第4話
「そんな……まさか……航くんが、一人暮らし始めた途端に女の子連れ込むなんて……」
二ヶ月ぶりに顔を合わせた我が妹・奥野瑠璃は、青ざめた顔で震えていた。
僕が、優香を家へ入れていることに驚いて――
いや、違うな。
ずぶ濡れで体が冷えてるんだ、これ。
「ちょっとまって、瑠璃ちゃん傘持ってなかったの?」
「雨降ると思わなかったもん」
「風邪ひいちゃうよ! お風呂沸かしてあるから、入って!」
「先に説明して――」
「ほら! はーやーく!」
僕は、瑠璃を無理やり押して、脱衣場に突っ込んでドアを閉めた。瑠璃は抗議していたが、普通に寒かったらしく、しばらくすると服を脱ぐ音が聞こえた。
すぐにリビングへ戻り、優香のもとへ向かった。
「優香ちゃん、今のうちに逃げて」
「えっ、でも、今のは先輩の妹さんなのですよね?」
「うん。今日来るとか、全然聞いてなかったけど」
「だったら、優香、ちゃんと挨拶します」
「え?」
「優香、先輩にはとてもお世話になっているので、あらためて自己紹介しないとです」
いきなりクセの強い妹を見て、普通に引いているかと思ったけど、優香はむしろ逆で、ちゃんと瑠璃と話したいようだった。
「いや……うちの妹、あんな感じで結構キツいよ?」
「今逃げたら、ろくに挨拶もしないで先輩の家に上がってる悪い子になっちゃいます」
「……わかった。でも着替えてきた方がいいと思うな?」
「……あっ、はい」
優香はようやくパジャマのままだということに気づいたらしく、急に顔を赤くして、自宅に戻っていった。
瑠璃はたっぷりと長風呂をしやがったので、上がってくるより先にちゃんと服を着た優香が戻ってきた。ちょうどその時、瑠璃が風呂から出てきた。バスタオル巻で。
「瑠璃ちゃん! 服着なよ!」
「航くんが無理やりお風呂入れたから着替えがなかったの!」
うちの妹は昔からこうなので、興奮も何もない。下手にじっと見たらあらぬ疑いを持たれるので、見ないよう気を使うぶん、迷惑なだけだ。
「はー。お腹すいた。なんかないの?」
「あっ、それなら優香が作ります」
「えっ?」
優香がキッチンへぴゅー、と飛び出て、作り置きしてあった煮物を暖めはじめた。
「航くん……この子に料理させてたの……?」
「ははははは」
「怪しいと思ったのよね。航くんが家族会議LINEに送ってくる料理の写真、綺麗すぎだもん。お父さんとお母さんはやってみたら意外にハマったんじゃないか、とか言ってたけど、私は絶対そんな訳ないと思ってた」
「まあ、とりあえず着替えて、優香ちゃんの手料理食べなよ」
瑠璃は部屋着のジャージに着替え、ちょうどその頃料理が出来上がった。
「いただきます……えっ、何これおいしい」
「お口に合ったようで光栄ですっ」
よほど腹が減っていたのか、瑠璃はすぐにご飯と煮物とお味噌汁を全部平らげてしまった。優香ちゃんは嬉しそうだ。手料理をおいしいと言ってもらえて、嬉しくないことはないか。
「ごちそうさま! さて、航くん、説明して」
「見ての通りだよ」
「全然わかんないわよ! どうしてこんな可愛い小学生が航くんに料理してくれてるの!」
「小学生じゃないです~、優香は先輩の一個下です」
「……えっ? ということは私の先輩? し、失礼しました」
瑠璃は中三だから、高一の優香より年下だ。しかし、優香が小さいとはいえマジで小学生だと思ってたのか。不審に思うわけだ。
「バレちゃったから説明するよ。僕と優香ちゃんは――」
僕は、瑠璃に今までのことを説明した。
隣に住んでいる優香ちゃんが、病気でふらふらしているところを助け、そこから勉強を教えるかわりに料理を作ってもらう関係になったこと。そして、
「――で、最近、付き合うことになった」
ちゃんとそこまで説明した。そう言ったときは、優香も少しだけ恥ずかしそうにしていた。
瑠璃は、頭を抱えていた。
「嘘でしょ……航くん、今までゲームの事しか考えてなかったし、一人暮らしなんかしたら毎日徹夜でゲームして、カップ麺しか食べなくて、栄養失調で倒れて結局東京にいる私とお父さんお母さんに合流すると思ってたのに」
「それは確かにそうかもしれなかったね。優香ちゃんがいなかったら、こんなに健康的な生活を送れてなかったと思う」
「ふーん……あの、秋山先輩、でしたっけ?」
「は、はいっ」
「航くん、秋山先輩に迷惑かけてないですか? 嫌なことされませんでした?」
「とんでもないです! 先輩が勉強を教えてくれなかったら、優香はテストで赤点を取って留年するところでした」
「航くんが、他の誰かのために時間作って勉強教えるなんて……やっぱり、なんか変」
それは僕自身、感じていたことだった。
これまでは、どちらかというと個人プレーで生きてきた高校生活だった。学校では最低限話し相手になる友達だけ作り、あとはゲーム三昧。瑠璃が見ていた僕のイメージはそうだった。
それが優香と出会って激変したのだ。瑠璃が驚くのも、無理はない。
「ねえ、瑠璃ちゃん」
「なによ」
「優香ちゃんのこと、お父さんとお母さんに言う?」
「言うに決まってるでしょそんなの」
「マジかー」
「あ、あの……先輩のお父さんとお母さんは、先輩と優香がお付き合いしていること、反対されるのでしょうか」
優香がびくびくしている。そこが一番心配だろう。妹の瑠璃は歳が近いから、お互い仲良くやればいいだけの話だが、親に反対されるとなると、かなりハードルが上がる。
「それは……わかんないな」
「うん。私もわかんない。そもそも航くんに彼女ができるなんて、家族の誰も想定してなかった」
「全くだ」
正直な感想だった。一人暮らしで女の子を家に連れ込んでいる、というのは間違いなくマイナスイメージな気はするが。うちの両親がどう判断するかは、僕も瑠璃もわからなかった。
「えっと、優香ちゃん、今日はもう遅くなったから、帰った方がいいと思う」
「あ、はい……お邪魔、しました」
優香はぺこり、と頭を下げ、僕の家から出ていった。
瑠璃はつん、としたままだ。僕以外にはこんなに横柄な態度取らない子のはずなんだけど。優香の前では、いじわるな小姑のように不機嫌だった。
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