帝都戦【2】









―――――ドルトンside




“凄まじい”



今、私や他の騎士達の補助に回ってくれているインクリース殿の力により、私達は帝国の中心…帝都にある皇帝が住まう王宮の中に潜入する事が出来ている。



「……ん?……ふあぁぁ……」



「………」




王宮内に潜入している私とインクリース殿が居る方向に何か違和感でも感じたのか騎士がちらりとこちらを一瞬伺うが、一切私達に気が付く事なく、暇な警備任務に飽きていたのか欠伸をかいている。



なんとも不思議な感覚だが、今私達の姿は他の人間達には見えない様に魔法が掛けられているらしく、インクリース殿曰く『声や物音、それに匂いとかは隠せませんが、身体や物なんかは見えない様になっています』なんだとか。



はっきり言って、潜入任務として、これほど有能な魔法は無いだろうし、それに付け加えてインクリース殿は≪分体≫で10人以上の自分を操り、潜入組全員にその魔法を施せるほどの規格外な存在だ。



これでワイバーンを単騎で討伐出来るほどの実力者だというのだから、まさしく“凄まじい”という言葉しか浮かばない。




「(……ドルトンさん、こちらが軍事施設の…)」



「(作戦本部…だったかな?よし、軍部とやらに向かった部下達の準備が出来次第、奇襲をかける。向こうとの連絡は随時聞かせてくれ)」



「(了解しました)」




他の別行動中の部下達との連絡も素早くこなせ、お互いの位置情報や資料室などで手に入れた情報を入手したタイミングで共有してくれる頼もしい姿に、立場を忘れて『騎士団に来てくれ』と懇願してしまいそうになる。



「(……大規模な魔物討伐作戦などで、インクリース殿が居てくれればかなり楽になるのだがなぁ…)」



「(あはは……めぐり合わせが悪くなければ参加させていただきますね…)」




いや、してしまいそうというか、殆ど言っているようなものかもしれない。



帝国への道程の中で、最近国家事業の一部として極秘裏として扱われている【重力属性】の魔道具?を使っての快適な空の移動。



日が落ち、野営の準備の際は、異様な程手際良く食事(干し肉などの携帯食ではなく)を作ってくれるし、土魔法で魔物の襲撃を抑制する簡易の防壁を作成してくれて、かなり楽……というか我々のした事と言えば、野営の際の見張りを少しした程度なので、寧ろ疲れる事などありはしなかったのだ。



ぶっちゃけて言えば、野営3日目にはすでに『騎士団に入る気は無いのか?』と遠回しに聞いていた気がする。



「(……空を飛んでいる間、インクリース殿に抱きかかえられていたが……その時も異様に良い匂いがして、色々と困ったものだ……あれで男性というのだから世の中間違っているな)」



「……?」




ちらりとインクリース殿の顔を見ながら、ついそんな事を考えてしまう。



野営の際に出る食事と空の旅で密着する包容力とでも言えばいいのか……部下の中には変にこじらせて、インクリース殿の事を『奥様』と呼び出す者もいて、魔性の魅力というのはこういう事かと思い知らされたものだ。



まぁ私は妻もいるのだし?男性と分かっているインクリース殿に邪な考えを過らせるような事はなかったがな?



ちなみに、インクリース殿の事を『奥様……人妻ッ!』と呟いていた部下には騎士全員で気絶させ、何とか正気に戻す事には成功している。




「……(大丈夫ですかドルトンさん?)」



「(ん?あ、いや何でもない……少し考え事をしていただけだ)」




おっと危ない危ない……少しインクリース殿の顔を見つめながら考え事に没頭しすぎた所為で、インクリース殿に心配されてしまったな。



もうすぐ作戦実行だというのに……気を引き締めなければな。



「(ふぅ……インクリース殿?もうそろそろ他の者達の準備は完了しそうか?)」



「(あ、えっと……)」



気合を入れなおし、思考をクリアにした私は、改めてインクリース殿にそう確認を入れると妙に困り気味な表情で言葉を詰まらせる。



「(ど、どうした?まさか誰かがやられでもしたのか!?)」




「(……そのぉ……巡回兵の目から隠れるべく、近くのタンスに隠れた時に鼻を打ったみたいで、騎士のお一人の鼻血が止まらず……何故か私が処置しようと近づくのを拒まれて、時間が……)」




……魔性かぁ……。



多分、実際には鼻を打ったのではなく、タンスの中でくっつき過ぎたせいだろうなぁ…。



「(……そうか……出来ればその部下には近づかずに放置してくれると助かる……余り部下が可笑しくなられるのも困るからな)」



「(可笑しくなるんですかッ!?)」



私は決して……決してインクリース殿に負けぬように鋼の心を持とうと強く決心をするのであった。











―――――――――――

――――――――

―――――









おまけ。









「だ、大丈夫ですか!?すごい鼻血が……上を向いて鼻を軽く押さえてください!今私が……」



「い、いやインクリース子爵!!い、今は動かないでくれないだろうか!?今身動きをされると色々と困る位置に私の腰があるのです!」



「何を言ってるんですか!早く血を止めないと作戦も遅れますし、何よりこんなに大量の鼻血を流してたら貴方が大変ですよ!!ほら早く上を向いてください!」



「あ、ちょッ!?近づいたら腰がッ!!腰がぁぁぁッ!!!(あ、めちゃくちゃ肌柔らかい……)」





隠れたタンスの中で縺れ合う男女(男男?)。



顔を上に向ければ、引っ込めた腰を突き出さなければいけない状況で、頑なに顔を上に向けない騎士の鋼の精神に、後日ドルトンに『よく我慢した』と称賛されたのは、その騎士にとって勲章を授与される事よりも名誉な事に感じる言葉だったとかなんとか…。












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