第13話

 週末。

 例によって、勉強会からの優香手作りランチ。その後しばらく、だらだらとする時間。

 優香は、食器を片付けてソファに戻ってくると、すぐに手をつないできた。学校から家へ帰るまで、毎日つないでいるのだけど。そんなに待ちきれないのか、と思う。


「あの……航さん」

「ん?」


 おっと、手をつなぎながら、上目遣いでもじもじするモードになったぞ。

 心を決めないといけない。優香にお願いされて、断れる男子などいないのだ。


「えっと、手をつなぐのも嬉しいんですけど……もうちょっと、その、別のことしませんか」

「別のことって、どんなこと?」

「どんな、と言われると……うーん……もうちょっと、か、過激なことを」

「ぶっ」


 優香が何を言いたいかはなんとなくわかるのだが、言葉選びのセンスを間違っているらしく、どう考えてもエロいことに聞こえてしまう。


「ああっ、いや、そういう意味じゃなくて」

「わかってるよ、過激って、びっくりしたなあもう。もうちょっと進んだこと、ってことでしょ?」

「そう、それですっ」


 ずっと手をつないでいるだけで進展なしかよ、という気持ちはあったので、優香からこんなことを言われるのは意外だったが、渡りに船、ではある。


「でも、どんなことがいいのかな? 思いつかないや」

「えっと……あの、ハグはどうですか?」

「え」


 ハグ。

 男同士ではまずやらないが、女の子どうしだと、たまにやってるあれだ。

 

「ハグなら、麻里ちゃんともよくしてますし、全然嫌じゃないですっ」

「いや、ちょ、待って」


 村上さんとなら問題ないだろう。女同士なのだから。

 しかし僕と優香がハグしてしまったら、身長差から考えて、僕のお腹のあたりに優香ちゃんのあの大きな胸が当たってしまう。おっぱいがいっぱいになってしまう。そうしたら、僕は下半身にある硬い槍で優香のお腹を突き刺してしまうかもしれない。


「だ、だめ! それはまだ早いって」

「そう、ですか……しゅん」


 優香の肩が、がっくりと落ちる。

 うーん。優香としては抵抗のない行為のようだし、その行為における危険性を説明しようとするとエロい心がむき出しになってしまうし、悩ましい。

 しかし、エロい気持ちのない優香の行動で僕が硬くなってしまったら、優香も意識せざるをえないし、退くも地獄、退かぬも地獄という感じがある。

 このまま優香を落ち込んだままにしてはいけない。

 そう思った僕は、別の行動に出た。


「こういうのは、どうかな?」


 僕は、隣にいる優香の髪をやさしく撫でてあげた。

 優香の髪はいつ見てもつやさらで、全く乱れることなくロングストレートを保っている。

 そんな優香の頭を、きれいな丸い稜線に沿って、触れるか触れないかの優しい感触で、ゆっくりと撫でた。


「むっ……」


 優香は、最初は何が起こったのかわからず、固まっていた。


「嫌だった?」


 僕が手を止めると、しばらく何かを考えて。

 優香は、その小さな頭をこてん、と僕の肩にぶつけてきた。


「もっと」

「え」

「もっと、してください」


 どうやら、気に入ってくれたらしい。

 僕はつづけて、また優香の髪を撫でた。

 上から下へ。優しく。ていねいに。


「ふにゅ……」

「これでいいかな?」

「はい……すごく、きもちいい、です」


 その言葉で、僕は一瞬ヘンな気持ちになって手を止めたが、それを悟られないよう、すぐに手を動かしはじめた。

 百回くらいは、撫でたのではないだろうか。

 それで、やっと優香が起きて、この日は帰っていった。


「また、してください……」


 最後にそんな言葉で別れた。

 僕の手には、優香のシャンプーの香り……いや優香そのものの香りなのかもしれないが、甘くて溶けそうないい香りが残っていて、優香がいないところでその香りを感じると、今すぐにでも会いたい、という気持ちになって。

 その日は、一日中落ち着かなかった。


* * *


 期末テストが近づいてきた、ある日の放課後。

 このごろ現れなかった村上さんが、デジタルイラスト研究会にひょこり、と戻ってきた。例の彼氏はおらず、一人で。

 急になんで? と思ったが、優香に教えている期末テストの大事なポイントを盗み聞きしに来ただけだった。帰れ、と思った。


「はあ~期末テストだるい~。優香ちゃんはもう余裕でしょ」

「そ、そんなことないよ。お勉強しないと、赤点とっちゃう」


 いつも見ている僕が思うに、優香が赤点をとる可能性はほとんどない。毎日の復習が習慣化していて、物覚えもいいので、僕がいなくても大丈夫なほどだ。


「ねえ優香ちゃん、夏休みになったら海行こうよ」

「えっ? 海で何するの?」

「海水浴だよ! ほら、電車で行けるところあったじゃん」

「ええ、優香海水浴したことないし、水着も持ってないよ」

「一緒に買いにいこーよ!」


 夏休み。水着ではしゃぐ女子。

 そんなものはアニメの世界にしか存在しないと思っていたので、僕は戸惑った。


「……水着、恥ずかしいよ」

「せっかくだからさ、奥野先輩にも一緒に行ってもらおうよ」

「えっ……航さん、優香の水着姿、みたいですか?」


 優香が僕を見る。

 そんなもの見たいに決まってるだろ。しかし胸を張って見たい! とは言えない自分が情けない。

 

「先輩、今想像してたでしょ、優香ちゃんの水着姿」

「んんん、してないしてない」

「想像しなくても一緒に行けば見れますよ」

「いや……一つ問題が」

「なんですか?」

「優香ちゃんが水着なんか着たら、怪しい男がいっぱい寄ってこないかって」

「それはわたしも考えました。だから、奥野先輩に加えて私の彼氏の蓮くんも一緒に行きます! 男子二人いればなんとかなるでしょ」


 村上さんの彼氏の佐藤蓮という男子はすごくしっかりした奴だったので、頼りにはなるだろう。自分の彼女を他の男に守ってもらう、というのは情けない気もするが。


「というわけで決定ね! 海でダブルデート! あっ上尾先輩も行きます?」

「は?」

「ご、ごめんなさい……」


 奥で絵を描いている上尾さんは、とても短い言葉で鋭く威嚇して、村上さんが縮こまった。

 こうして、半ば無理やり、夏休みの海水浴ダブルデートが決まった。

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