南側の戦い【4】











――――ドルンside





街を出た時に持ってきた片手剣、奴隷商館の倉庫に仕舞ってあった古臭い剣をフェイントを混ぜ込みながら目の前の男に切りかかる。



……躱される…。



躱した先に踏み込んだ足とは別の足で男のバランスを崩す為に蹴りを叩き込む。



……流される…。



剣を振るって、前のめりなった所で片足を流された事によって、身体が前方向にバランスを崩し、隙だらけ状態になり相手の攻撃が飛んで来ると急いで回避行動に移る。



……そもそも攻撃が飛んで来ない…。





「……って舐めてんのかコラッ!?今ぜってぇ俺をヤれただろ!?」



「えぇ!?そこで怒るの!?確かにヤれたけど…」



「さっきから何度も何度も見逃されたら流石にイラっと来るわッ!俺だけガチみたいでハズイじゃん!?」



先程からこの王国からのスパイであるインクと数分間、同じような事が繰り返されているのだが、如何せんこのインクという男は俺を殺す気が一切ないらしい。



こちらは死に物狂いでこの裏切り者の元親友(ドルンはそう思っている)に剣を向けているというのに、相手はこちらの足止め程度しかして来ず、なんなら怪我をしないように気を使われている気すらする。



「大体てめぇどんだけつえぇんだよ!?絶対金稼ぎで奴隷商館に出入りしなくても稼げたタイプじゃねぇか!?」



「いや、まぁそうだけど……奴隷に関しての情報を集めたかったし……何より俺はスカウトされたからなんだけど」



「俺かぁー!!」




インクの言葉に『こいつを引き込んだの俺じゃん…』という人を見る目だけは誰にも負けないと思っていた自分に異様な程の羞恥の感情が芽生える。




「……というか、それならドルンだってここまで戦えるなんて聞いてないぞ?さっきのアイン達……騎士3人はウチの陣営の中でもかなりの手練れのはずなんだが?」



「あぁ?そんなのある程度鍛えてりゃこんくらいにはなんだろ?」



「……一応、あの3人でワイバーンを狩れるだけの実力はあるんだが…」



「ワイバーンってそりゃ誇張し過ぎだろ?俺なんてワイバーンに出会ったら3秒で死ぬ自信しかねぇよ」



俺の力は精々“ちょっと鍛えた一般市民と同じ”くらいでしかない。



何か特別な訓練とかはしてないし、ただ“普通の生活をしている上で身に着いた”物だ。



「……何を隠してる?」



「は?何が?」



「仮に帝国の人間が全員、ある程度鍛える程度でそれだけの実力が付くのなら帝国はとっくの昔に王国を攻め滅ぼせてる……俺がお前に奴隷商館連れて来られた日からお前が何かしら訓練や魔物退治に出掛けるような所は見た事が無い……もちろんお前の行動すべてを知ってる訳じゃないが」



「あぁ?別にそんな面倒な事やってねぇよ」



「だとすれば俺と出会う前に、お前はその力を身につけていた事になる……冒険者にしてはフェイントの入れ方が対人に向けだし、暗殺者や裏の仕事をしている者にしては剣が真っすぐ過ぎる」




……言われてみれば、俺の剣はものだ?俺は生まれてこの方、一般家庭で育って、青春真っ盛りの時期にグレて今の生活をしているただのゴロツキだ。



……どうして俺は剣を使えてるんだ…?いや、それは今まで日常的に行っていた訓練の成果で………?




「ぐ…なんだ?…クソッ…あったまいてぇ…」



「ドルン……お前、もしかして兵士…いや、騎士だったのか?」



「俺が…騎士…?……ぐあぁ!?」




違う……俺はただのゴロツキ…。



ただただ平和な生活を享受する一般帝国民だ…。



『違う』




「あ、頭がッ!?」



「ドルン!?」




自分の頭の中に、まるで自分とは似ても似つかない『自分の声』が鳴り響くと共に、今までに感じた事が無い様な痛みの頭痛が走る。




(なんだ!?なんだってこんなに頭がいてぇ!?なんだってこんな……湧いてくる!?)




『早く』



なんだ?



『早く』



だから何だってんだ!?



















『俺は……家族を奪われたッ!!』



「……姉……さん…」



意識が、記憶が、湯水のように溢れて来て、今まで忘れていた事を……いや、事を思い出す。



俺は…ドルン・モートベット……元帝国騎士団の副団長をしていた男で…帝国に、に全てを奪われた惨めな男。



「ドルン?だ、大丈夫か…?」



「……思い出した」



「は?」




日常を謳歌していた?違う。そう思う様に操作されていただけ。



日々の生活で勝手に強くなる?な訳が無い。俺は血も滲む様な訓練をしていた。



王国はクソ?……今の帝国の方がよほどクソだッ!!




「インク……俺に…手を貸してくれ」



「は?いや、一体何を…」



インクはこちらを心配そうに見つめて来るが、別に頭の痛みでおかしくなった訳じゃないので、それが伝わる様に再び口を開く。




「俺は帝国が憎い」



「へ?」



俺の言葉にインクが『訳が分からない』と言った表情を浮かべる。



それはそうだろう…先程まで、帝国軍である志願兵部隊を必死に逃がそうと殿を務めようとしていた男が、いきなり『帝国が憎い』と言われれば、頭を打ったのかと心配になるだろう。



だが、それもこれも全て、あの男の所為なのだ。




「俺は、数年前に両親を殺され、最も大事な姉を奪われた……ヴァハーリヒ帝国宰相ケドローモンドに」



そうだ、あの男が姉のコリンをただ『可愛いじゃないか、貰うぞ?』と奪っていき、その際に姉が抵抗して見せれば両親を殺し『次逆らえばお前の弟も殺すぞ?』と俺達を虫けらのように扱った。



「……どういう事だ?」



俺が適当な事を言ったり、頭がおかしくなった訳じゃ無さそうとインクが気が付いたのか、真剣な顔でそう尋ねて来る。





「ケドローモンドは、≪催眠≫のスキルで反乱分子を無理矢理自分の駒として扱っている……もちろん、皇帝陛下でさえも」




俺は確かに見た……両親の敵を取る為、何より奪われた姐コリンを救う為に帝国騎士団副団長の地位を投げ捨て、宰相と皇帝陛下が居る玉の間へ押入った日……皇帝陛下がケドローモンドに傅く姿を……そして、俺自身も記憶を消され、面白半分にと平民達が暮らす街に放りだされたのだ。





「頼むインク……姉を救いたい……帝国を牛耳るあの悪魔を討たせてくれッ!!」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る