お試し第4話


「異世界創造はケーキ作りに似ている」


 異世界居酒屋名物のデザートチーズケーキは表面が軽く焦げるまでオーブンで焼き上げるベイクドタイプ。焦げたチーズ生地の大地は細かくひび割れて、異世界の住人にはちょっと棲みにくそう。


「小麦粉、卵、砂糖、バター。材料は同じだが、その配合割合だったり、作業手順だったり、生地の捏ね方一つでがらっと違うケーキが焼けるんだ」


 私も瑠璃もおじさん特製の焼きチーズケーキにすっかりはまってしまい、異世界の作り方講座そっちのけでケーキを楽しんでいた。


「聞いてる?」


「聞いてる聞いてる」


 私と瑠璃と、二人同時に適当に頷く。焦げたチーズの塩っ気がクリームチーズ生地の甘味を引き出してくれてる。表面はカリッと、中はしっとり。たしかにこれは今まで食べたことのない異世界チーズケーキだ。

 栄養素を独自のブレンドで配合させたオリジナルの土が小麦粉だとしたら、異世界の素は卵と砂糖か。しっかり混ぜた異世界の素の卵と砂糖に、水をたくさん与えて海を作るようにバターをたっぷりと加えて攪拌してやる。たしかにケーキ作りと異世界創造は似ているかもしれない。何のことやらわかんないけど。


「生地にクリームチーズとかパルメザンだったり、はたまたビターチョコレートにココアパウダーかもしれない。ケーキの味を決める素材を混ぜ入れれば、基本的なケーキは出来上がる。異世界育成も同じだ。君らはどんな味の異世界を作りたい?」


 一週間ほどで栄養たっぷりの海に異世界新生物が発生する。それが言わばケーキの味の初期段階だ。どんな味に育てるか。新生物に与える素材が鍵を握る。

 チーズケーキ。チョコレートケーキ。ナッツとドライフルーツのヨーグルトケーキ。何だってお好きにどうぞ。

 この時点までは新生物はほとんどおんなじ奴だ。ルーペで見ないと見つけられないほど小さなスライムみたいな薄いグリーンのネバネバ。彼らにはまだ名前はない。


「最初期に与える素材で異世界の方向性が決まる。もちろん後期から修正も可能だが、そこもケーキ作りとおんなじだ」


 加賀理おじさんはコーヒーを一口味わって言った。私たちが座っているテーブル席に設置された小さな異世界箱庭の透明蓋を開けて、異世界内の湖みたいに埋め込まれた水受け皿にカップから直にコーヒーを注ぎ満たす。


「あったかいコーヒーあげてもいいの? 飲みかけの奴だし」


 瑠璃が驚いてぐいと身を乗り出して異世界にのめり込んだ。私もつられて覗き込む。この異世界の住人たちは突然降って湧いた熱いコーヒーにどう反応するのやら。


「チーズ生地にコーヒークリームは合わないだろ? 素材の相性が悪ければこいつらもただの栄養として消化吸収して終わりだ。何の魔法作用もない」


 この異世界は二本の長い腕で魚の尾鰭のような一本の脚部を引き摺るように歩く水陸両用生物がメイン種族として繁栄しているようだ。

 米粒よりも小さな異世界住人たちは突然現れた湯気を上らせるコーヒーの湖にわらわらと集まって、どうやって作ったのか小さな小さな容器を持ち出して、バケツリレーの要領で効率よくコーヒーをお手製の貯蔵タンクへと運び出した。とにかくスムーズで手慣れた作業に見える。


「すげえ。こいつら頭いいな」


「この子たち、コーヒーを貯めてどうするんですか?」


「チョコレート生地にコーヒークリームはよく合う。お互いの良さを高める相乗効果も期待できる。こいつらはカフェオレの海で育てた異世界新生物なんだ」


 ハンチング帽に強面な加賀理おじさん。異世界住人を見るその顔は、手塩にかけて育てたペットを紹介するようなとても優しそうな真ん丸い顔だった。


「カフェオレで育ったこいつらにとってコーヒーは魔法エネルギーの源になる。ほら、魔法電気が使えるようになった」


 ずんぐりとした前足歩行のアザラシみたいな異世界住人たちは、大事そうにコーヒー貯蔵タンクを自分達の巣へ運んでいった。

 まもなく、砂を固めて立方体に建築したような大規模集合住宅の小窓群に明かりが灯る。彼ら異世界住人の特徴である魔法でコーヒーからエネルギーを抽出したのだろう。小窓から漏れる淡い光は、そのせいか、琥珀色しているように思えた。


「こいつらって、いったい何なんだろうな」


 瑠璃が、異世界箱庭に携わる人間なら誰しもが思う謎を口にした。

 この異世界新生物群はどこからやって来て、どこへ行くのだろう。何を思って日々暮らしているのだろう。

 どんなに動物的な姿をしていても新種の生物として認められることはなく、植物的な形でも外の世界では土に根を張ることはほとんどない。あくまでも異世界箱庭の中でのみ進化し続ける存在だ。進化と言えどもその進化系統は様々で、一週間で世代交代する種もいれば、長いものだと十年以上活動を続ける新生物もいる。


「成長が複雑な粘菌みたいなものって言われてるけど、わからんなー。本当の異世界から持ち込まれた異世界外来種って説もあるぞ」


「意味わかんない。チーズケーキ食うかな」


 瑠璃が焼きチーズケーキを突いてたフォークの先っちょを異世界箱庭の住人に近付けた。焼きチーズケーキのカケラがぽとりと異世界に落ちる。何人かの異世界住人がそれに気付いて近寄ってきた。


「ただ美味そうに食うだけだよ。コーヒー以外は魔法的エネルギーにならないっぽい。あとおまえらはやっちゃダメだが、コーヒーの酒もかなりヤバめなエネルギーみたいだ」


「コーヒーのお酒? 何で私たちはダメなんですか?」


 私も彼らにチーズケーキのカケラ、特に一番美味しそうなチーズが焦げた部分を与えながら聞いた。


「中学生がアルコールを使用するのがダメなんだ。レギュレーションにもあるだろ? よく読んでおけよ。レギュレーション違反で失格なんてつまらんぞ」


「それは紅が詳しいから大丈夫よ。ねー、紅」


 瑠璃が意地悪っぽく言う。今日から早速異世界箱庭中学生部門のレギュレーションを勉強しろってことか。叔父さんの前ではいい子してる不良娘め。やってやろうじゃないか。

 焼きチーズケーキに群がった異世界住人たちは、偶発的に手に入った未知の栄養をカフェインの灯りがピカピカ光る立方体住居へと運び始めた。

 でも二人ほど我慢できなかったのか、その場でもぐもぐと食べ始める奴もいた。こんがりチーズが焦げたケーキを彼らは美味しいと感じているのだろうか。ふと、一人の異世界住人が上空を、小さな異世界を覗き込む瑠璃と私を、見上げたような気がした。

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