南側の戦い【2】
帝国軍はすぐさま隊列を組みなおし、リールトンの街へと進軍を開始する。
兵達の士気はそれほど高いとは言えないが、怒りを原動力として踏み出す歩みは心なしか力強い気がする。
「敵が逃げ込んだ先であろう街はもう目と鼻の先だ!くれぐれも先走って弓兵の餌食にはなるなよッ!」
「「「はッ」」」
兵士約50名、志願兵約300名……その殆どがリールトンの街に牙を向こうと躍起になっているが、その者達を見つめるインクの目は冷たい。
それから数十分ほど進んだ頃、ついに帝国軍はリールトンの街を目視できる位置まで進軍し、一旦弓兵の弓を警戒して、進軍を停止させる。
「……目標を視認……全体止まれッ!!すでに相手には気づかれている。防壁上の弓兵からの矢に注意しろ!」
「隊長!防壁の上に人が…」
隊長の号令を聞いて足を止める帝国軍を確認すると、リールトンの街の防壁の上に弓兵と護衛の騎士を連れたアイゼルが顔を覗かし、口上を上げる。
『…私はこのリールトンの街を任されているアイゼル・ロー・リールトンである。貴殿らは帝国からの侵入者なのはすでに把握している……何故我が国に攻め入る?』
アイゼルの声は魔道具の力で増音された機械的な物がインクの耳に届き、そして帝国軍全体にも響き渡る。
「…私はこの軍を預かるボンドブであるッ!アイゼルとやら、何故と説いたが貴様は自分の欲しいものが目の前に安売りしていたら買わないのか?」
『…帝国がしているのは売買ではなく、ただの略奪……貴殿と同じように言うのなら、帝国は売り物を勝手に盗むコソ泥という事になるが?』
「戦争という安い料金で買い占めている事を窃盗と思うのならば、もう少し国の値段を上げる事だな!我々からすれば【どうぞ買ってくれ】と言われているようなものだ」
安売り=簡単に攻め落とせると言いたいのかもしれないが、どの道窃盗である事には変わらないと思うが、隊長のボンドブからすれば戦争をしているだけきちんと“買っている”という認識らしく、アイゼルとの話し合いは全く意味をなさない。
ライア個人としては、「じゃぁ帝国にとって窃盗するというのはどういう状態なの?」と質問を投げかけてみたかったが、恐らく「帝国の物を盗んだら窃盗だ」とでも言うんじゃないかと予想できてしまう。
どの道、話が好転する事を期待して対話している訳でもないので、ライアはアイゼル達が会話している隙にアイン達騎士団を帝国軍の背後へ移動を開始させる。
『……アイン達は敵にバレない様に背後に回りつつ、いつでも攻撃を行えるように準備……ラー!』
『ここに』
アイン達はライアの指示ですぐに動き出し、その後ろで待機してもらっていたハルピュイア3姉妹の長女に声をかける。
『今回はローション……粘液爆弾は一旦使わないけど、ラー達には敵兵がどこからか逃げ出さないかを見張っていてほしい。もしも何人か帝国兵が逃げ出せば、後々盗賊にでもなられても面倒だからね』
『了解した…リー、ルー』
『『ハーイ!』』
ハルピュイアの象徴でもある大きな翼を広げ、リールトンの街の遥か上空まで一気に飛翔するラー達を見届け、インクの視界に意識を戻す。
「―――これだから王国は下等なのだ!話が全く通じない……王国の人間はもしや魔物の類なのではないか?」
『そう思うのならば勝手にそう解釈してくれて構わないよ……端から貴殿ら帝国と分かり合えるとは一切思ってはいない』
流石のアイゼルでも、帝国の人間相手に話を合わせるのは堪えるのか、すでに話し合いが終わり、今すぐにでも戦闘が開始されそうな程の殺気が戦場を満たす。
「ええぇい!無意味な時間を過ごしたわッ!!総員!人の価値観すら忘れた哀れな魔物どもを蹴散らせッー!!」
「「「「おぉぉぉぉ!!!」」」」
アイゼルとの話し合いもいい加減面倒になったらしい隊長ボンドブが部隊に突撃の号令をかけると、待ってました!と言わんばかりに志願兵や兵士達が我先にと走り出し、リールトンの街を攻め落とそうと動き出す。
意外にも、ボンドブの注意を覚えているのか、盾のある者は頭上に構えて弓兵の矢を警戒している辺り、妙な小賢しさを感じるが…。
『……今だッ!』
――――アース…クエイクッ!!
「「「わぁッ!?」」」
そんな小賢しさを無に帰すかのように、防壁の裏に隠れていたライアの分身体が放った魔法の地割れが帝国兵達の足元を崩し、隊列を崩す。
「…敵の陣形が崩れたッ!今が好機!態勢を整えられる前に打って出るぞッ!!」
「「「「了解ですッ!!」」」」
そして、その隙を見逃さずにすかさず攻勢に打って出てくれるのはアイゼルお抱えの騎士団達。
騎士団長のキルズ・ワーカーの声と共に、一気に駆け出す姿に、隊列を崩したばかりの帝国軍は混乱するばかりだ。
「くっ!?卑怯な真似を……一旦下がって態勢を整え……「ぐわぁぁ!?」なんだ!?」
―――ドコンッ!!
「――ふはははは!!そう簡単に下がれると思わぬ事だッ!おぬし等はすでにわっちらの偉大なる主君の掌の上ッ!!大人しくお縄につけぇい!!」
「我ら、ご主人様の盾となり、剣となり、椅子となる忠実なインクリース子爵家騎士団ッ!!」
「………はぁ……大人しく投降しろ」
「なぁ!?」
前方から押し寄せる軍勢に一旦後方へ逃げようと考えたボンドブの目に、妙にポーズを決めた3人(1人は嫌そう?)が帝国兵の退路を塞ぐように立ちふさがっている。
それに、よく目を凝らせば、3人のさらに後ろには数十人規模の騎士達が待機しているのも見えるので、ボンドブは挟み撃ちにされたのだと理解する。
「……くそッ!!」
―――ダンッ!!
未だ王国兵に捕まるものかと暴れまわる兵士達が大勢いる中、ボンドブは『王国の奴らにハメられた!!』と冷静に状況を整理したことにより、自分達はこのまま負けてしまうのだと悟り、魔法によって地割れした地面を殴りつけるのであった。
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