第14話
期末テストまでの日々はあっという間に過ぎていった。
部活禁止期間になり、部室には(無視してる上尾さん以外)入れなくなり。
優香はすでに一人で勉強できるし、テストに向けた詰め込み型の勉強では僕と一緒にいても時間の無駄ということで、しばらく会わなくなった。
当然、手をつないで帰る、ということもできなくなった。つい最近まで当たり前だったのに、帰り道、優香とつながっていない手は、もう夏なのに冷たく感じた。
僕はというと、期末テストのことよりも、その後優香と海に行くという一大イベントの方が気になって、勉強が全然手につかなかった。
仲良くなったからか、優香は僕の家へ来る時、Tシャツだけというシンプルな服装の時もあった。それでも半袖というだけで、水着になったらこれまでの付き合いで最も肌色が多い格好になる。想像するだけで色々と破裂しそうだった。
八割がた海へ行くことを考えながら、期末テストはあっという間に終わった。
テスト明けの日、優香はさっそく返却された答案を持参して、部室に現れた。
すべての科目で、八割を超えている。
「普通に優等生じゃん、優香ちゃん」
「先輩のおかげです~」
今回も赤点の悪夢を回避できたからか、優香はほっとした表情だった。
「わたしもなんとか赤点回避したよ! 補講になったら海、行けなくなるもんね」
「村上さんは何点くらいだったの?」
「平均四十点くらい?」
「いや、それギリギリじゃん」
赤点は35点以下。たぶん、学校では下から数えた方が早いレベル。もはや優香の方が二倍の差をつけている。そのうち村上さんのために勉強会を開く羽目にならないといいが。
「もう、テスト終わった後にそんなことはどうでもいいんですよ! わたし、今日は優香ちゃんと水着見に行くので帰りますね」
「え」
「奥野先輩はついてきちゃだめですよ! 当日のお楽しみです」
村上さんは優香と手をつなぎ、二人で部室から出て行ってしまった。
* * *
そしてあっと言う間に時が経ち、海へ行く日になった。
幸いにも電車で三十分くらいの場所に海水浴場があり、とある夏休みの平日の朝、僕と優香は二人で家を出て、駅で村上さんとその彼氏の佐藤くんと合流。平日なのは、佐藤くんの部活がコーチの都合で休みになるわずかな隙間の日を狙ったからだ。
「うす」
佐藤くんはまず僕に礼をした。先輩だからだろう。さすが運動部。体育会系。
「おっす」
僕もそれっぽく返事をした。運動部経験のない僕なので、全然様になってないが。
電車内では、優香と村上さんがくっついて座っていたので、自然に僕と佐藤くんが一緒に立って話すことになった。
「俺、奥野先輩のこと尊敬してます」
「えっなんで? 僕人から尊敬されることなんて何もしてないよ」
「聞いてますよ。全国模試で全国一位取ったことあって、どこの大学もA判定なんでしょう」
「うーん、まあ、それはそうだけど。誰から聞いたの?」
「有名な話なんでみんな知ってますよ。二年の中野大地先輩が本人に確認して、どうやら事実らしいって」
「大地かあ」
僕と違って大地は人気者だから、後輩にまで話が伝わってもおかしくないか。
「あと、優香ちゃんと付き合ってるのもすごいって思うっす」
優香と村上さんが座っている場所から少し離れているので、二人の会話は聞こえないはずだが、佐藤くんは少し小声になった。
「それも奇跡だって。ちょっと家が近くてさ」
「奇跡でもすごいっすよ。優香ちゃんめっちゃ可愛くて、一年の男子はみんな好きになったって言ってもおかしくないくらいなんですから。あんな可愛い子は、そのうちイケメンの先輩にとられるんだろうなって思ってたら、奥野先輩で。いや、奥野先輩がイケメンじゃないって言う訳じゃないんですけど」
「ああ、イケメンではないだろうからそこは別にいいよ」
「毎日ちゃんと手をつないで帰ってあげてるところもすごいですよ。俺、麻里とは誰にも見られてないところでしか手つなげないっすもん」
「え、そうなの?」
僕、あまり考えずに勢いでつないでたんだけど。あれって実はハードル高い行為だったのか。今更やめる訳にもいかないし、なんか急に恥ずかしくなってきた。
どうやら佐藤くんは僕に心を許してくれてるようなので、思い切って踏み込んだ話をすることに。
「ねえ、佐藤くんってさ」
「はい」
「村上さんとどこまでしたの?」
「ぶっ、いきなりデリカシーないっすね」
「他人の部室でキス未遂までしてる人に言われたくないな」
「ああ、あの件はすみません。俺ら、まだキスもしたことないんで」
「えっ、そうなの?」
意外だった。優香や僕と違って、村上さんは積極的に相手を見つけにいくタイプ。佐藤くんとは、とっくに進展していると思っていた。付き合い始めてから一週間で突破してしまった大地とは大違いだ。
「したいって、俺も麻里も言ってるんですけど。誰にも見られない場所がないんですよね。俺、部活遅いし、お互いの家へ行くのはなんか恥ずかしいし」
「あー、そだねー」
普通の高校生カップルなら、男女で誰にも見られず二人きり、という状況は難しいのだ。僕と優香が二人とも一人暮らしという特殊な環境なので、ついそのことを忘れそうになる。
「先輩は、どうなんすか」
当然、カウンターパンチを食らう。
「僕も手をつなぐか、頭撫でてあげるくらいしかしたことないよ」
「へえ、頭撫でてあげる、かあ。それいいですね。今度麻里にしてみようかな」
「案外よく効くよ」
「どういう意味っすかそれ」
僕と佐藤くんは、電車に乗っている三十分くらいのわずかな時間で打ち解けて、終始笑いながら話を続けた。最近彼女ができた男、という意味では同感できる点が多かったのだ。
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