実験室に漂う日常の空気









―――――ヒンメルの町side





「……ここの構想が、もう少し…」



「おぉ…これは色々と使えそうなのですよ!」



各街々での準備が進む中、帝国が動き出すまで後何日も無い程に迫った頃、ライア本体は特に何かをするでもなく、リネットと一緒に研究室に篭る毎日。



もちろん、ライアの作りだした分身体達は戦争に向けて、各々が準備万端と言えるだけの備えをして行っているが、それを感じさせない位に実験室の中はいつもと同じ平穏な毎日を感じさせる雰囲気が流れている。



「よっ…と、これで大丈夫なのですかね……ライア!そっちは大丈夫そうなのです?」



「はーい!粘液属性の魔石を小型化した魔道具で量産出来るような構造は出来ましたし、後は効果の持続時間を調べたりすればこっちは終わりですね」



「なら早速試すのですよ!名付けて【敵兵の身動きを取れなくするネバネバ君試作機3号】なのですよ!!」



いや、意外に、戦争の事を考えている発明をしているようなので、和やかな平穏と同じ空気感では無いのかも知れないが、ライアとリネットの顔には戦争を思わせる不安げな表情や張り詰めた緊迫感のある空気は感じないので、いつも通りの空気感である事には変わりはないと言い直した方がいいか。



まぁそんなどうでも良い事はいいのだが、今ライア達が作っているのはリネットの名付けたヘンテコな名前の通り、帝国兵の身動きを封じるために開発された対帝国兵用のローション爆弾である。



前回、へベルベール達との戦いで使用された上空からローションの様なネバネバを散布する魔道具を改良を重ね、敵兵一人一人を狙い撃ち出来るようにした代物を開発したのである。



と言っても、この魔道具が実際に使われる事があるのかは不明な為、ライア達のただの自己満足で終わる可能性もあるが…。






「……ライアはこのまま、此処に残ってくれるのですよね?」



「え?……あぁ、俺本体がって事ですか?それはもちろんそうですよ。ここにはリネットさんや両親、それ以外の大事な家族達が居るんですから」





リネットの言葉は、別にライアがこのヒンメルの町を捨てて、王都でも別の街でも遠くに行くとかの話ではなく、戦争が始まってライア本体がこの町を出て戦いに行くのか?という意図の質問だと気が付いたライアはあっけらかんとそう言い放つ。




実際、ライア本人は分身体と同じ事が出来ると言っても、傷が出来れば分身体とはくらべものにならない程の痛みが襲って来るし、何よりライアが死んでしまう可能性がある以上ライア本体は安全な場所に居るべきなのだ。



その事はリネットも知っているはずなのに、何故に今更になってそのような事を聞いたのかと不思議に感じてしまうライア。



「……どうか、したんですか?何か不安な事でもありましたか?」



「……別に、何かがあった訳じゃないのですよ?ただ、すごく変に胸がざわつくというか、変に不安に思ってしまうのですよ……もしかして、これが俗にいうマリッジブルーとか言う奴なのです?」



「……えっと、どうなんでしょう?どちらかと言えば、マリッジというより、マタニティブルー…とかじゃないですか?妊娠中ですし」



ツッコミ所そこ?と自分でも不思議に思ってしまうが、リネットの不安げな様子など、今までで見た事が無かったライアは、案外弱気になっているリネットの表情に動揺をしているらしい。



「……不安な気持ちにさせてしまっている現状をどうにかしてあげたいですが……いくら俺が『絶対に危険な事はしない』と約束しても、そう言った不安は無くならない物です」



「……?ライアは基本的に約束は守るタイプなので、そう約束してくれたら安心できると思うのですよ?」



「………」



研究バカである意味空気を読む事に関して、不得意に思えるリネット相手に、ロマンチックな言い回しを選択した俺の方が悪いのかも知れないと自分を律し、ライアは己の心に浮かぶ『そこは頷いてよ…』という自分よがりな言葉をグッと飲み込む。



「……まぁ確かに、約束は守りますし、俺も危険な事をしたくは無いですから……俺が無理をしても皆が喜ばないのは分かっているつもりですからね」



前世では自己犠牲は美徳と考えられると同時に、他者の心を考えない自己中心的な思想と考えられる場合があったが、ライアは後者のタイプの考え方を持つ。



(……愛する人を守って死んで本人は満足だろうけど、残された人は自分が生き残った事より愛する人が死んでしまった事実に悲しみ絶望する……どうあがこうと、人の幸せを思うのなら、誰一人死んだらダメなんだよ。誰かが死ねば、誰かが悲しむ……だから俺は…)



“無理を通して、自分の理想を押し付ける為に誰も殺したくないんだ――”



「……なら、ボクもひとまず安心できそうなのですよ……どの道ライアをこの家から出さなければいいのですから」



「あははは……リネットさん以外の皆にも止められそうですから、大人しく分身体の操作に専念する事にしますよ…」



リネットとライアの会話を静かに聞いていたメイドのミオンとアルが遠目に『私達が絶対に死守して見せますッ!』と何度も拳をグッと握ってガッツポーズの様な事をしていたので、苦笑いを浮かべながら、ライアはそう言葉を漏らす。




「さて、実験も後は試すだけ……なんだけど、ちょっと今日は中止にしておこうか」



「……?どうしたのです?」



いきなり、実験中の魔道具への魔力の供給を止めて、席を立ちあがるライアにリネットは不思議そうな顔でそう尋ねる。




「……帝国が動き出しました。至急アーノルド王子、アイゼル様、そしてバグラス砦のエーリヒ騎士団長へ連絡を向かわせます」




そして、ライアの口から放たれた言葉は、実験室に漂う日常の空気を、一気に引き締める物であったのだった。









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