北側の戦い【1】









――――――――バグラス砦side




「国民の殆どが催眠状態……ですか?」



「あぁ、どうやらその可能性が結構あるらしくてね……リンは心当たりとか無い?」



南で戦闘が開始される中、未だ北側には敵影の姿は見えず、バグラス砦のライア達用に用意された宿で待機しているタイミングで、リンと二人きりになるタイミングがあったので、催眠という状態に心当たりはないか聞いてみる。



リンは元々、帝国民の血を持たない異民族の奴隷が生んだ子だとは聞いていたが、生まれてからずっと帝国で住んでいたのだからリンにもどこかのタイミングで催眠がかけられているのかもと心配になったのだ。




「……催眠状態…というのはわかりませんけど……帝国を出て王国に来てからは帝国の不自然さに気が付きますし、今でも奴隷時代の感覚がよみがえりそうにはなりますけど、帝国が正しいとは全く思いませんよ?」



「悪徳貴族の国益を損なわない行動についてはどう思う?」



「えっと……ごめんなさい…あんまり難しい話はよく分からないです……」



「あ、ごめんごめん…そりゃ政治関係は知らないよね…」




当たり前の事だが、リンはまだ子供と言っていい年齢だし、何より教育を満足に受ける事なく奴隷として過ごしていた子なのだ。



いきなり貴族が自分の利益を優先する理由やら税金やらの話をしてもわかる訳はない。



リンは申し訳なさそうに落ち込む姿を見て、ライアも一緒に申し訳ない気持ちになってしまう。




「ま、まぁ印象的にはリンは正常に見えるし、問題は無さそうだね」



「そうですね……知らない間に自分が変えられてた。なんて怖いですから」



人の思いを踏みにじる事が容易に出来てしまう≪催眠≫とやらがあるのだとすれば、恐怖でしかない。



そんな考えがリンの脳内を過っているのか、若干リンの表情が強張っている。




「リク……」



……違う。



彼女の脳内で心配で溢れかえっているのは、自分の大事な家族であるリクがその催眠の力の餌食になっていないかの心配の気持ちであった。



リンは、自分の家族とも言える弟とはぐれ、一人この異国の王国にやってきて既に数か月。



やっと弟を救い出せるとここにやってきて『帝国民は≪催眠≫を掛けられている』と言われれば、余計に心配するのも無理はないだろう。



「リン……ッ!……来たか…」



「ライア様…?」



―――ピィィィィッ!!



『敵襲ッ!敵襲ッ!!』



砦に鳴り響く警笛の音と共に、ついにやってきた敵の知らせがライア達の耳に届く。




「リン……行こう」



「……はいッ!」





――――――――――――

――――――――――

――――――――









「エーリヒさん!」



「来たか…ライア殿達はこれで全員であるな?」



この間エーリヒと初めて出会った倉庫のような建物の中の作戦本部にライア、パテル、リン、プエリの4人が集まった事を確認したエーリヒは、現在わかっている情報を共有すべく話始める。



「現在確認されている帝国軍は、バグラス砦より東方面……弓兵の矢や魔法の届かない遠方に陣地を築き、こちらと睨み合い状態になっている」



帝国軍はいきなり攻めてくるという事はせず、離れた位置からこちらを威嚇でもするように陣地を構築し、分身体やバグラス騎士団が配置されている砦の高台には異様な緊張感が流れている。



「……そして、異様な事ではあるが…我が騎士団が確認出来るだけで、帝国軍の戦力は精々……100人程だ」



「「100人…?」」



「少ないねー?なんでだろ?」





元々、バグラス砦は帝国が王国に攻める際に邪魔になる位置に存在する不落の砦である。



ただ、攻める時に邪魔になるといっても、ある程度山道や獣道、それに少し遠回りをすれば王都へ直接向かう道は存在する。



なので、食糧問題や王都を攻め落とした後に王都を奪還しに動いてくるバグラス砦や周辺の街の後始末を考えないのであれば、王都に攻め込む事自体は可能なのである。



「……恐らく、敵が少ない戦力なのは、目的が王都アンファングだから……多分、他の帝国軍は遠回りしながら王都に進軍をしてる」



「そうだな…確かにライア殿の言う可能性が高いが、もしそうなのであれば、王都を攻め落とした後の後始末をどうするつもりなのかがわからん」



「後始末?」



プエリがどういう事?と首を傾げ、リンもよくわからなかったのか同じようにこちらに疑問の目線を送ってくる。



「単純に考えれば、王都を攻め落とせたとしても、戦争はそこで終わらない。寧ろ、私達バグラス砦の騎士達やリールトンの街、ヒンメルの町のみんなだって、帝国の手に落ちるのなんて嫌だって、王都の街を奪還しようと動くでしょ?」



