ライアの戦争【8】









あれよあれよと、仲間であり、自分のファンである遠距離部隊の騎士達に流されるまま動いていたら、何故か『ツェーン様の歌声を聴くことの出来ない帝国兵達が不憫でなりませんッ!!』と訳の分からない理由で、飛行船の外(ゼクスとフュンフに護衛付き)でライブをする事になってしまったツェーンは、ビクビクと数分前の自分をぶん殴ってやりたいと後悔をしながら飛行船のテラスから上空へと飛び出す。



ツェーンの脳内に『お前らホントにツェーンのファンなのか!?ファンならこんな危険な場所に送り込むなよ!?普通なら死んでるぞ!?』と悪態をつきながらも、それを声に出す事は出来ずに弓矢と魔法が飛び交う戦場に身を浮かべる。



―――ビュゥゥンッ!!



「ひぃぃぃ!?」




下を向けば、敵軍の後方部隊と称される遠距離攻撃主体の騎士達が約500名程が盾を構えながらもこちらに攻撃を加えようと弓と魔法の照準をこちらに向けている。



―――ガツッ!!



「よっと!…別にそんな怯えなくても、自分で対処出来るでしょ?寧ろ怪我した所で≪変装≫で直せるし、最悪違う分身体に変わればいいんじゃないの?」



「べ、別に身体の怪我は良いんだよぉ!!!心の……これから、こんな大勢の前で歌う…?そんな公開処刑……じ、地獄ッ!!…公開処刑だけに…後悔……へ、へへへへ…」



ツェーンへ飛んできた魔法を護衛のゼクスが蹴り落としながら、怯えて使い物にならないツェーンへ諭すようにそう話しかけるが、どうやら魔法や矢に怯えている訳ではないらしく、これからやらなきゃいけないライブに対しての緊張が溢れすぎて、どんな些細な事であろうとビビってしまっているだけらしい。



そして、その緊張がツェーンの心を蝕んでいるのか、訳の分からない親父ギャグまで言い出し始め、ゼクスと近くで待機していたフュンフは『…もうこの子は駄目かもな…』と憐みの視線を向けるのであった。




「ツェーン様ぁ!!素敵ですーー!!」



「流石ツェーンちゃん!!こんな戦場の中でも光り輝く一番星ッ!!」



「「「「超絶無敵のアイドル!ツェーン様ぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」






「………なんだろう…ツェーンとしての役割が分身体の中で一番の貧乏くじだったんだなって今になってきちんと認識出来たかも…」




後ろで飛行船の中から戦場に響き渡る程の大声援を背中に受け、ゼクスとフュンフは“自分がツェーンに任命されなくてよかった”と心底安心してしまった。




『な、なんだなんだ?』



『王国の奴ら、いきなり攻撃が止んだと思ったら中から誰か出て来たぞ?』



『ん?『アイドルツェーン様』?もしや、あの飛行船から出て来た奴らの誰かが“アイドルツェーン”とか言う奴なのか?』



異変を感じれば、人間と言う生き物は思わず手を止めてしまう。



それが500人という大多数の人間であっても、場の流れと言うのは馬鹿には出来ず、王国と共に帝国軍の攻撃も一旦止まってしまう。



1人2人は攻撃を続けても可笑しくは無さそうな物なのだが、これもある意味アイドルのツェーンがこの場にいるから起きた奇跡なのか、誰一人として次の魔法も矢もつがえず、全員が空に浮かぶツェーン達の次の行動に注目する。




「はわわわわ……ど、どうしようゼクス君。みんなツェーンちゃんの事見てるよ!?」



「…とは言っても、もう引き返せない所まで来てるしなぁ……よし、ツェーン!よく聞くんだ!」



「ふぁぁ?」




大量の視線を受け、ツェーン程ではないにしろ、臆病な性格のフュンフもこの状況に慌て始める中、ゼクスはついにアホ面さえ晒し始めたツェーンに言い聞かせる様に声を掛ける。




