二年三組異世界委員会 〜紅と瑠璃とアルタテリカの異世界箱庭プロムナード〜

鳥辺野九

お試し第1話


 異世界委員 神林かんばやし べに 嘉村かむら 瑠璃るり


 黒板の端っこ、異世界委員の空欄に自分の名前が書き連ねられ、新学年早々面倒なことになった、と私は頬杖をついた。

 面倒なこと、その一。

 異世界委員は異世界箱庭の世話や管理、そして市が主催の異世界品評会出展のためにやたらと仕事が多く、みんなやりたがらない委員会であること。

 面倒なこと、その二。

 嘉村瑠璃が苦手であること。彼女は令和の今時に珍しいくらいの不良少女で、中学生でありながらパパ活までやってるとか噂になってる問題児だ。

 まず私が選ばれた。

 異世界ファンタジー小説とかよく読んでるし、漫画もアニメも相当好きなのはもうバレてるので、他薦で異世界委員に選出されてしまった。押し付けられた、が正しい表現だろう。

 さて、もう一人は。やたら小難しくて忙しい異世界委員会活動に誰を生贄に捧げようか。そんな空気が流れ始めた頃、嘉村瑠璃がすらりと手を挙げたのだ。

 彼女は自薦だった。クラスのみんなそれに異議はなかった。むしろ厄介な仕事に自ら立候補するなんて、よりによってあいつが。そんな「ではどーぞどーぞ」的な挙手だった。

 誰からも異議申し立てがないままにクラス会議は次の委員選出に移り、私は頬杖をついたまま、ちらりと窓際の嘉村瑠璃の席を見やった。

 私の視線に気付いた瑠璃は少しだけにやけた顔で、私をそっと指差した。

 私は慌てて目を逸らす。

 あの指にどんな意味が込められているのか。私にはわからなかった。蛇に睨まれた蛙、ならぬ、不良少女に目をつけられたオタク少女だ。

 ちらり。もう一度瑠璃の方を。ほら、まだ私を見てる。

 異世界委員と嘉村瑠璃。そこはかとなく、面倒事の予感。




 異世界箱庭とは、二年生の各クラスに学校から与えられるまるごと異世界を構築するサンドボックスだ。箱庭なんて言ってるが、案外大きい。小学校にあったウサギ小屋くらい大きい。

 校庭に設置された各クラス分の巨大なアクリルの箱。その中に土を敷いて異世界の素を撒く。一週間ほどで異世界は芽吹き、新世界創造が始まる。

 異世界委員がクラスの代表となって箱庭を管理する。月一のクラス会議である程度育成の方向性を定めることになるが、これがまた面倒くさいんだ。

 箱庭内の光の加減や水の流域をコントロールして人工的に自然環境を整えて、与える餌質も微調整が必要で極小異世界生物群の特殊な生態系を構築してやる。簡単に言っちゃえば箱庭型異世界ビオトープ。

 特に手を加えず放置しておいても異世界生物群が全滅してしまうことはほぼない。異世界は意外と生命力が強い。放置しても勝手に育つ。

 箱庭は無難な生態系を築いて食物連鎖が発現して自然淘汰が行われて、何の目新しさも面白みもない地球環境によく似たありふれた異世界が出来上がってしまうだけだ。

 まず栄養豊富な大量の水に異生命体が発生して、ある程度大きくなると陸地に上がる奴が出てくる。その頃になると陸地も植物のようなモノで埋め尽くされている。水辺と草むらでそれぞれ違った進化を遂げる異生命体。

 そして食物連鎖の頂点に登り詰める奴の登場だ。絶対的捕食者か、高度知的生命体か。それが独自性異世界箱庭の分かれ道となる。

 巨大で独特な形状をした捕食者が闊歩する野生の王国か。高度に発達した知的生命体が社会的な生活をする文明開花か。

 元がウサギ小屋サイズの異世界なので、どんな巨大生物でも小指の爪サイズだし、社会文明と言っても畳を広げたくらいの集落が興亡されるのが関の山だ。

 宇宙恐竜のようなオリジナリティのある生き物に溢れる誰も見たことがない自然造形豊かな異世界。

 人の形はしていないけどアリよりも高度に発達した社会性蟻塚式集合住宅が組織的に建築される異世界。

 中学生の知識と経済レベルが構築できる異世界箱庭の方向性はだいたいどっちかに分けられた。

 元々異世界箱庭は大学で生命の発展を研究する素材であったり、お金をかけて丁寧にミニチュア文明を作り込む高尚で大人な趣味だ。自然科学史や社会人類史に詳しい人の手にかかれば、異世界箱庭も剣と魔法のファンタジーな世界が構築されたり、鉄道と暗渠が張り巡らされた多層構造社会が展開したり、異世界ならではの無限の可能性を秘めている。

 異世界委員に選ばれた私はどの道を選べばいいんだろう。あの嘉村瑠璃と一緒に。

 だけれども。全校異世界委員会の初顔合わせ、第一回委員会会合の席で、彼女はこう言い放った。


「誰も見たことがないマジカルでメタルな異世界を創ってやるよ。あたしと、紅とで」


 あの嘉村瑠璃が、だ。

 ほら。新学年早々に面倒なことになった。

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