第12話
バスが青柳モールに着くと、村上さんを先頭にして『現場クマ』のコンセプトショップへすたすたと向かった。
ゴールデンウイークまでの期間限定らしく、店の周りは混んでいた。ゆるふわなキャラなので、客はほとんど女の子だった。僕はアウェーな気持ち。
「僕、近くで待ってようかな」
「せっかく来たので、先輩も一緒に見ましょう」
優香にそう言われて、僕はついて行くことに。
「うわ! あの一番大きいぬいぐるみすごい! 先輩買ってください!」
村上さんが、売り場の一番高いところにある特大サイズのぬいぐるみを指さした。値札には数万円と書いてある。高校生がふらっと使う金額ではない。
「買えるわけないだろ。っていうか、あんなでかいぬいぐるみ買ってどうするんだ」
「一緒に寝るに決まってるじゃないですか」
「それは幼稚園までだろ。うちの妹がやってた」
「優香ちゃんは今でもクマさんのぬいぐるみと一緒に寝てるんですよ?」
「ふえ!? 真里ちゃん、それ言っちゃだめ!」
思わぬことを村上さんに暴露され、慌てふためく優香。
「あはは。優香ちゃんっぽいね」
「優香っぽいってどういう意味ですか……優香、幼稚園児じゃないです」
「知ってるよ」
「むー、先輩、今優香のこと子供みたいだと思いましたね……」
「そんな事ないけど」
とても不服そうな優香。体が小さいし、何かと子供っぽい仕草がある子だけど、胸が大きすぎるから到底子供には見えない。しかしそんなことを優香に言う訳にもいかず。っていうか、いじけてるところ、ちょっと可愛いんだよな。だからそれ以上は弁解せず、面白がって優香の姿を見ていた。
三人で順番に売り場を回り、小物売場の近くに来た。買い物するならこのあたりだろう。
僕は、上尾さんに頼まれていた一輪車を押す『現場クマ』のストラップを探して、一つだけ手にとった。ここでそれ以上の買い物をする気はなかった。僕のお小遣いはゲームに全振りで、余計なものを買うつもりはない。
「あの……先輩、このストラップなんですけど」
優香が、安全帯をつけて高所に登る『現場クマ』のストラップを指さして言った。安全帯の色が赤と青で二種類ある。
「うん?」
「ちょうど、二つありますね」
「そうだね、二つある。けど二つも買うの?」
「い、いえ、優香は一つでいいのですけど……」
もじもじしながら、僕の顔色を伺う優香。
どうしたんだろう?
「もしかして、お金ない? 貸そうか?」
「いえ、これくらい買うお金はあります。そうじゃなくて……」
「じゃあ何?」
「……もういいです」
優香はむすっとした顔になり、赤いほうのストラップを手にとって、先行している村上さんの方へすたすたと歩いて行った。
何だったんだろう、あれ。
* * *
『現場クマ』コンセプトショップでの買い物を終えた僕たち。
村上さんの提案で、どっかで座ってお茶でもしよう、ということになった。
そろそろ女子二人の時間がいいかと思ったので、僕は一人離れてゲーセンに行くことを提案しようとした。
「あれ? なんか歌が聞こえる! 行ってみましょう!」
ちょうどその時、ショッピングモールによくある吹き抜けになっている場所から、歌声が聞こえてきた。一人の歌声ではなく、合唱だった。
村上さんについて行って、僕と優香も吹き抜けの上階から、下の階を見た。
下の階ではステージが組まれていて、制服を来た高校生の集団が合唱をしていた。
「あれ西高の合唱部だ! こんなところで演奏してるの、すごいですね!」
制服が、僕たちがいつも着ているものと一緒だったから、すぐに西高のものだとわかった。
女子三十人、男子二十人くらいだろうか。なかなかの大所帯だった。
「そういや、うちの合唱部って名門なんだって。毎年全国大会とか出てるらしいよ」
「そうだったんですね! あっ、わたしの友達いた! りさちゃーん!」
村上さんが興奮して手を振るのだが、合唱部の人たちは集中していて、周囲の雑音には全く惑わされず、指揮をしているツインテールの女子をじっと見ながら歌っていた。
あれ、どっかで見たことある子だな。同じ西高の生徒だから、一人くらい知り合いがいてもおかしくないか。今どきツインテールの女子なんて珍しいから、どっかで会話した記憶があるのだけど。誰だっけ。
「優香ちゃんも、知ってる人いるの?」
ふと優香を見ると、青ざめた表情で合唱部を見ていた。
「あれ、優香ちゃん? どうしたの?」
「あ、あ、あの、ここはいいので、お茶でもしに行きましょう」
「うん、でもせっかくだしこの曲終わってからにしようよ」
ちょうど演奏が終わり、観客たちの大拍手が鳴り響く。
指揮者のツインテールの女の子が、振り返って一礼をする。
そして頭を上げた時、ツインテールの女の子は不意に二階のほうを見て、一瞬僕と目があった。
それから、血相を変えてステージを降り、近くにあったエスカレーターを駆け上ってきた。
何事? と騒ぐ他の観客たちに目もくれず、一心に走っている。
「あれ、どうしたんだろう?」
「あ、あ、あ」
そのツインテールの女の子は、吹き抜けの回廊をぐるっと回って、僕たちのところに向かってきた。
優香はそれを見て、僕の背後に隠れ、肩をすくめて小さくなっていた。
「秋山優香!」
ツインテールの女の子は、仁王立ちして、僕の後ろにいる優香の名前を読んだ。
「合唱部に来ないと思ったら、なんでこんなところにいるのよ!」
「ひっ!」
優香がさらに小さくなる。
僕と目があったのではなく、優香を見つけてここに来たのか。
このツインテールの女の子、ネクタイの色からして二年生なのだが、なぜ優香を知っているのだろうか。
「あんたが来ないと、夏のコンクールの伴奏する人がいなくなって、曲が変わっちゃうんだから! みんなが困るのよ! わかってるの!?」
「……はい。ごめん、なさい」
蚊の鳴くような声で、優香は謝っていた。
「ちょっと、やめなよ」
事情はわからないが、あまりに高圧的で腹が立ってきたので、僕は優香の前でツインテールの女の子に向かった。二年生だから、一年生の優香では対抗できないだろう。
「なによ、あんたには関係ないでしょ」
「あるよ。後輩がこんなに困ってて、放っておけないよ」
「後輩、って。私にとっても後輩なんですけど。あんたに合唱部の何がわかるのよ」
「ってか、いいの? みんな困ってるっぽいけど」
僕は階下を指さして言った。ステージに残された合唱部の人たちが、どうしていいかわからず右往左往している。
「ちっ……今日はもういいわ、ゴールデンウイークが終わったら練習に来なさいよ!」
ツインテールの女の子はそう言い残して、去っていく。
優香はツインテールの女の子が見えなくなるまで、僕の後ろで震えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます