第15話
海水浴場に到着。
ものすごく眩しい太陽のいい天気。平日のためか、そこまで混んでいなかった。
僕たちは男女で別れ、海水浴場の更衣室で着替えた。
佐藤くんは強豪のバドミントン部で鍛えられているためか、全く無駄のない、筋肉で引き締まった体をしていた。僕はずっと痩せ型で貧相なので、並んで立つと少し恥ずかしくなる。いや、男子の肉体描写なんかしても仕方ないよね。気にしないでいこう。
少し送れて、村上さんが女子の更衣室から出てきた。
「いえーい」
白い、フリフリとした布のついたビキニだった。
この瞬間まで、僕は当然村上さんも水着姿になるということを忘れていた。それは当たり前なのだが、優香の水着姿ばかり妄想していて、村上さんのことは考えていなかった。
村上さんは元バドミントン部で、体は引き締まっている。胸は、優香ほどではないにしても、主張するくらいの大きさはある。フリフリの布で胸やお尻の形はわからないようになっているが、しかし普段何気なく話す後輩が水着姿になるというのは、刺激が強かった。
「おー、すげー! 似合ってるじゃん!」
何の臆面もなく、佐藤くんが村上さんの水着を褒めていた。
「えへへー! お腹出すの恥ずかしいな! 中学の頃より太ったもん」
「全然わかんないよ。あれ、優香ちゃんは?」
「あ、優香ちゃん恥ずかしくて出てこれないかな、ちょっと待っててね」
村上さんが女子更衣室に戻っていく。
僕も、佐藤くんみたいに、まずは優香の水着を褒めてあげないと。村上さんみたいに堂々と出てこれるような子ではない。相当な勇気がいるはずだ。彼氏である僕が褒めなければ、一生トラウマになりかねない。
「おまたせー!」
村上さんに手を引っ張られて、優香が出てきた――
あれ?
水着姿の優香は、僕が想像していたよりもずっと、肌色の面積が少なかった。
明らかに大きすぎる白いTシャツを着て、太もものあたりまで隠れていたのだ。
「あ、あれ?」
「水着かと思った? ざんねん、優香ちゃんは今日これで行きまーす」
僕の心中を読んだのか、村上さんがそう言った。
「ご、ごめんなさい……」
申し訳なさそうな表情で僕をうかがう優香。いつもより足が多めに出ている程度だが、これでも恥ずかしそうだった。
「えっとねー、優香ちゃんに色々水着試してもらったんだけど、どれも刺激的すぎてそのへんの男子とか佐藤くんとか奥野先輩とかが見たら、熱中症で倒れたりしたらいけないから、妥協策でこれにしました」
「な、なるほど……」
それは僕の恐れていたことでもあったので、一応納得した。海水浴場では、僕たちだけでなく他の人にも水着姿を見られてしまうから、優香がナンパなどに遭遇して困るのは避けたかった……っていや待て、佐藤くんはともかく僕は別にいいだろ見ても。
「いいじゃん別に。何してあそぶ?」
佐藤くんは気にしない様子を見せる。と言いつつ視線は優香の胸元をちらちら見ている。Tシャツを着ていても二つの山がかなり膨張していて、かえって魅力的まである。
それとは別に、僕には気がかりなことがあった。
優香は、片手に浮き輪を持っていたのだ。
「優香ちゃん、それは……」
「えっと……優香、泳ぐの苦手なので、麻里ちゃんに借りました」
「わたしがちっちゃい頃に使ってたやつ!」
「むむ……」
確かに優香は今でも小さいので、子供用の浮き輪がジャストサイズだが、不服そうな顔をする。優香は子供っぽい、と思われるのを嫌がる傾向があるんだよな。
「航さんは、泳げますか?」
「うん、そんな速くはないけど。クロールもバタフライもできるよ、一応」
「すごいです……優香、犬かきしかできないです」
「それできるの逆にすごいな……まあ、足がつかないようなところまで行かなきゃいいだけだからさ? ゆっくり遊ぼうね」
「は、はいっ」
優香が溺れたら大変だ。僕は急に心配スイッチが入って、気を引き締めた。
「うっひょー! 泳ごうぜーっ!」
「おいおい、待てよ!」
二人で会話していると、村上さんが波打ち際まで走り、飛び込んでバタフライを始めた。けっこう速くて、焦った佐藤くんはクロールで追いかけている。海水浴場で競泳用プールみたいな泳ぎ方するんじゃない。
僕と優香は、波打ち際にぽつんと取り残された。
「えっと……どうしましょう」
「とりあえず海へ入ってみようよ。うまくいけば、浮き輪で波にのれるかもよ」
「は、はいっ、やってみます」
優香は浮き輪を装着して、おそるおそる海に近づく。
こういう時、女の子どうしなら海水をかけあって遊ぶのだろうが、優香にそんなことをするのは鬼畜の所業のように思えるので、一歩ずつ進んで遊び方を探るしかなかった。
「ま、待ってくださいっ」
波に足をとられて、優香はなかなか進めず、僕の手を握った。浮き輪のぶんだけ体が離れるので、大した密着度ではないのだが、急に手を握られてドキッとする。同時に、この海で優香の体を任されている、という責任感が重くのしかかる。
僕の腰くらいまでの深さがあるところまで進むと、優香が浮き輪でふわっ、と浮いた。
「わっ」
「大丈夫?」
「足、ついてないです~」
ちょっと驚いて、足をバタバタさせる優香。そのせいで砂浜から遠ざかる方向へ、徐々に進んでいる。
「おっと、待って待って」
僕は手を引っ張って、優香を止める。
「あんまり遠くへ行くと、沖の方向へ流されるからね。ゆっくり行こう?」
「は、はいっ……あの二人は大丈夫なんでしょうか?」
沖の方を見ると、村上さんと佐藤くんのものだと思われる水しぶきが、豆粒のような大きさに見えるほど遠くへ向かっていた。
「麻里ちゃん、優香と航さんを二人にするために、最初は佐藤くんと一緒に離れてくれるって言ってたんですけど、あそこまで遠いと不安です」
「大丈夫なんじゃない? あの二人体力お化けっぽいし。姿が全然見えなくなったら海上保安庁に連絡しとけばいいよ」
「ええ……」
二人ともガチで泳いでいるらしく、相当なスピードで波飛沫が立っている。とても僕たちに気を使っているとは思えないので、無視して優香と遊ぶことに徹しよう。
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