第10話
こうして翌日から、僕と、優香と、そのお友達の村上さんとの三人で勉強会が始まった。上尾さんは自分のイラスト製作作業に影響しなければ別に何してもかまわないとの事で、僕たちのことは放置するつもりらしく、パソコンに向かいっきりで特に興味を示さなかった。
「優香ちゃん! 今日は何の勉強する?」
「えっと……、数学、かな」
「えっ数学? まだ習ってないところ多いからいいよ、英語にしようよ」
「英語はある程度暗記できるけど、数学は先に勉強して理解しておかないと厳しいから……今度、中間テストで赤点取らないようにしないと」
「まだ先だからなんとかなるよ!」
中間テストまであと一ヶ月ほどある。普通は一週間前からテスト前期間になるので、まだ意識するには早すぎるタイミングだ。新しくできた友達どうしで遊ぶとか、もっと新入生らしいイベントすればいいのに。
「うーん、でも優香、赤点取ったら……お母さんにすごく怒られるから」
「そ、そっか。しょうがないね。じゃあ数学しようか」
二人が勉強を初めて、すぐに僕は村上さんの様子がおかしいと気づいた。
同じ問題集で勉強を始めたのだが、どうも村上さんの手が遅い。優香の方が早いのではないか、と思えるほどだった。
「……村上さん、数学苦手なの?」
「へっ? い、いや全然そんなことないですよ、大得意です」
「真里ちゃんは暗記のプロなんですよ。中学の定期テストとか、出題範囲がわかってる時はほぼ満点近く取れるんです! だから優香より成績はずっといいんです。でも習ってない問題は苦手なんだよね」
「あーっ、優香ちゃんそれ言っちゃだめ!」
「ほーん」
僕は色々と察した。たしかに、そういうタイプの生徒はたまにいる。
「それ、高校では通用しないぞ。出題範囲めちゃくちゃ広いし、考えることも多いしな」
「わかってますよそんなの! 高校入ったらちゃんといろんな問題解けるように勉強する予定ですから!」
「少なくとも今は、優香ちゃんに勉強教えられるような状態じゃないよね」
「うっ」
「っていうか、さっきからずっと同じ問題で手止まってるけど、それやり方教えてあげようか?」
「いーです! 答えついているから覚えればいいだけです」
「真里ちゃん、奥野先輩はすごくわかりやすく教えてくれるから、聞いてみた方がいいよ」
「むうう……」
とても悔しそうな顔をしていたが、本人も回答を見て暗記するのは抵抗があったらしく、僕の説明を素直に聞いた。
「なるほど。つまりこの計算とこの計算を覚えといてこういう風に適用すればいいんですね」
「うーん、本当は計算ごとに覚えるんじゃなくて、全部考えてほしいんだけど、まあ最初だしこれでいいか」
「よし! これであとの問題全部解ける!」
村上さんは説明を受けた後、恐ろしいスピードで同じパターンの問題を全部解いてしまった。たしかに暗記偏重タイプの頭をしているらしい。可能なら、先輩の僕より同期で仲のいい村上さんの方が、優香へ勉強を教えるのは向いていると思ったのだが、この調子では任せられそうにない。
そんなことを考えていたら、優香がトイレに行くと言って部室を出た。
この隙に、僕は村上さんと二人で話してみる。
「村上さん。どうして優香ちゃんは、あんなに赤点にこだわるんだろう?」
「わかりません。わたしが知りたいくらいです」
「僕の偏見かもしれないけど、成績悪い子って基本的にずっとそのままなんだよ。でも例えば三年になって部活引退したとか、そういうきっかけで勉強に意欲を出して、これまで勉強してなかった分を取り戻す子もいる。優香ちゃんはそのタイプに近いかなって思ってるんだけど。中学時代の優香ちゃんは、部活かなにかやってたの?」
「それは……」
村上さんは何か言いたげだったが、ぐっとこらえて、口にチャックをしめるよう指で押さえた。
「ごめんなさい。それは優香ちゃんのプライベートの事なので、わたしから言うのはちょっと」
「まだ僕のこと信用できない?」
「最初のイメージよりはいい人だなって思ってますけど、その事は優香ちゃん本人から聞いてほしいです」
「そっか。わかった。君は優香ちゃんのことをよく考えてるんだね」
「そうですよ。わたしがいないと優香ちゃんはダメなんですから!」
ここで優香が部室へ戻ってきて、会話は終わった。
* * *
その日の夕方。
『晩ごはんができました! 今から持って行きます』
普通にカップ麺で済ませようと思っていたら、優香からLINEが来た。作ったという料理を突き返す訳にもいかず、僕はまた優香を部屋に入れた。
夕飯は揚げたての唐揚げと野菜の盛り合わせ。それにうちの家にあるご飯とインスタントの味噌汁を添え、立派な夕食の出来上がりだ。
「奥野先輩、男子なのでいっぱい食べると思って、いっぱい作りました」
唐揚げが嫌いな男子高校生などいない。僕は余裕で完食した。
「気使わなくていいのに」
「今日も先輩にお勉強教わりましたし、お返しですよ」
「うーん。そんなに赤点取るのが怖い?」
「そうですね……塾とかは、優香が一人暮らしするだけでお金かかるから、親には頼めないですし、先輩だけが頼りです」
「そっか。まあ、一人暮らし中に赤点なんか取ったら親にすごく怒られそうだよね」
「っ!」
何気ない一言だったが、優香はひどく緊張した様子になった。
図星、だろうか。
誰にも言われず、自分を厳しく律するのは限界がある。親に怒られるとか、そういうハードルがないと、ここまで赤点のことを気にはしないだろう。
「先輩は、赤点取ったら親御さんに怒られないですか?」
「うーん。取ったことないんだよな」
「あう……そうですよね、先輩頭いいですもんね」
「でもその代わり、志望校の模試でC判定以下になったら一人暮らしやめて、東京にいる家族へ合流するって決めてるよ」
「そ、そうなんですか? 先輩の志望校ってけっこうレベル高いですよね」
「うーん、まあ、そうかもしれないけど。でも僕が遊んでばっかりだと、親も安心して一人暮らしさせられないだろうからさ? 多少は勉強しないとね」
「多少、で済ませられるのがすごいです……」
「優香ちゃんは志望校とか決まってる? っと、流石にまだだよね、入学直後だし」
「そうですね……優香は先輩ほど頭が良くないので、進学だけじゃなくて就職とかも考えないと」
「いやいや、まだわかんないよ。多分、優香ちゃんは今までの勉強方法が悪かったから、僕に色々教わって、大学行けるようなレベルにまで上がるかもしれないよ」
「それは……その時に考えます」
優香の進路。
西高は進学校だから、就職する生徒はかなり少ない。だから就職という言葉を聞いた時、少し意外だった。本当に就職したいなら、他の高校を選んだ方がいいのだ。
というか、そもそもなぜ優香は、中学の勉強がろくにできていない状態でこの高校に入学できたのか。地域ではけっこう上位の高校なのだ。
謎はますます深まるが、優香がさっさと片付けをして帰ってしまったので、この日はそこまでしか話せなかった。
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