第20話 2章・七歳編_020_悲しみの底

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 2章・七歳編_020_悲しみの底

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 僕が目を覚ますと、アベル兄さんに背負われていた。寝ていた僕を背負って、歩いてくれていたんだね。感謝だよ、兄さん。

「兄さん、起きたから自分で歩くよ」

「おう。もういいのか?」

「うん。ごめんね、僕だけ寝ちゃって」

「そんなもん、構わねぇぞ」

 兄さんは僕を降ろして、ニカッと笑った。日頃はやんちゃ坊主だけど、いざと言う時は頼りになる兄さんだね。


「ランドー。大丈夫なの?」

「うん、ぐっすり寝たから僕は大丈夫。シャナン姉さんのほうこそどこか痛いところはない?」

 僕は加護補正がたくさんあるから、簡単に大怪我をしない。ラーベン子爵に蹴られても口の中を少し切ったり、皮膚が少し切れたくらいなものだからね。それに加護のおかげで治癒力が高くなっているから。


「私は大丈夫よ。ランドーとアベルのおかげで本当に助かったわ」

 念のためにシャナン姉さんを魔法で回復しておく。ちょっとした怪我ならこれで大丈夫だ。もちろん、アベル兄さんはもっと早い段階で治療している。


 夕方にはルークス村に到着した。燃やされたり、壊されている家が目立つ。

 そんな村の中に領主様がいて、陣頭指揮を執っていた。

 僕たちを連れ帰ってくれた騎士様が領主様に駆け寄って報告している。僕とアベル兄さんはシャナン姉さんの家に向かう。

 と思ったら肩を掴まれた。振り返ると、いい笑顔の兵士さんがいた。顔見知りのジャックという青髪碧眼の三十代の兵士さんだ。

「ランドー君はここで待っててね」

「え……はい……」

 これは逆らえないと思った。凄くいい笑みを浮かべているけど、目が笑ってないんだ、この人。怖いよ……。


「シャナン姉さんはアベル兄さんと家に帰って、子供たちの無事を確認して来て」

「いいの?」

「大丈夫だよ。僕は領主様とも顔見知りだから」

 大丈夫じゃないけど、そう言うしかないじゃんね。

 それにシャナン姉さんは子供たちのことが心配だと顔に書いてある。早く安否確認をしないとね。


 シャナン姉さんとアベル兄さんを見送り、僕は領主様を待った。

 待っている間は暇で、昨日から今日のことを考えてしまう。

 僕はたった一日で百人くらい殺してしまったんだね。全員が帝国兵だからといっても人は人だ。彼らにもやりたいことがあったり、こんな仕事をしたくなかったかもしれない。それでもルークス村を襲い、物資を盗み、村を焼き、村人を連れ去り、村人を殺した。……あれ? どう考えても強盗殺人者と誘拐犯たちばかりだね。

 ちょっと後悔していたけど、振り返って考えてみると自業自得じゃないか。気分が落ち込んでいたけど、やめだやめ。僕は犯罪者から村人を取り戻すために必死で立ち回った。それだけだよね!


 多分だけど、加護のおかげで精神も強化されているんだろうな……。あまり心にダメージを負ってないや。


「待たせたね」

「あ、いいえ!」

 領主様がやって来て、考え込むのを止めた。


「で」

 で、って何? でって? 領主様もオリビアちゃん系の人?


「帝国兵はどこに行ったのかと思ってね? 帝国軍の部隊長であるラーベン少佐を捕縛し、帝国兵の死体が数人分。それ以外の帝国兵はどこに行ったのか、それを聞いているんだよ」

 あー、それを聞いちゃうんだ。土に返したと……言えないよなー。どうしようかな……。


「さ、さぁ? 逃げたのではないですか?」

 このように言うしかないじゃんねー。なんなら口笛も吹いちゃうよ。領主様の前だからしないけど。


「そうか逃げたのか。ふむ……」

 そんなに見つめないでください!


