ライアの戦争【7】












――ツェーンが上空でゲロリンする約5分前。







「えぐ…おえぇ…ひっぐ……」



「う~ん……これでライア本体の悪印象は無くなるかもだけど、これはこれで【アイドルのツェーン】としての顔に泥を塗っているような…」




結局、ゼクスの強制によりツェーンは“ピンク髪のツインテールの【アイドル】ツェーンの姿”に≪変装≫をさせたのだが、結局号泣している事実が変わる訳ではないので、ライア本体の噂や悪評はたたなくなったかもしれないが、アイドルツェーンの醜態をさらしてしまう事に今さらながら気が付くゼクス。



「…よ、よ~しよし…辛かったねぇ~?」



「フ”ュン”フ”~…」




先程までツェーンに対して合掌を向けていたフュンフが余りに泣き止まないツェーンをなだめる為に抱きしめ、背中をとんとんと優しく叩く。



「……これほどまでに泣き虫になるなんて……ツェーンの元となった人間はどれだけ精神が幼い人間だったんだ…?一応は帝国の騎士団に所属していたはずだよね…」



ゼクス達は王国に攻めてきた巨人100体の元となった人間の【魂の残骸】を利用して作られた別人格。



アインスが戦闘狂の気があり、フィーアの様に少しだけ下ネタ好きな性格なのもその【魂の残骸】を生み出した元となった人間の性格が影響をしているはずなのだ。



つまり、少なくともあの巨人100体の中に『泣き虫でビビりで臆病な女騎士』が居た事になる。



「……よく帝国で生きて来れたね…」



ゼクスは奴隷制度を採用している帝国においてこのツェーンの元となった女性が真面に生きて来れた奇跡に思わず感動の念を抱くのだった。






――――ガンッ!ガンガンッ!!




「――ひぃぃ!?」



「ん…結構当てられるね」



地上の敵が放つ矢や魔法は意外にも命中率が高いらしく、飛行船の外壁へ攻撃が当たる音が頻繁に聞こえてくる。




「わぁぁ!?」



「―――っとと……大丈夫?」




飛行船に当たるという事は、もちろん遠距離部隊の人達にも攻撃が当たる可能性があるという訳で、すでに数回、ゼクスの操る分身体が遠距離部隊の騎士達に当たりそうになった攻撃を防いでいる。



「あ、ありがとうございます……ん?」



「いえいえ~。がんばってくださいね」



ゼクスにお礼を述べる騎士にのほほんとした顔で返事を返すが、先程までライアの顔で護衛していたためにゼクスの姿に変貌した分身体に疑問の表情を浮かべる騎士達。



「あ、貴方は…インクリース殿の?……って…ツェーン様!!??」



「…ふぇ…?」



ゼクスの変貌に疑問視を浮かべながらも、ライアの分身体なのには変わりないのかと後ろで待機していたゼクス達(魂持ち)へ助けられた騎士が目を向けると、驚きと歓喜の感情を湧きあがらせながら、泣きじゃくるツェーンの前に駆け寄ってくる。



「あ、あのあの……自分!ツェーン様のライブを見て、めちゃくちゃファンになりました!!え?嘘なんでこんな時にツェーン様が…あ、いや!そんな事より…あ…ああ…握手ッ!!握手してくださいませんか!?」



「は……ハクシュ…?あ、握手…?」



いきなりの事に先程まで流れる滝の様に流していた涙が止まりつつ、思考が追い付いていないツェーンが、恐る恐ると手を前に差し出すと、騎士の男が凄まじい勢いでツェーンの両手を握り返す。




「あ、ありがとうございます!!一生手は洗いません!!!」




手を握られても未だ脳が追い付かないツェーンの表情は???状態であり、周りで見ていたゼクスとフュンフもツェーンファンの騎士のあまりの行動力に唖然と言った表情である。




「―――おいッ!ファン!!一体何さぼって……ツ、ツツツツツツツェーンちゃん!?!?」



「なに!?ツェーンちゃんだと!?」



「キャーーツェーン様よぉ!!?」




瞬く間に伝染していくツェーンの呼び声。



余りライア達は知りはしなかったが、王都で定期的にツェーンのライブが開催される関係で、王国騎士団の中でかなりの割合でツェーンファンの騎士が居るらしい。



なんでも、ツェーンのライブで警備依頼を出す際にはその仕事を奪い合う程の盛況ぶりで、ツェーンの影響力は馬鹿に出来ない物であったらしい。



「あ、あの……すいませ……私ツェーンじゃなくt「ツェーン様ッ!!」ひぃぃぃ!?」




自分はアイドルのツェーンではないと主張しようにも、すでに騎士達は興奮状態であり、今さら否定した所で信じてもらえるかわからないし、何よりツェーンを呼ぶ声に一部狂気じみた声が混ざっており、もしツェーンじゃないと言えば『ツェーン様の偽物に成りすましただと!?万死ッ!』と言われるのではないかとビビりのツェーンは考える。



「…………や、やっほぉ!!みんなのアイドル、ツェーンだよぉぉ!?今日は、みんなの無事を祈ってぇ出張ライブを開催しに来たんだー!!」



「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」



考えた末に、ビビりで泣き虫で、テンパったツェーンが導き出した答えは正しく自滅への道。



ツェーンを演じる為にツェーンが言いそうな事を咄嗟に口にしたが故の引き戻せない選択肢。




「な、何事ですか…?いきなりみんなが騒ぎ出して…?」



「あ、エマリアさん……すいません。ちょっとこちらの配慮が足りなかったのか、少し騒ぎになっちゃいまして…」



「えっと…?どういう…?……え、ツェーンさん…?」



騒ぎを聞きつけたエマリアもやってくるが、どうやらエマリアもツェーンの事は知っていたらしく、ある程度この騒ぎの原因が理解出来たらしく、呆れながらもしょうがなさそうに苦笑いを浮かべる。





「……あいつ…大丈夫か…?」



「はわわわわわわわ……」




既に退路が断たれ、思考が追い付いていないはずのツェーンもすでにヤケクソなのか、涙をぷっくりと瞳に溜めつつ、大きな声で宣言する。




「わ、私の歌を聴けぇぇぇぇぇぇ……うっプ……」






ゲロリンまで……約1分……。











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