第16話
GW初日に青柳モールへ行った後は、家で過ごす日々が続いた。
優香の希望通り、中間テストで赤点を取らないように、僕の家で勉強会を続けた。
と言っても、優香は努力のおかげで中学の勉強内容はほぼ理解し、自分で勉強ができるようになったので、僕がつきっきりで見てあげる必要はなかった。たまにわからない問題があって、解き方を教えてあげるくらいだ。
優香は中学までピアノに打ち込んでいて、それは合唱部の専属ピアニストに任命されるくらいの凄い腕前だったのだ。その才能のベクトルを勉強に向けたら、一気に成長してもおかしくなかった。中三の夏に部活やめた奴が急成長する現象と同じだった。
それに、ずっと勉強を教えていたら、僕のGWがなくなってしまう。優香もそこは気を使ってくれていて、
「あの、優香は一人でもできるので、先輩は好きなことしていてください」
と言ってくれていた。
お言葉に甘えて、優香はリビングで勉強、僕は自分の部屋でゲーム、という過ごし方をした。
一日中ゲームしてる休日。僕にとっては最高の過ごし方……のはずなのだが、熱心に問題集と向き合う優香から離れ、自分の部屋に入ると、寂しさというか、むなしさのような気持ちを覚えることが多かった。
これは初めての感覚だった。これまでは、誰にも邪魔されずゲームができる環境こそ至高であり、部屋の扉を閉める瞬間は飛び上がるような気持ちだった。それが優香といると、むしろ物足りない気持ちになってしまう。
優香は、気を使って僕の部屋には基本入ってこないし、何かある時は必ずノックして扉が開くのを待ってくれるから、邪魔されるということは絶対にない。なのに僕は、優香のことが時々心配になって、わけもなくリビングに出て、ゆっくりお茶を飲みながら優香の姿を眺めたりしてしまう。
集中しているところを邪魔するのは悪いから、話しかけないのだけど。集中している優香は、その小さくて可愛らしい姿からは想像できない、真剣な表情をしていた。ピアノを弾く時と同じなのだろうか。
そのあと部屋に戻ってゲームを再開しても、また優香のことを考えて。
そうこうしているうちに、夕食の時間になる。
青柳モールのスーパーで食材をかなり買い込んだから、優香は夕食だけでなく、昼食用に作り置きまでしてくれている。僕が朝食は食べないと言ったら、「ダメです、ちゃんと三食たべてください」と怒って、毎日炊飯器にお米をセットするようになった。自炊は親に一人暮らしを認めてもらう条件の一つだったのに、こんな形でやらなくてよくなるとは思わなかったよね。チートというか、バグみたいなものだ。
もちろん優香の料理は例外なく美味しいので、何も不満はない。
そうしてGWの日々が過ぎ、最終日の前日、夕食中に優香がこう言った。
「あの……明日はお勉強、お休みしてもいいですか」
「えっ? いいよ、優香ちゃんよく勉強できてるし。どっか遊びに行くの?」
「いえ、そういう訳ではないんですけど……叔母さんが、うちに来るので」
「あー、前に聞いたよね。東京に行ってるご両親の代わりに、保護者になってもらってる叔母さんのこと?」
「そうです。たまには顔を見せないと、心配されてしまうので」
「そうだよね。じゃあ、明日はおばさんとゆっくりしときなよ」
「はいっ。あの、明日の夜までは優香にLINEしたり電話するの、やめてくださいね」
「ん? そう言うならしないけど、何かあるの?」
「その、おばさんには先輩のこと言ってないので」
「あ、そっか。一応挨拶したほうがいいかな?」
「ダメですっ」
「そうなの? 僕みたいなやつ見せたくないってこと?」
「いえ! 決してそういう訳ではありません! でも、その、心の準備がまだというか……」
「そっか。ならいいよ」
僕と優香は男女なので、僕の家に来ているのは勉強を教えているだけです、その御礼にご飯を作ってもらってすごく満足してます、やましい気持ちはありません……ということはちゃんと説明しておいたほうがいいかと思ったけど、優香が頑なに拒否するので、それ以上は言わないことにした。
こうしてGWの最終日は、優香と一度も顔を合わさず、一人で過ごすことが確定した――
* * *
と思ったのだが。
GW最終日。僕は前日深夜までゲームにのめり込み、昼前に起きた。
優香が残してくれていた作り置きを温めて食べ、さてゲームでもするか、と思った時、玄関の呼び鈴が鳴った。
基本的に、予告のない訪問は居留守を使う。なんかの営業とか宗教勧誘とか、ろくな事がないからだ。もっとも高校生一人だけで対応できるネタではないので、向こうも会って話すだけ無駄だろうけど。
ただこの時の呼び鈴は、マンションの入り口でなく、自宅の玄関のドアが直接鳴らされていた。普通はマンションの入り口にあるカメラ付きの呼び鈴を鳴らし、まず姿を確認できるのだが。入り口は突破されているわけで、同じマンションの人の可能性もあった。
うーん、どうしよう、これは出るべきか。でも誰なんだろう?
そう思って、玄関の近くまで行ったら。
「やめてー!」
優香の声が聞こえた。
「ゆ、優香ちゃん!?」
僕は、その先にいる人が誰なのか全く構わずドアを開けた。優香がどうなっているのか、それだけが気になった。「やめてー」とか大声で叫ぶキャラではないのだ。
扉を開けると、そこにはスーツ姿の大人の女性があった。
ショートヘアで、きりっとした凛々しい顔立ちの女性だった。スリムな体型で、身長は男の僕と同じくらいある。スーツ姿ということにもあり、いかにも仕事ができそうな女性だ、という印象を受けた。
よく見ると、腰のあたりにちいさな腕が巻き付いている。これは優香の手だ。制止しようと必死に後ろから抱きついているらしい。
「こんにちはー……優香ちゃん、こういう子がタイプだったの?」
その大人の女性は、僕の姿を見ると首をかしげて、背後に振り向いた。
突然の来訪者のため、寝癖も整えずに出ていったから、おそらくパッとしないイメージを持たれたのだろう。
「だから、そういうのじゃないって!」
優香は大人の女性から離れて、ぷりぷりと怒った顔を見せている。
「あの……どちらさまですか?」
「あはは、申し遅れました。私、優香ちゃんの伯母で保護者をしてる秋山美智留です」
「えっ」
優香が頑なに隠そうとしていた僕の存在が、もうバレていたようだった。
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