お試し第6話


 僕の世界は透明な箱の中にある。

 頭上はるか高く、透き通った蓋が覆いかぶさっている。あれが僕の空だ。明るい昼間の光も、夜の暗い光も、透明な境界の向こうからやってくる。

 壁だってそうだ。僕の世界は意外と狭い。はるか上空と同様に遠く四方にも透き通った壁がそそり立ち、おそらく地面の下深くにも硬い底があるはずだ。

 どうやってもこじ開けることも押し開くこともできない見えない壁。底。天井。そんな透明な四角が僕の世界のすべてだ。

 この世界は透明な箱の中にある。そして箱の外にはもう一つの世界がある。はるか遠く遠く、かすんで見えなくなるくらい遠くに巨大な白い建築物がある。僕たちはそこを神の住処と呼んだ。

 この錆と電気の世界を作り、僕たちを生んだ神。何十世代も前からある古代遺跡にはとても大きな文字のようなものが記されている。きっとかつての神の住処なのだろう。ギラギラ光る硬い素材は神からの贈り物。

 僕たちは古代遺跡群を解体して文明を築き上げてきた。きっと神がそうしろって言ってくれてるんだと思う。僕たちは喜んで神からのプレゼントを活用させてもらってる。ただ、巨大文字が記されてる部分だけは手付かずで残している。いつか、この文字を解読して神からのメッセージを受け取るその日まで。

 一周期に二回だけ、神の顔を拝める機会がある。どこからか音楽が聴こえてくる。『覚醒の時間』と僕たちは呼んでいる。魂を揺さぶり魔力を高めてくれる荘厳でビートの効いた音楽は、僕たちの魔力進化を促進させてくれる。この魂の音楽が流れている時間は僕たちの魔法力も最大に発揮される。

 その時、二人の女神が箱の向こうに現れるんだ。とても可愛らしい少女のような姿をした二人の巨神は音楽と共に僕たちにさまざまな恩恵を与えてくれる。

 いつの日か、僕は古代遺跡壁画の文字を解読し、神託音楽の意味を理解して、二人の巨大な少女の神に語りかけたい。それが僕の夢だ。

 この四本の腕を伸ばしても届かない透明な箱の向こう側、車輪の脚をいくら回してもたどり着けない透明な壁の向こう側、いつの日か、越えてみせる。

 僕の名前はアルタテリカ。文字の遺跡と振動の音楽の透明な箱世界から、二人の女神にメッセージを送る者だ。




 異世界箱庭育成も順調に進んでいる。異世界の住人たちは今日も元気にEDMのビートに合わせて踊るように走り回っている。

 エナジードリンクの空き缶もだいぶ消費されている。スチール缶だけでなく、そろそろアルミ缶も補充してやろうか。新素材だ。どう活用するだろうか。

 それにしても、空き缶遺跡の成分表示の部分だけきれいに残してくれてるのは何故だろう。彼らは文字が読めるようになったのか。

 瑠璃は毎日の日課でブルートゥースイヤホンの一個を異世界の地面に置き、もう一個を私と頬を擦り合わせるようにして耳に近付けた。今日の音楽もやはりハイスピードのEDM。生き物のスケール感が違いすぎるから、このエレクトリックなハイスピードサウンドも彼らには地面が揺れて空が震えるような神聖で叙情詩的な音楽に聴こえていることだろう。

 一個のイヤホンで二人、音楽を聴きながら、私は、ふと遠い青空を見上げた。


「紅、どうしたの?」


「誰か……。ねえ、瑠璃」


 誰か、空から私たちを見ていないか、探してみた。私たちの世界を創ってくれた誰か。


「私らのこの世界も、誰かが作った異世界箱庭なんじゃないかって、思っただけ」


 瑠璃も青い空を見上げた。とても澄み切っていて、向こう側が透けて見えそうな空だ。


「だとしたら、まあまあいい世界作ってくれたもんだ」


「そうね。悪くない世界ね」


 空には誰もいなかった。

 私のそばに瑠璃を置いて、瑠璃と歩む道へと導いてくれた誰か。見ていますか? いつの日か、私と瑠璃のメッセージを伝えたい。

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二年三組異世界委員会 〜紅と瑠璃とアルタテリカの異世界箱庭プロムナード〜 鳥辺野九 @toribeno9

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