お試し第2話


 嘉村瑠璃と二人並んでぺたぺた歩く。

 同級生だというのに、制服の着こなしから学校指定リュックの背負い方までこうも違ってくるものか。

 私はどこに出しても恥ずかしくないような模範的中学生な格好。長髪も跳ねないようきちんと後ろで結んでいる。対して瑠璃はどこに出しても恥ずかしいくらい制服を着崩して、天然の濃い栗色の髪はテレビで観るアイドルのように跳ね散らかしている。年上な女子高生にも見える出立ちだ。


「お金の心配はすんな」


 おしゃべりの内容から口調まで瑠璃はいちいち大人っぽい。

 趣味として異世界箱庭を突き詰めるのはとにかくお金がかかる。土、栄養、触媒、素材。必要なものは山ほどある。私たちの場合、中学校の学習の範囲内での委員会活動だから特に予算には限りがあるのだ。


「あたしに当てがある」


 瑠璃は胸を張ってそう言い放った。用意するのはお金か、それとも異世界栄養素。はたまた両方か。

 放課後、委員会活動だと不良少女に呼び出された。異世界をどういう方向性で構築するかすらまだ決まってもいないのに、瑠璃は自信に溢れて見えた。大人びた背格好のせいか、根拠も裏付けもない言動のせいか。


「委員会予算としてお金は先生からもらえるよ」


 異世界新生物を発現させるためには最低限の海が必要になる。箱庭に染み込んだただの水溜まりではダメだ。

 海の栄養素としては健康食品のミネラルサプリメントが有効だとネットに書いてあった。ネットでおすすめの異世界サプリメントをドラッグストアで見てみたら、それはとても高価な商品だった。

 買えないことはないが、それを餌として一年間与え続けるのは難しい。三ヶ月で予算オーバーだ。


「センセーなんか頼りになんねーよ。あたしたちでやるよ」


「委員会活動だよ。必要経費として先生に報告しないと」


「問題ねーって」


 私たち異世界委員会は学習の一環として市の異世界箱庭品評会に出展予定である。中学生部門にはお子様向けのレギュレーションがあり、箱庭の大きさや使用禁止素材、そして予算が設定されていた。

 学校側が用意してくれるその予算額を越えてしまえば、レギュレーション違反として出展取り消し。一年間の苦労も水の泡だ。その辺は担任がしっかり管理してくれるが、どんな小さな素材でも餌でも領収書必須なのだ。


「お金使わないで仕入れられる餌もあるじゃん」


 でも、その予算額を越えて異世界箱庭に資源を注ぎ込む裏技もある。中学生らしく授業内容に添った形で、自分達で餌や栄養となる素材を調達すればいい。

 学校菜園で根菜類を育てたり、理科の実験として貝殻を焼いて石灰を作ったり、一般的な素材をお金かけずに手に入れる方法はいくらでもある。あるにはある。相当面倒な仕事だが。


「で、これからどこ行くの?」


 学校からだいぶ離れた商業地区を嘉村瑠璃と二人並んでぺたぺた歩く。全国チェーン店ドラッグストアに画材系雑貨屋、そして怪しい生き物も扱ってる異世界ペットショップも巡った。


「どこって、その辺をブラブラだ。ダメか?」


 でも餌も素材も何も買わなかった。異世界箱庭育成におすすめグッズコーナーなんてあって参考にはなったが、ただ店内をうろうろと見て回るだけだ。


「ダメじゃないけど、こんな時間だし、良くない気もする」


 制服のスカートを短く改造した瑠璃は標準制服の私をあちこち連れ回してくれた。もう日も暮れかける時間、制服姿の女子中学生が二人並んで歩き回るには少々目立つ時間帯だ。


「デートみたいでいいじゃん」


 瑠璃はさらっと言った。

 デートだなんて、男子サッカー部員の先輩と並んで歩くのならまだしも、私と瑠璃とではまるで歳の近い姉妹くらいにしか見えないだろう。出来も素行も良くない姉が大人しく引っ込み思案な妹を夕暮れの繁華街に連れ回すの図。こんなシーンを親に見られたら何て言えばいいのやら。


「ほら、ここだよ。紅に見せたいものがあるんだ」


 瑠璃は私の名前を呼び捨てで呼ぶ。


「瑠璃って、こういうお店入るんだ」


 だから私も彼女を呼び捨てにしてやる。どちらが上でどちらが下か、そんなことは少ししか考えていないけど、不良少女にささやかな抵抗をするオタク少女と言おうか。あくまでも私たちは対等な立場にあるという私の気持ちの現れだ。


「そ。こういうお店」


 瑠璃が私に見せたいもの。それは飲食店が入った雑居ビルの地下、小洒落た居酒屋さんにあるようだ。ニヤニヤと指差す先、手彫りのような木の看板に『異世界居酒屋 ワーカーズギルド』と刻まれていた。


「異世界、居酒屋?」


「異世界、行きたいだろ?」


 雑居ビルの一階はイタリア料理を出すワイン屋さんみたいな感じで、ランプの灯も柔らかくガラス張りの入り口が中学生の私にはとても大人風で憧れたくなるくらい素敵なお店に見えた。

 その右手側に地下への階段があり、薄暗い蛍光灯のか弱い光が私と瑠璃とを誘っていた。細めの階段は途中で折れ曲がり、先は暗くてよく見えなかった。

 階段を降りるべきか、もう引き返して帰ろうか。不意に、瑠璃は迷っている私の手を握った。


「来いよ。いいもの見せてやる」


 ここから先は異世界だ。そう言わんばかりの薄暗くて細い階段を、私は不良少女に手を引かれて降りていった。

 私と瑠璃と対等だ。そう思っていた。思い込もうとしていた。でも彼女とははるかにレベルが違った。

 バカみたいだけど、こんな雑居ビル地下の居酒屋で、私もパパ活させられるのか。そう思ってしまった。

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