お試し第5話


 異世界の住人たちは原始的な行動もするし文明的な活動もするきまぐれな細菌のようなもの。獲得した栄養素によって、進化成長に複雑な変化をもたらすカタチある異世界魔法現象。

 異世界新生物の母なる海。その水質を調整するだけでも進化の道筋はがらりと変わってくる。硬水と軟水の違いだけでも彼らにとっては大きな衝撃を食らわしてくれる進化のハンマーになりうる。

 異世界の住人たちがどんな進化を遂げるか。それは私たち異世界観測者次第だ。

 乳脂肪分と糖分たっぷりのカフェオレの海で育った異世界の住人はアザラシとかオットセイみたいな水陸両用異世界人だった。

 生まれ故郷のカフェオレの海に含まれるカフェインが彼らの主なエネルギー源となる。魔法電気で明かりを灯したり、ミニコーヒーの樹のようなものを育てる農園を稼働させたり。穏やかな農耕文明を勤しむ異世界に育っているようだ。

 だからと言って糖分をたっぷり与えれば加賀理おじさんのような優しげな異世界が作れるかと言うとそうではない。

 ただの水と違って、栄養たっぷりの液体を海にするとそれだけ異世界箱庭育成はぐんと難易度を上げる。より事細かな素材調整が必要になるからだ。

 栄養豊富すぎる異世界は新生物が知能を持つよりも早く巨大生物化してミニチュア動物園になるのが関の山だ。異世界住人としての個性も魔法も失われてしまう。

 以上を踏まえて。瑠璃はテレビCMでもよく見る炭酸系エナジードリンクを海にすると言い出した。


「サイケデリックな魔法を使うレア新生物が生まれたって例もあるし」


 サイケデリック異世界新生物。たしかにおもしろそうだ。

 でも炭酸系は無理。炭酸ガスによる変化速度促進効果で、休み時間と放課後しか育成調整時間が取れない中学生では面倒見切れない。一晩放置しただけで異世界新生物があっという間に進化して大恐竜時代のまま固着されてしまう。


「それなら中学生らしく理科の授業でやった奴で攻めようよ」


「授業でなんかやったっけ?」


「ゼラチン溶かしてゼリー作ったよね。溶液をゼリー化して浸透圧を下げれば、水分が滲み出る速度を調整できるよ」


「意味わかんない。日本語で言って」


「ゼラチンじゃなくて寒天を使えば嵩増しもできるし、煮詰める段階で炭酸ガスも抜けるよ」


「要するにエナジーゼリーは美味しいってこと?」


「そ。安くて量もたっぷり」


「それな」


 こんな会話が私と瑠璃の定番のやりとりとなった。

 瑠璃が突拍子もないくせに意外とデータに基づいてるアイディアを持ってきて、私はそれを否定せず、中学生の授業範囲内になんとか落とし込む。

 お互いの得意分野で一つ一つ課題をクリアしていく感覚はそう悪くなかった。


「こいつらに文字を勉強してもらいたいんだが、紙に書いた文字じゃ、すぐに紙がボロボロに食われちゃうだろ?」


「だったらエナジードリンクの空き缶を再利用はどう? 縦半分にカットして、内側だけ酸化させてやればこいつらも分解して栄養にしやすいし、表側の成分表示の文字は最後まで残るでしょ」


「酸化って?」


「錆びさせればいいのよ。紙ヤスリでガリガリ削って」


「外側はきれいなメタルのまま、内側は荒廃して赤い錆の魔法文明。いいな。美術部の奴らに空き缶加工させて古代遺跡みたいの作らせようぜ」


「アルミ缶じゃなくてスチール缶ならリサイクルにもなるし、お金かかんなくていいよ」


「お金の心配はすんな。カガリおじの店からエナジーな空き缶もらってくるし」


「いいね。またチーズケーキ食べたいな」


「たかりに行くか」


 中学生の授業の一環ならば学習として素材を用意できるから異世界経費も節約できる。他の委員会や文化系部活の生徒も巻き込みやすい。

 他の生徒とあまり関わりを持たなかった瑠璃も積極的に話しかけるようになった。私も瑠璃の一見して乱暴でがさつな性格も、彼女なりの照れ隠しの反動だと理解できて可愛く思えてきた。


「いい音楽聴かせてやろうぜ。こいつらだって歌くらい歌うだろ」


「たしかに歌う異世界って動画サイトで見たことあるけど、ゴスペル的な?」


「ガチなEDMでキメる。重低音をバズらせてエレクトロなハイトーンでアポカリプティックサウンド轟かせてやる」


「意味わかって言ってる?」


「知らね。ブルートゥースイヤホンを最小ボリュームで埋めてやれば大地に響くだろ」


「それなら朝の通学時と放課後って決まった時間に同じ曲を聴かせた方がメッセージ性があるね。何かオススメのアポカリプティックな一曲聴かせてよ」


「任せな。ブロックをぶっ壊して作り直したくなる奴を持ってくる」


「破壊と創造ね」


「そうとも言う」


 私と瑠璃は一組の無線イヤホンを一個ずつお互いの耳にはめて、破壊と創造の黙示録的な電子音楽を聴きながら手を繋いで歩いた。ボリュームを絞っても、自然と喋り声が大きくなってしまうほどノイジーでテクノなサウンドだった。思わず手を繋いで歩く速度も上がり、二人でスカートを翻して跳ねるように小走りになった。




 こうして私と瑠璃の異世界は、瑠璃の独創的で無茶振りのような世界観を私が望むままにカタチにした、アポカリプティックでデカダントなファンタジーパンク異世界として進化を遂げた。

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