「え、呼んでたの? 全然気づかなかった」
「優香ちゃんの胸ばっかり見て、こっちは全然見てなかったんですね」
「え、そんなことは」
なくはないのだが。遠くへ行った二人のことは、途中から忘れていた。もちろん優香の胸を見ていたから……ではなく、優香が溺れないよう気にしていたからだ。
「いや、クロールしながら叫んだって先輩まで聞こえないだろ」
佐藤くんがフォローを入れてくれた。そりゃ聞こえないわ。
「あー、でもね、足がつくところまでずっと、佐藤くんが前を泳いでくれたから! わたしは楽だったよ。佐藤くんはめっちゃきつかったと思うけど。ね?」
「佐藤くんいいやつだなあ。村上さんにはもったいないよ」
「えーなんですかそれ! ねえ、わたしじゃ不満なの?」
村上さんが佐藤くんに視線を送ると、少し笑って、小さくタッチ。この二人、僕らと付き合ってる期間変わらないのに、すごく仲いいよね。これがリア充というか、体育会系のノリなのだろうか。
「ねえ、そっちのちょうだいよ。いちご味食べたい。あーん」
「え、ああ、うん」
佐藤くんが自分のかき氷をすくって、村上さんに食べさせた。いかにもデート中の二人、という一コマ。
その時、隣から視線を感じて、僕は優香を見た。
これは。『優香もあーんしたいです』と目で語っている。
隣でバカップルが堂々とやった後だし、開放的な砂浜の上ということで、今なら僕にでもできそうな気がする。しかし、
「優香ちゃん、僕と同じメロン味なんだよね……」
そう、仲良く同じ味を、というかかき氷を食べたことがないという優香が僕に合わせたので、二人は同じメロン味なのだ。
あーん、して交換するメリットが何もない。
「あう……」
優香がしゅん、と頭を垂れた。
いやいや。こんなに期待させてこれは駄目だろ、流石に。
恥ずかしいけど、僕は自分のかき氷をすくって、優香の口元へ。
「はい、あーん」
「はう!? あ、あ、あむっ」
驚きながらも、ぱくり、と優香が食いついた。
「……かき氷って、本当に氷とシロップだけなんですね」
「う、うん、それはそうだと思うけど」
普段から手のこんだ料理をする優香には、あまりにもシンプルだったらしい。これはこれで雰囲気があっていいんだけどさ。
* * *
まだ時間があったので、僕たちはかき氷を食べ終えて、また海に出た。
村上さんと佐藤くんは、沖にある旗を超えない、というルールでまた遠くへ。
僕は優香と、また波打ち際で遊ぶわけだが、だいぶ慣れてきたので優香の浮き輪を砂浜に置いてきた。浮き輪なしで泳ぐのにチャレンジしたい、と優香が言ったのだ。
「とりあえずバタ足からやってみようか」
「はいっ」
僕が手を引っ張って、優香がバタ足で進む。ゆっくりだが、タイミングよく両足が動いていて、なにか助言をするほどでもなかった。案外、運動センスがいいのかもしれない。
「じゃあさ、クロールやってみようか。簡単だよ、息継ぎの時は耳を腕につけて、こうやって横にね」
僕が実演してみせてから、優香がチャレンジする。
一回は息継ぎに成功したものの、二回目になると体が沈んでいて、その場に立ってしまった。
「うーん。バタ足はうまいんだけどなあ。腕がなんか、回しにくそうだね?」
「あの……シャツが邪魔で、うまく腕が回せないです」
「ああ、そっか。服着てると水着の時よりずっと泳ぎにくいからなあ。諦めるか」
「えっと……」
優香が、シャツのお腹のあたりを握って、上目遣いでぼくに近づいてきた。
「シャツ、脱ぐので、持っててもらっていいですか」
「え」
シャツを、脱ぐ?
脱いだら?
全、裸?
「ええええええ!?」
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