「ま、そういうことにしておくか」

 信じてない目ですね、それ。でもそうしておいてくれることに感謝です。


「では、あのラーベン子爵の額に彫られた言葉は、君がやったのかね?」

「はい。何度も蹴られましたから、その復讐です」

 ラーベン子爵の額には『卑怯者がここで虚勢を張っているよ』と彫ってあげた。抵抗ができない人をなぶるような奴にはピッタリの言葉だと思う。


「いけなかったでしょうか?」

「いや、復讐なら仕方がないな……」

 領主様は苦笑していた。

 あの傷は簡単に消えないように深く彫ってあげた。額を全部焼くくらいの覚悟があれば火傷で消せるけどね。

 その覚悟があのラーベン子爵にあれば、やるかもね。ちなみに火傷を魔法で完治させるのはアウト。文字が彫られた状態で治るからね。ふひひひひ。


「今回の褒美については、後日渡すことになる。今はゆっくり休みたまえ。兵士に送らせるよ」

「いえ、一人で行けますから」

「遠慮することはない。君、この子を送ってやってくれ」

「はっ!」

 ドナドナドーナードーナー♪

 ランドーをつーれーてー♪

 パートツー!

 別に売られるわけではないけどね。そんな気分だっただけ。ジャックさんに連れられて、姉さんの嫁ぎ先に到着。ジャックさんにお礼を言って、中に入った。


 名主の家もかなり破壊されている。門や壁は結構酷い。

 家のほうもかなり荒されていて、家具などが倒されてたり破壊されたりしている。


 名主夫妻(シャナン姉さんの舅夫婦)はあの騒動の中で殺され、夫と二人の子供の行方はまだ分かってない。

 逃げ出した先で帝国兵がまだルークス村に陣取っていると思っているのかも……そうじゃないかもしれない。

 今は待つしかないようだ。


「アベル兄さんは?」

 姿が見えないよ。シャナン姉さんを放ってどこに行ったのさ? 遊びに行ったなんて言うなら、説教だからね。


「アベルなら寝ているわ。あの子も疲れていたのに、ランドーを背負うって聞かなかったのよ」

 そうか、兄さんも徹夜だったもんね。眠いよね。遊びに行ったと思ってごめん。


「夕食を支度するから、そこに座っていて。と言っても、碌な素材がないけどね」

 帝国兵に荒されて、食料や金目のものは盗まれてしまったから仕方ないよね。


 シャナン姉さんが夕食を作ってくれたから、アベル兄さんを起こそうとしたけど、まったく起きる気配がない。相当疲れていたんだと思い、起こすのは諦めて二人で食事をした。


 翌日、朝早くに母さんがやって来た。

 シャナン姉さんを抱きしめて無事を喜んだ後、僕とアベル兄さんはこんこんと説教された。母さんは泣いていた。すまない思いで、僕も泣いた……。


 それから二日後、シャナン姉さんの夫と二人の子供が死んだと、兵士の人が知らせてくれた。姉さんは見ていられないくらい憔悴し、泣き崩れた。

 甥と姪の二人は僕と会うことなく、短い生涯を閉じた。悲しくて、悔しい。


 帝国国民全員が悪いわけじゃないけど、帝国が許せない。

 僕はこの怒りをどうすればいいのだろうか。怒りを表面に出すのは得意ではない。やり返すにしても、甥たち二人と釣り合う命なんてない。釣り合う命がないんじゃ、十倍返しもできない。


「お墓を造ってあげないと……」

 シャナン姉さんが悲しみの底から這いずり出すような、悲哀のある声で言った。

「そうだね。見晴らしのよいところに造っておやり……」

 母さんはシャナン姉さんが心配でルークス村に残っていた。僕もアベル兄さんも残った。シャナン姉さんにかける言葉が見当たらない。

 怒りだけが僕の心の中に残った一件だった……。



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