第12話

 とある昼休み。

 僕が一人でいたら、大地に話しかけられた。


「ひどい顔してるぞ、お前」

「えっ、そう?」


 ゲームで徹夜しても学校へ通えるだけの体力は残せる僕なので、自分の顔色が悪いなんて、思っていなかった。


「何考えてたんだよ。優香ちゃんのことか?」

「ああ……」


 体力的な問題ではなく、優香に関する悩みの方だったか。

 確かに最近、優香が近くにいない時ほど、優香のことを考えているような気がする。そこそこ付き合いがあり、誰よりも気遣いができる大地にはバレバレだった。

 僕たちは人目につかない場所へ移って、会話を続けた。


「大地はさ、付き合いはじめて何日後に熊野さんのおっぱい触ったの?」

「触ってる前提かよ」

「触ってないの?」

「触ったに決まってるだろ」


 まあ、僕と違ってリア充属性の方なので。特に驚くことではない。


「奥野、もしかしてお前」


 いつの間にか、大地の目に怒りの火が灯っていた。

 そうだ。最近忘れていたが大地は巨乳好きなのだ。僕が優香の胸を触っていたとしたら、恨まれてもおかしくない。いや熊野さんという彼女がいるのに怒るのはおかしいわ。


「いや僕はまだだよ。ただ、触ってもいいとは言われてさ。でもそういうのって普通、もう少し時間経ってからするものだよね? 僕たち、まだ手をつなぐくらいしか、それらしいことしてないし」

「ああ……なんとなくだが、それは俺にも心当たりがあるな」

「えっ、どういうこと?」

「美晴の事だから、秘密にしてくれるか?」

「もちろん」

「俺は中学で美晴と付き合いはじめて、ほんの三日後に抱かれたいと言われた」

「ええ……」

「美晴の尻が軽いというわけでは決してない。実際、俺と付き合うまでそういう経験はなかった」

「うん、あの人そういうところ硬そうだもんね。僕もそういう風には思ってないよ」

「ああ。だから俺は、そう言われて喜んだというより、何か裏があるんじゃないか、と思ったんだ。いくらなんでも、付き合ってから数日で体を許されるとは思わなかったからな」

「それ、僕もわかる。触っていいって言われても、全然そうする気にならなかったもん」

「みんな、彼女作りたいとかヤりたいとか言っておいて、本当に好きな人が相手だと、大事にしたくなって、迂闊に触れたりなどできなくなるものだ。俺もそうだった。俺も男だしヤりたいのは事実だが、それで美晴を傷つけるのは絶対に嫌だった」

「すごくわかる……それで、熊野さんの真意は何だったの?」

「その後話し合った結果だが、付き合い始めた時点でも俺にアプローチしてくる女は大量にいたから、美晴はそいつらと一線を画すために、体を許した、という既成事実を作っておきたいようだった」

「なるほど……大地、モテるもんね。女の子も大変だね、男子の取り合いだなんて。で、結局その後何日くらい待ってから熊野さんのおっぱい触ったの?」

「一週間くらいかな」

「クズ」

「まあいいだろ。実施お互いが嫌じゃなければいくらでもしていいんだ。お前も、優香ちゃんに、いつか別の女子に取られると思われてるんじゃないか?」

「えっ、僕が? ないよそんなの、優香ちゃん以外に僕と付き合ってくれる女子なんかいないし、何を焦るっていうの?」

「お前はそう思っていても、優香ちゃんはそういう心配をするかもしれない。あるいは、お前がチキってなかなか手を出さないから、痺れを切らしているのかもな」

「う、それはあるかも」


 僕は優香のことが好き。告白して、付き合うことになった。

 しかし、それ以降、関係を深めるにあたって決め手を欠いている。それは事実だった。


「お前の悩みは、別にそれだけではないだろうがな」


 やはり、大地は勘がいい。良すぎるくらいだ。

 熊野さんとの関係を聞いたのは、あえて話題をはぐらかすためのスケープ・ゴートのつもりだった。僕と優香との関係においては、もっと重大な問題があった。

 大地は、僕がこんな下世話なネタだけで悩むやつじゃないと、わかっている。


「えっとね……」


 僕はここ最近、優香に絵やゲームを教えて、どれも上手くできたのに全くハマらなかったことを説明した。

 優香はピアノをやめて以降、どこか寂しげというか、満ち足りない感じがする。だからその穴を埋めるために、何かを探しているけど、見つからない、というところまで。


「そうか。単純に気に入らなかっただけじゃないのか」

「そうかもしれないけど。でも絵もゲームも素人のレベルじゃなかったし、上手くできる遊びは何度も繰り返したくなるものだよね? でも優香ちゃん、一度やったきりでその後はばっさりとやめちゃうんだよ」

「他に、何かやっている事があるんじゃないか。お前が知らないだけで」

「うーん、勉強はかなり力を入れてるし、僕に作ってくれる手料理も時間をかけてるけど。両方とも本命じゃないと思う。人生をかけてやっているという雰囲気じゃないから」

「一番近くにいるお前がそう言うのなら、そうなんだろうな。俺にはわからん」

「だよね。ごめん、変なこと話して」

「気にするな。悩みというのは、解決しなくても誰かに相談するだけで半分くらい軽くなるものだ。俺でよければいつでも使ってくれ。俺も、美晴とのことで悩みがあったらお前に相談するかもしれない」

「僕は全然いいけど、なんか悩んでるの?」

「……いや、特に」

「怪しいなあ」


 昼休み終了前の予鈴が鳴り、僕たちは教室へ向け、歩きはじめた。


「お前が優香ちゃんの彼氏になってよかったよ」

「えっなんで?」

「お前はちゃんと、優香ちゃんが本当に幸せになれる方法を考えているじゃないか。あの大きなおっぱいだけが目当ての、嫌な男に捕まらなくてよかった」

「うん、大地に捕まらなくてよかった」

「ひでえな」


 別れた後、僕は大地に言われたことを反芻しながらその日の午後を過ごしていた。

 優香ちゃんが本当に幸せになれる方法。

 僕が求めているのはそれだった。

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