第18話

 さて、GW明け初日の学校、昼休み。

 案の定、僕は中野大地の声をかけられた。

 理由は言われなくてもわかる。GWの青柳モールで、大地の彼女である熊野美晴に、これ以上優香へ近づかないようにするため、脅すようなマネをしたことだ。

 僕から大地には言っていないが、大地は熊野さんから聞いているだろう。

 大地と熊野さんの関係は、二人にとってとてもナイーブで他人には決して明かさないものだ。そこに介入してしまったのだから、大地は怒るに決まっている。

 昼食後、人気のない廊下の奥に二人で移動して、僕はすぐに頭を下げた。


「すまん」

「ごめん……えっ?」


 激怒されるのかと思っていたのに、大地も、僕と同時に謝っていた。


「どうして大地が謝るの?」

「美晴が、一年の秋山さんに迷惑をかけていた。それでお前が耐えかねて、美晴にあんな事を言ったんだろう。全部美晴から聞いたよ」

「まあ、そうだけどさ」

「一度辞めると決意した人間を、無理に引き戻そうとするのはいい事じゃない。俺からも、美晴にはこれ以上秋山さんに近づかないよう、きつく言っておいたから。もう心配しないでくれ。あいつも反省していると思う」


 僕の予想では、熊野さんが僕のやったことに怒って、大地に言いつけてさらに炎上していると思っていた。ところが大地の行動が聖人じみていて、むしろいい方向に収束したらしい。


「僕、大地は怒ってると思ってたんだけどな。誰にも言わないって約束、破ったから」

「当事者に言っただけなんだから、約束は破られてないだろ。秋山さんに言ったのか?」

「言ってないよ。一体何したんだ、って思われるけど、付き合っている事実はバラしてない」

「それなら別にいいさ。秋山さんは勉強に集中するため部活やめたんだろ。俺だって、今はサッカー続けられてるが、この先成績が上がらなくなったらいつやめてもおかしくない」


 大地は医学部医学科志望なので、求められる勉強量はものすごく多い。今は合格できるレベルにいるらしいが、この先試験内容が難しくなってきたら、ついていけるかという心配はあるだろう。

 

「そっか。ごめん、大地にまで熊野さんのこと説得させて」

「俺はいいよ。ただ、美晴はまだ諦めてないかもしれない」

「どういうこと?」

「美晴が言うには、秋山さんはとても不本意な形でピアノを辞めたに違いない、という事らしい。秋山さんの中学時代のことまで正確に把握している訳ではないが、どうも中三の最後に出たピアノコンクールのあと、突然辞めてしまったらしいんだ。秋山さんのレベルで急に辞めるのはおかしい、何か裏があるんじゃないかって」

「僕も、そんな気はしてる……でもわかってないんだ、本人が言いたくなさそうだから」

「無理に聞き出す必要はないさ。ただ美晴も悪意はなかった。むしろもう一度ピアノを弾く機会を与えることが、秋山さんへの善意になると信じていた。それだけは認めてくれるか」

「うん。きつい言い方だったけど、いじめてるようには見えなかったよ」

「ならよかった。美晴とはかなり激しく言い合いになったからな。あいつも強情で、なかなか引こうとしないから。二時間通話して説得した甲斐があったよ」

「に、二時間も話してたの……そこまでしてくれなくても、よかったのに」

「お前とは仲違いしたくなかったからな」

「そう? 僕なんかより彼女優先じゃないの?」

「最終的に、どちらか選べと言われたらそうなると思うが。俺はお前のことをもっと知りたい。年中ゲームしてて授業中は寝てるのに、全国模試で一桁に入れるのは意味がわからん」

「まあ、それはいいじゃん。僕だって意味わかんないよ。大地のほうが勉強してるし」

「その割に、定期テストでは低い点数なのも意味がわからん。わざとなのか?」

「わざとじゃないよ。定期テストって、決まった出題範囲の中から問題が出るでしょ? 僕、いちいちそういう対策しないから。知らないことは知らないってだけだよ」

「勉強すればいい点取れるのか?」

「取れるだろうけど。ゲームしてる方が楽しいからなあ」

「だから、今回のお前の行動は意外だったんだよ。ゲームのことしか考えてないお前が、俺と喧嘩になるリスクを背負ってまで、秋山さんを守ろうとしたことが」


 言われてみれば、そうだ。僕は熊野さんへ向かっていった時、大地に嫌われるかもしれない。ということは全く考えていなかった。ただ優香が困っているのをなんとかしたかった。大地との関係を考えたのは、全て言い終わった後のことだ。


「正直、僕も予想してなかったんだよね、そこは。あんなにちっちゃくてかわいい女の子が困ってたら、誰でも助けたくなるものじゃない?」

「しかし、敵はあの強情な美晴だぞ。俺だけでなく、合唱部や美晴と仲がいい女子連中から嫌われると思わなかったのか」


 熊野さんと仲がいい女子連中、というのは要するに学校で『上位』の女子たちのことだ。大地と同じく、活発でいわゆるリア充と呼ばれるような人たち。僕とは対極の存在。


「まあ、優香ちゃんが助かれば、僕はそれでもよかったよ」

「それだけお前にとっては秋山さんが大切だという事だろ。もしかして好きなのか? 秋山さんのこと」


 直球で聞かれ、僕は戸惑ってしまう。

 優香とは、勉強を教えるかわりに料理を作ってもらう、という等価交換の関係で、そのような気持ちは持ち込まないようにしていた。


「優香ちゃん、絶対モテるし僕なんかのことそういう目で見てないでしょ」

「困っている時に助けてくれた男にはバフがかかるものだぞ」

「それ、暗に僕がザコだって言ってるね」

「ザコとは思わないが。モテようとしてないだけで、その気になったら彼女くらい作れるだろ、お前も」

「まあ、もてようとしていないのは事実だね」

「お前が秋山さんのこと好きなら、俺は応援するぞ。あの大きな胸が他人のものになるのは苦しいが」

「それ、熊野さんに聞かれたら殺されないの?」

「殺されはしないよ。一週間くらい無視されるだけで」

「社会的に一週間殺されてるじゃん」


 二人で笑い合った時、ちょうどチャイムが鳴り、僕と大地は教室に戻った。

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