「「うん」」



まぁ前世の戦争を考えれば、王都を落とされた時点でその国は負けなのは確実だが、そう簡単に戦争が終わるのなら歴史の教科書はもっと薄く、簡素な物になっていただろう。



戦争はある意味経済的に起こる物も存在するが、本質は物欲や嫉妬、恨みと言った人間の感情が根本の悪しき風習だ。



「なのに、帝国への逃げ道……もしくは王都の国王陛下や王都の民衆の逃げ場所であるバグラス砦を放っておけば、余計に王国側は奪還に力を入れてしまう……つまり、バグラス砦やリールトンの街がある限り、王国は帝国にやり返すチャンスがあるって事」



「そうなのライ姉ちゃん?」



「……なんとなく……わかったような気がします?」



説明が難しく、上手く伝えられていないとわかっているライアは、困り顔で「え~と…」と言葉を詰まらせる。




「あまり難しく考えなくていいさ。バグラス砦、リールトンの街、王都アンファング……それに一応ヒンメルの町もか?その4つの内、どれかでも残ってればこの戦争はまだ負けてないって考えで十分だ」



「もちろん、王家の人間が逃げていればもっと負けは無いがな」とエーリヒの言葉にプエリとリンは考える事の少ない答えに満足したのか「わかった!」と元気に返事を返す。



「とまぁそんな感じだから、本来なら帝国はバグラス砦を落としておかないと戦争を勝ち切る事が出来ないはずなんだよ……仮に王都を攻め落として、すぐに帝国に逃げ帰るのなら、出来なくはないのかもしれないけど、それじゃただ王国に嫌がらせをしに来ただけになって意味がない」



「意味が無い事はないが……王族を仮に殺されたとしてもそれで国が終わるわけではないからな……もちろん、殺させるつもりもないし、王都に居る騎士達がそのような暴挙を許すはずもないが」




ならば、帝国のしたい事は何か?目的は?と考えれば、考えられる選択肢は3つ。



(1つ目は王族…並びに王都を攻め落として一時的にも国に混乱を与える事…)



これは、先ほども言ったように、帝国にとっての利益が殆ど無く、精々が嫌がらせ程度の意味しかない。



(2つ目は……あの100人全員が、巨人化して攻めてくる可能性)




はっきり言って、ライアはこれが正解なのでは?と思っているし、100人全員が巨人化するのであれば、先ほど言ったバグラス砦を放置するのではなく、きちんと攻め落とす為の戦力は十分にあると考えられる。



寧ろ、巨人化しない戦力をここに連れて来た所で、巨人化した仲間に踏みつぶされる可能性も十分にあるのだから、少数のみここに来ている事への理由付けにはピッタリだ。



(俺の予想は2だけど……それより厄介な可能性だった場合は…)



選択肢…3つ目。




――――――ドガァァァァァァァンッッ!!!




「な、なんだッ!?爆発!?」




……巨人化ではない別の秘密兵器の存在……それがある故に、たったの100人でと判断された可能性。




「―――敵の攻撃ですッ!今も一撃で、防壁に穴が開きましたッ!!」



倉庫の外から駆け込んできた兵士が告げた内容にエーリヒ達騎士団の面々は「攻めて来たか」と重苦しい表情を浮かべる。



「……すごいね」



「_?どうしたのライ姉ちゃん?」




ライアは思わず、驚きの感情と武者震いによって口角を上げながら独り言ちる。




「……今のは魔法……それも俺の大魔法と同程度の威力はある物だった……それを…」








“たったの一人で発動させた”







ライアはどうやら正解は3だったのかなと思いながら、強者の存在をどう対処すべきかを頭の中でフル回転させるのであった。








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