第7話
「奥野、ちょい」
昼休み。食堂で昼食を食べ終わった後、中野大地に声をかけられた。僕たちは二人で、食堂近くにある自販機コーナーへ寄り、ジュースを飲みながら話した。
「お前が気にかけてる秋山さんっていう子、彩沢中の出身らしいな」
「さいざわ? それ、ここからめっちゃ遠いよね」
「ああ。俺の通ってるサッカークラブに彩沢中出身の男子がいて、色々聞いたんだ」
彩沢中は、ここから電車で一時間はかかる距離にある。普通に遠いし、向こうにも同じような偏差値の高校はあるから、わざわざこの西高へ来るメリットは少ない。
「あの子、彩沢中では有名だったらしい。あんな見た目だし、いつも笑顔で明るくて愛想がいいから、学校じゅうのアイドルだったみたいだ」
「ふうん。でも、今はそんな感じじゃないよね」
「ああ、今はすごく大人しいし、誰かから話しかけられても困った顔で、あまり会話が広がらないらしい。ごく一部の大人しい子と隅っこにいるような子だ」
「……大地、なんでそんなに詳しいの? もしかして、秋山さんのこと狙ってる?」
「ははっ!」
大地は流行りの一発芸人のギャグを見た時のように、朗らかに笑った。
「まあ確かに、俺が公言している『Gカップ以上の女子には興味がない』という条件を満たしているから、狙ってもいいかもしれない」
「大地、本当にそういうところぶれないよね」
「だが、今のところそのつもりはない」
「どうして? 大地なら女の子の扱い方くらいわかってるでしょ」
「まあな」
「うぜえ」
「それも考えたが、今の時点ではどう見ても俺よりお前のことを信用しているからな、あの子は」
「それはそうだけど」
「何があった?」
「んー……あの子、僕のマンションの隣の部屋に住んでてさ。熱を出してふらふらしながら買い物へ向かうところを、僕が止めたんだよ。ちょうどしばらく親御さんがいない時期らしくて、僕が看病した。そんなところかな」
「それはいいシチュエーションじゃないか。多少不細工な男でも、そこまで優しくすれば女の子は気を引かれるだろう」
「そういうもんかな? 病気の子に優しくするのは当たり前のことだと思うけど」
「そういうところがお前のいいところなんだよ。大地、せっかくだからお前が秋山さんと付き合ってみたらどうだ?」
「いやいや、そんな仲じゃないし」
本当は、優香に勉強を教えるという約束があるから、二人の仲はそう単純なものじゃない。そのへんの事情を周囲に話すのは、まだ早い気がした。
「お前、最近浮かない顔してるからな。奥野がゲームかパソコンの事以外でそんな顔を見せるのは珍しい」
「そ、そう?」
「ああ。お前はいい奴だし、彼女がいてもおかしくないさ。俺が彼女を作るのなんて簡単だが、お前に彼女ができる機会は少ないからな」
「うぜえ」
「怒るなよ。で、お前は秋山さんをどうしたいんだ? 浮かない顔してるってことは、今のままじゃ不満なんだろ?」
「まだよくわからないけど……大地の言ってることが事実なら、中学時代と同じようなキャラになってほしいかな。今の優香ちゃん、はたから見てもなんか辛そうだもん。何があったのか知らないけど」
「だったら、その事情をまず突き止めろよ」
「あんまり他人の過去を詮索するのって良くないでしょ?」
「そういう事もあるが、お前は秋山さんを助けたいんだろ。親切にするのは別にいいさ。一度閉じこもってしまった人間は、誰かが外からこじ開けないとなかなか元に戻らないからな」
「そんな気はする」
「俺も、何かわかったらまたお前に伝えるよ。だからお前は、お前のやりたいように秋山さんをフォローした方がいい」
こんな感じで、大地は下ネタ大魔王だと公言しておきながら、すごくいいヤツだ。
どういう訳か、僕は一年生の時に大地と同じクラスになってから、気が合う友人でいる。正直、運動部でも根っからの陽キャラでもない僕が、大地みたいな奴と仲を保てているのは奇跡だと思う。大地と関わっていれば他の男子・女子からも悪いようには言われないし、僕の高校生活はかなりイージーモードに傾いている。
優香はどうだろうか、と僕は考えた。
大地の話が本当なら、優香は中学時代と高校でイメージが変わっているし、遠い中学の出身だから信頼できる友達もいない。まだ始まったばかりの高校生活だから、この先どうなるかはわからないけど、なんとなく不安な気がする。
何より、ただの隣人である僕に勉強を教えてほしい、と言うほど、優香は自分の学力に自信を持っていない。学力が平均レベルに追いつけば悩みもなくなるのかもしれないが、それを待っていたら、いつになるかわからない。
「あ、でもお前が秋山さんに興味なくなったら教えてくれよな。俺が狙うから」
「ほんとクズだね、大地は」
そんな笑い話をしながら、大地と別れた。
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