第17話
「ど、どうも」
とりあえず、優香が美智留さんの腰にへばりついている事から推測するに、このひとが優香の保護者である叔母さんだというのは間違いなさそうだ。優香は普通、こんな距離感で人と接しない。年上でこの接し方なのだから親族くらいしか思いつかない。
「あはは、ごめんね、ちょっと顔見たかっただけだから」
かなり強い力で優香に引っ張られているらしく、一秒に数センチずつ後ろに下がる美智留さん。
「あ、いえ、よかったらあがってください」
「先輩!?」
「いいの? じゃ、おかまいなく~」
絶望して青ざめる優香。裏切りましたね、という視線を僕に送る。
僕はまず、リビングにある冷蔵庫を開けて、中にある優香が作り置きしていったタッパーの一群を美智留さんに見せた。
「これ、優香ちゃんが作ってくれたんです」
「え~、こんなに! いいな~、優香ちゃん、私にも作ってよ」
「おばさんは自分で作ってください」
「厳しいなあ」
僕がこれを見せたのは、美智留さんに優香と僕との関係をはっきりと説明するためだ。
おそらく、勉強会とその御礼で料理を作ってもらっていることは、すでに優香から聞いているだろう。僕が美智留さんを家に上げてでも説明したかったのは、優香とは勉強と料理という関係だけであり、やましいことは一切ないということだ。
僕も優香も、高校生ながら一人暮らしという少し特殊な身分で、この環境を男女であらぬ事をするために使っていると思われたら、優香の保護者である美智留さんからクレームを受けるのは確実だと思う。そのうえ僕の親にまで連絡されたら、一人暮らしの許可を取り消され、東京まで召喚されかねない。
だから優香の保護者とは、円満な関係を築いておきたかった。
その後、優香と美智留さんをリビングに通した。三人がけのソファで、両端に優香と美智留さんが座った。僕はその間に挟まれる。
「あの、優香ちゃんから聞いてると思いますけど、僕は優香ちゃんに勉強教えて、その代わりに優香ちゃんが料理をしてくれてる、というだけの関係です」
「うん、全部聞いたよ。で、どこまでしたの?」
「はい?」
「ABCのどこまでしたの?」
「あの、言っていることの意味がよくわからないのですが」
「あーっ、もしかして最近の若い子はこの言い方わかんないのか? これ、年代によって意味が微妙に違うんだけどね、私はAがキス、Bがペッティング、Cがセックス」
「お、おばさんっ!」
優香がすごく怒って、僕の膝の上に乗り、歯を出して子犬のように美智留さんを威嚇している。
「あはは。僕と優香ちゃんは全然、そんな関係じゃないですから」
「えー、うそでしょ。この年頃で家に女の子を入れるなんて、それしかないでしょ」
「おばさんの年代がどうだったかは知りませんが、僕と優香ちゃんにそういう関係はないです」
「ほんとかなあ」
「優香ちゃんは可愛い後輩なので。そんな、取って食べるような真似はできません」
「う」
僕の膝の上で、優香ががくん、とうなだれる。
正直に、可愛い後輩、と言ったのに何がショックだったのだろう。
「そっかそっか。じゃあ、優香ちゃんのかわりに私が付き合おうかな」
「えっ?」
「私、独身だし。貯金もけっこうあるし。別に私が奥野くんと付き合ってもよくない? 毎日おいしいもの食べさせてあげるよ」
美智留さんが急に、僕との距離を詰め、太ももどうしが当たるようほど近づいてきた。
優香のおばさん、ということは親と子ほど歳が離れているわけで、普通は恋愛対象にならない相手なのだけど、美智留さんはきれいだし、優香とは違って大人の落ち着いた美しさがあった。おまけに胸は大きかった。そういう家系なのだろうか。
「お、おばさん! 何言ってるの! そんなことしたら援助交際でしょ」
「愛と合意があればいいのよ」
「あはは。ごめんなさい、優香ちゃんの手料理より美味しいもの、他にないと思うので、僕はいいです」
どうせふざけているんだろう、と思ってさらっと言ったのだが、優香も美智留さんも、目を丸くして僕のことを見ていた。
沈黙に耐えかねたのか、美智留さんがぱっ、と笑いだした。
「あはははは! 奥野くんすごくいい子だね! 優香ちゃんも、奥野くんの胃袋をしっかりつかんでて、すごい! すごいよ!」
「そうですか? 正直に感想を言っただけですが」
「それがすごいんだよ。優香ちゃん子供みたいだから、もしかして大人の女性がタイプなのかと思ったんだけど、そうでもないんだね?」
「子供みたいとか言わないでっ!」
優香ちゃんが僕の膝を乗り越え、ぽかぽかと美智留さんを叩きはじめた。
保護者にそんなことしていいのか、僕の親相手だったら殺されるな……とは思うが、これは優香が小さくてかわいいから許されるコミュニケーション方法なので、こんな仲だけど決定的に相性が悪いわけではなく、むしろ美智留さんに可愛がられているのだろう、と僕は思った。
「優香ちゃんも、これ以上先輩に近づくためにはもっと大人の色気を身に着けないとね」
「もう、知らないっ!」
優香は美智留さんの膝の上で丸まり、ぷい、とすねてしまった。これ以上は僕に近づけたくない、という意味らしい。
「あーらら、すねちゃった。ちょっといじめすぎたかな」
アルマジロのように丸まる優香の背中を、美智留さんが優しく撫でながら言った。
その間、急に美智留さんが顔を近づけていた。手を口元に当てている。なにやら耳打ちをされるらしく、僕は応じた。
「ごめんね、優香ちゃんいろいろあって、実の親とは仲が悪いから。私がたまに見に来るけど、それだけじゃ寂しいと思う。奥野くんさえよければ、そばで優香ちゃんのこと、見てあげてて」
「……わかりました」
「別に私は、二人がどういう関係でも気にしないから。優香ちゃんの両親にも、とりあえず言わないでおく。何かあったら私が責任取るから」
「はあ。僕は別に、言ってくれてもいいですけど」
「それが、とてもそんなこと言える関係じゃないんだよね……あ、何かあるって言っても、子供作るのはまだやめてね? 避妊は女の子を思う男の義務だぞ」
「いや、そういう関係ではないですって」
「コンドーム買ってきてあげよっか?」
「お断りします」
最初からずっとふざけていた美智留さんだが、このときは真剣だった……だんだんふざけた会話になったが、それも真面目に言っていたように思う。
「優香ちゃーん、起きてーっ!」
僕から離れ、背中を撫でても全然反応しないので、美智留さんは手を優香のお腹に突っ込んだ。
「きゃぴっ!」
急に飛び起きた優香。そこが弱点なのだろうか?
「さ、帰ろっか」
「もう、おばさんは早く帰ってください」
「今から二人でいちゃいちゃするの?」
「しませんっ! 優香も帰って勉強しますっ」
こうして、嵐のように現れた二人は、嵐のように去っていった。
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