お試し第3話
繁華街の端っこ。雑居ビルの地下一階。何軒かの小さな飲食店が軒を並べる地下フロアの一角。そこに異世界はあった。
瑠璃に手を引かれたまま黄色い光に満たされたフロアを歩いていると、私は急に不安になって後ろを振り返った。地上へ登る階段の四角く切り取られた外の光がどんどん小さくなっていく。
私は再びあの明るい世界へ戻れるのだろうか。そんな馬鹿げたことを考えてしまった。
学校での噂通り、瑠璃はほんとにパパ活なんてしてるのだろうか。でも、パパ活って具体的に何をするんだろう。
「どした? 行くよ」
瑠璃の声に我に帰れば、彼女は「準備中」の木札がぶら下げられた扉を今にも開け放って、夕暮れ染まる繁華街の奥底へ引き摺り込もうと私を見ていた。
「ここ、何するところ?」
どこかドギマギして瑠璃に聞いた。中学生にあるまじき悪いことしているような、十四という年齢にそぐわない大人びた行動しているような、形にはまらないパズルのピースを持て余している気分だ。
「何って、食べたり飲んだりするとこよ。お腹減ってる?」
何だか、瑠璃は不良少女から普通の女子中学生に戻ったような口調で言った。私の返事も待たずに異世界への扉を押し開けて、ぐい、強引に私の手を引き入れる。
カランコロン、とドアベルが牧歌的な音を立てる。チーズが香ばしく焼ける匂いを温かな空気がふわり運んできた。
「カガリおじ、いるー?」
木目がきれいに浮き出た扉をくぐると、そこはたしかに異世界だった。
ずらり、見たこともない異世界箱庭が壁やテーブルを埋め尽くしていた。
アリの巣の観察キットのような壁に埋め込まれた異世界箱庭があった。複雑な模様を描く坑道みたいなのが張り巡らされて、小さな小さな4本足の異生物がせっせと土塊を運んでいた。地下構造のストーンヘンジ状棲家を建築中のようだ。
こっちのテーブル席に設置されたアクリルボックスは固められた砂がコンクリートのようにフラットで、幾何学模様の水路が絡み合う水の都みたいな集落が構築されている。水路を泳ぐ木の葉のような生き物はこの街の住人か、それとも運河船みたいに扱われる巨大家畜か。計画的に敷かれた水路から、かなり高度な文明が発達した異世界だとわかる。
異世界居酒屋とは異世界の料理やお酒を出すお店ではなく、異世界箱庭に囲まれて食事やお酒を楽しめるお店だったんだ。
雑居ビルの地下一階にこんな世界があるなんて。知らなかった。
瑠璃は私の手を引いて準備中の店内にずかずかと入っていく。その様子に遠慮とか躊躇とかはまったくなし。もう勝手知ったる他人の家ならぬ他人の店だ。
「おーい、おじー」
「おーう、待て待て。厨房に入ってくんな」
店内に響き渡る瑠璃の甲高い声に、厨房の方から落ち着いた低い声が帰ってきた。ひょっこりとハンチング帽をかぶっていい感じにあご髭を生やしたおじさんがまん丸い顔を出す。
「おう、瑠璃。あれ、友達連れて来たんか」
「メールしといたでしょ。せっかく可愛い子連れてきたってのに、ケーキとか用意してないの?」
瑠璃のパパ活の相手はこのハンチング帽が異様に似合う丸顔のおじさまか。そう思ったら。
「そうか。いつも瑠璃と遊んでくれてありがとなー。瑠璃の叔父の嘉村加賀理だ。てきとーに座ってくれ。チーズケーキ好きかい?」
「加賀理おじの焼きチーズケーキはこの店の名物なの。食べてくでしょ?」
私が自分の勘違いに顔を真っ赤にしてるのを、瑠璃は恥ずかしがり屋の人見知りっ子だと勘違いしてくれたようで。
「加賀理おじはね、こう見えても異世界箱庭育成の名人なんだ。おじ、この子は紅。あたしと異世界委員やることになったんだ。な、紅、異世界のアイディア盗んで帰ろうぜ」
はい、そうですね。瑠璃がパパ活してるなんて噂ちょっとは信じちゃってごめん。
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