「……ツェーン……歌を歌うんだ…歌でこの戦争を終わらせて見せるんだ!!」




「「……へ?」」




ツェーンとフュンフは思った。








『あ、こいつもパニックを起こし始めてるな?』と。



「……このままエマリアさんの部隊と帝国軍が戦闘を継続させていけば、必ず帝国軍に少なくない戦死者が生まれる……それを防ぐ為に、ツェーン…君の歌で奇跡を起こすんだ」



「ゼ、ゼクス…」



ゼクスの突拍子もない発言により、えずきと涙が一旦止まり、少しだけ冷静に思考が出来、ゼクスの言っている言葉の意味が理解する事が出来た。



「…頼む…ツェーンの暴走もあったとはいえ、折角誰も死なせずに戦争を終わらせる事が出来るかもしれないんだ……任せるぞ?」



「……はいぃ!!」



ツェーンの肩に手を置くゼクスの言葉に、力強くうなずくツェーン。



そして、それを一歩離れた所で見守るフュンフは笑みを浮かべながら、うんうんと頷く。




「じゃ、じゃ!行ってきます!」




ツェーンは1人、ライブ会場に向かうかのように晴れやかな表情でゼクス達から離れていく。




「……がんばれよ…ツェーン」

















「ゼクス…?普通にゼクスや他の人が分身体をツェーンの姿にして、ライブを代わりにやってあげればよかったのではないですか?」



「誰がやりたがるんだよ……それに、一回でも代わりを妥協したらあの子は今後もずっと『代わりにやって!』って言ってくるよ?」




ツェーンが去った後の2人の会話は自分に任された使命を全うすべく歩き出したツェーンの耳には入らなかった。










――――――――――

――――――――

――――――













下からは騒めき、後方…飛行船の方からは騒めきと言うより、ツェーンを応援する声が常に叫ばれている。




「―――ふぅぅ…ふん!」



―――パシンッ!




自分の気を引き締める為に頬を強めに叩く。



「いつつ……」



緊張は全く抜けてない。



抜けていない所か、気を抜けば飛行船に残してきた分身体の体に魂を移動させて、この場にいる分身体の体を消滅させ、全て無かった事にしたいと常に脳内では現実逃避案を模索し続けている。



だが、そんな弱気なツェーンにも引けない事情がある。



『自分の目の前で人を死なせない』




ツェーン達の本体であるライアの心の根幹とも言える思い、これはツェーンだけでなく、他の別人格達も同じく決めている目標…いや、この世界で我がままを通す為に決めた【覚悟】なのだ。



だから、今ツェーンに出来る事が在り、それをする事によって人を死なせずに済むのなら逃げ出す事なんて出来るはずもない。




「すぅぅ……はぁぁ……すぅぅぅ………はぁぁぁぁ……」




やれば出来る……私は出来る子なんだ。



何故なら、性格は違えど、私はライア本人と同じなのだから―――





「みーーーーなーーーーさーーーーーんッッッッッッッ!!!!!!!!」




戦場に不釣り合いな優しくも、柔らかく甘い女性らしい声をお腹から吐き出し、どこまでも届けと声を張る。




「私はぁぁ!!!絶対無敵のぉぉ!!!アイドルッッ!!!!」




味方はともかく、敵でさえ口を開いたまま、自分達の上空にいるツェーンへと視線を向けてしまう。




「“歌姫”ツェーンですッ!!聞いてください!!私の歌を……私の【覚悟】をッ!!」












のちに語り継がれる歴史書にこの日の出来事は記され、のちのアイドル時代では伝説とも言えるライブを成功させたアイドルツェーンの名は、誰もが知る伝説のアイドルとして知られるのであった。








「…うっプ……げろろろろろろろろろろ…」





……そして、世界初の【ゲロイン】の称号も与えられた愛すべきアイドルとしても知られて行くのであった。








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