第11話
デジタルイラスト研究会での勉強会の日々は続き、ゴールデンウイークの前週がやってきた。
学校中どこか浮かれているような空気のこの時期。僕自身、久々の連休が楽しみで仕方ない。一年生は入学後初めての長い休みだから、なおさらだろう。
「優香ちゃん! ゴールデンウイークどっか行こうよ!」
案の定、部室に着いたばかりの村上さんが、勉強の準備をしようとする優香に抱きつきながら言った。
「ごめんなさい、ゴールデンウイークはお勉強したいので」
「ええー! いいじゃんべつにゴールデンウイークくらい!」
「でも……ゴールデンウイークが終わったら、中間テストがやってくるので」
中間テスト。
優香にとって、初の赤点の可能性があるテストだ。
理由はまだわからないが、優香は赤点を極端に恐れている。ゴールデンウイークもその対策に充てよう、と思うのは自然なことだと思った。
「五日も休みあるんだよ! 一日くらい、いいでしょ! あと四日勉強できれば」
「でも……」
「そういえばさ、青柳モールに『現場クマ』のお店できたんだって!」
「えっ」
『現場クマ』とは、最近女の子向けに流行っているゆるキャラで、ヘルメットをかぶって現場労働をしているクマの事だ。無表情なクマが現場労働をしている姿が、シュールな感じで女の子に受けているのだという。僕には資本主義に敗北して希望を失った労働者にしか見えないのだが。
青柳モールは、近くにある大きなショッピングモール。地元民なら誰でも知っている。行くと高確率で地元の知り合いに遭遇してしまうので、僕はあまり行かない。
「ねっ行きたいでしょ! 行こ! ついでになんか食べよ!」
「でも……」
優香は、僕の顔色をちらちらと伺っていた。
実は、少し前にゴールデンウイークも勉強を教えてほしい、と優香に頼まれていた。僕もゲームする以外は予定がないので、安請け合いでいいよと返事をしている。
「一日くらい大丈夫じゃない? 優香ちゃんよく勉強してるし、赤点は取らないと思うよ」
もしかしたら、僕に頼んでおいてそれを断るのが申し訳ないと思っていたのかもしれない。僕としては、優香がいなければ家でゲームするだけだし、一日くらい気晴らしをした方がいいとも思うので、村上さんの提案には賛成だった。
「ねっ、先輩もいいって言ってるし! 行こうね!」
「う、うん……あの、先輩も行きませんか?」
「え」
予想外だった。
優香と村上さん、女子二人で遊ぶ流れだと思っていた。
「僕? いいよ別に、二人で楽しんできなよ」
「優香、青柳モールまで一人で行ったことがないので……ちゃんと行けるか不安なのです」
「え! それならわたしが優香ちゃんの家まで迎えに行ってあげるよ!」
「真里ちゃんは、彩沢から一時間もかけて電車で来てくれるし、優香のお家と青柳モールは逆方向だから、迎えに来てもらったら大変だよ」
「うーん、それはそうなんだよね。せっかくだから優香ちゃんの家行ってみたいんだけど」
「そ、それは、だめ」
親友の村上さんを家に入れたくないというのはよくわからなかった。まだ優香は、何か理由があって心を閉ざしているのか。
そんなことを考えていたら、部室の奥で絵を書いていた上尾さんが近くにやってきて、僕たちをなんか怖い目で見つめていた。そういえば、一人だけ誘われなかったよな。
「あ、上尾先輩も一緒に行きます?」
空気を読んだのか、村上さんが恐る恐るそう言った。
「行かない。絵描きたいから。でもこれ買ってきて。あとでお金払うから」
上尾さんのスマホには、『現場クマ』が一輪車を押しているストラップが表示されていた。
お前も好きだったのかよ。
* * *
そんなわけで、ゴールデンウイークのある日。
僕と優香は、青柳モールに向かって出発した。
優香は不安だと言っていたが、青柳モールへは最寄り駅まで歩き、そこから専用のバスに乗るというルートで、そう簡単に間違えるような道のりではない。
「優香ちゃん、青柳モール行ったことないの? もともと彩沢とかの人だもんね」
「行ったことはあるけど、いつもパ……お父さんの車だったので」
パパ、と言おうとしたのか、一瞬言葉をつまらせ、とても恥ずかしそうに言い直した。女の子はたまにやるよね、これ。
「先輩は、青柳モールへはよく行くのですか?」
「うーん、まあまあかな。親と行く時は車だけど、妹と一緒のときはバスだったよ」
「えっ、先輩、妹さんがいるんですか!?」
「あー、言ってなかったよね。僕はここに残ったけど、妹は両親と東京にいるんだよ」
「妹さんと離れて、寂しくないんですか」
「全然? いつも喧嘩ばっかりしてたし、いない方が平和でいいよ」
「そ、そういうものなんですか……優香は、きょうだいがいないので、よくわからないです」
「うん。いかにも一人っ子って感じはしてた」
「どういう意味ですか……?」
「大事にされているというか、すごくおとなしいというか、子供っぽいというか」
「む-、それ褒めてはないですよね」
「あはは。別にいいんじゃない? 自分で変えられるものではないしさ」
などと雑談をしていたら、すぐに駅前へ着いた。
ここで村上さんと合流する。僕たち二人を見た村上さんは、すぐに優香と腕を組んだ。
「先輩、そんなに近くを歩かないでください! 彼氏だと勘違いされたらどうするんですか、優香ちゃんはわたしのものなんですから」
「ちがうよ~」
「あはは、僕もう帰っていいかな?」
「あっ待ってください、帰り道も不安なので!」
マジで帰ろうとしたら、今度は優香が僕を引き留めようと、手を出してきた。真里にかなり強く腕を組まれていたらしく、全然届かなかったが。
三人で、ちょうど来たバスに乗り、青柳モールへ向かう。
「はあ。なんで先輩が一緒なんでしょうね。行っときますけど、わたしたちの行きたいところ優先ですからね」
「はいはい。僕、別に行きたいところないし、それでいいよ」
「先輩がいたら優香ちゃんと女子トークができないじゃないですか」
「二人で行きたいとこ行けば? 僕、最悪ゲーセンで時間つぶしてるから」
先輩相手になかなかいい度胸だな、と僕は思った。それだけ優香のことが好きなのか、あるいは最初から喧嘩っ早いのか。
しかし、優香が僕を巻き込んだのは、僕もなんで? と言いたいくらいに謎だった。道案内だけではないだろう。村上さんが怒るのも、もっともだと思う。友達と遊ぶのにほぼ知らないやつが混じるのはなかなか難しい。
こうして、ずっと言い合いをしながら、三人でバスに揺られていた。
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