リールトンの街は今









――――アハトside



「そちらはすでに依頼が溢れてまして…」



「いえ、ギルド長は現在別件で動いてますよ」



「あ、おかえりなさいませ…え?遠征費用?そんなの無いですが…」



リールトンの街の冒険者ギルドはいつにもまして人が溢れかえっており、受付カウンターはアハト含め、職員達が総出で応対に当たっていた。



「セルスさ~ん…街道警備の依頼者が報酬を渋ってるらしいんですがぁ…」



「そちらの対応はアハトさん経由で連絡をしてもらってください。街道警備の依頼はメルナ商会が主導で動いているので、アハトさんであればスムーズに話を通せるはずです」



「は~い……アハトさ~ん?」



同じ受付カウンターで大量の冒険者達を捌きつつ、セルスがミリーに指示を出し、仕事がスムーズに進むようにしてくれる。



「聞こえてましたよ!その件はノインが処理しますので、受注者の冒険者の方には引換券だけ渡して後日報酬の引き渡しという事にしてください!…あ、依頼の達成ですね?では――」



どうして、これだけ冒険者達が溢れかえっているのかと言えば、もちろん戦争の事が関係している。



それが何故かといえば、戦争が始まる事により起きる問題の中に、流通の問題が出てくるのだ。



戦争によって、商人達はおいそれと仕入れをしに農村には行けなくなるし、農村自体が村を放棄して街に避難してきている場所も結構存在している。



そうなれば、街の物価なども飛躍的上がっていくし、商品の品数も限りが出てくる物も存在する。



なので、その物価高になる前に街の住人達は非常食然り、緊急時に自分の命を守る防具や幾つもの服などを買い漁り始めているのだ。



と、なれば、商人達は売れるとわかっているこの好機に商品を過剰に入荷すべく、戦争が始まる前にさっさと周辺の町村に行商しに行くという訳だ。



で、行商をしに行くとなれば冒険者達の護衛の依頼は増えるし、より安全性を高める為に街道沿いの魔物の掃討の依頼なども数多く受注され、冒険者達は稼ぎ時という感じになる構図なのだ。



護衛依頼は従来の料金より、数段高めに設定されてもいるので、冒険者達はこぞって依頼を受けていくという事だ。




「―――アハト君」



「ゼルさん!」



仕事の多さに辟易としながら受付をこなしていると、ライアにとって初めての冒険者とも言えるゼル達3人組の冒険者パーティがアハトの前に現れる。




「ギルドは今、結構忙しいのね……まぁあれだけ依頼が多ければ納得ではあるのだけれど」



「俺は、ライアちゃんに貢ぐ為の資金調達が出来るんで、今の状況は嬉しい限りなんっすけどね」



ゼルの後ろから狩猟の格好をした弓使いのミリアナと男だと知りながら?ライアに貢ぐと叫ぶ盗賊風の格好をしたタリスもアハトに声をかけてくる。



彼らとはリールトンの街に初めてきた頃からの付き合いではあるが、リールトンの街から活動拠点移してからは受付業務を通じての関わり合いしか出来ていなかった。



「今日は依頼の報告ですか?確か遠方の町で魔物討伐の依頼を受けてましたよね?」



「あぁ、その依頼が達成出来たから処理をお願いしたくてね……それと…」



「それと?」




ゼルは一旦そこで言葉を止めると、後ろのミリアナとタリスの2人に目を配らせ、3人が頷き合う。



「実は俺達……冒険者を辞める事にしたんだ」



「え!?」



ゼルの言葉に驚きの隠せなかったアハトは、周りに人が大勢いるのを承知しながらも声を出すのを抑えられずに、大きな声をあげてしまう。



「一体、どうして……」



「その……俺とミリアナが結婚する事になってね。流石に子育てと冒険者の両立は無理だし、思い切って冒険者を辞める事に決めたんだよ」



「―――――――エッ!?」




少し困り気味のゼルとその後ろでこちらにブイっとピースを向けながら『射止めてやったわ』と言わんばかりのドヤ顔の笑顔を向けてくるミリアナを視界に収めながら、ライアは再び絶句をする。




なんと、ゼルに淡い恋心を向けていたミリアナの事は知っていたが、ライアの知らぬ間にゼルとミリアナは恋仲になっていたらしい。



「そ……それはおめでとうございます!なるほど、それで冒険者業を辞める事に……ってあれ?タリスさんはどうするんですか?」



「俺も一緒に冒険者業は卒業するっすよ!流石にゼル達以外の冒険者と今さらチームを組む気にもなれないっすし」



「すまんなタリス」



彼らは、同じ村出身の幼馴染同士で冒険者チームを組んでいる。



冒険者には連携が必要不可欠だし、タリスにとってゼルとミリアナ以上に信頼関係を築けている人間など存在せず、2人が冒険者を辞めるとなった所で見知らぬ他人とチームを組むなどは出来ないとのこと。



「そうですか……3人にはずっとお世話になったので寂しい気持ちになってしまいますね…」



「んぅ~やっぱりかわいいわアハトちゃん!」



冒険者を辞めるとなれば、ギルドで受付をしているアハト達とはほとんど顔を合わせる事など無くなるのだし、素直な気持ちをしょんぼりとした表情で吐露すれば、ミリアナに飛びつかれ頬擦りされまくる。



「と言っても、戦争が終わってからの話だし、帝国との戦争の際はこのリールトンの街を守る為に尽力を尽くすつもりさ」



「むぎゅ……はい…」



「それに君は寂しくなると言ったが、そうでもないかもしれないぞ?」



「え?」



ゼルの言葉に疑問を浮かべていると、アハトを抱きしめるミリアナが続きを引き継ぐように口を開く。



「私達3人とも、リールトンの街を出てアハトちゃん……ライアちゃんの町に移住する事にしたのよ」



「そうなんですか!?」



「あぁ……寧ろ、今回の冒険者を辞める話になって、一番乗り気になっていたのはタリスだったからな……『ライアちゃんの居る町に拠点を移すのもよかったっすが、移住をするのも大賛成っす!』ってな」



「2人が幸せそうなのもいいんすが、俺としてはライアちゃんともっとお近づきになりたいっすからねッ!」



タリスも自信満々にそう返事を返し、先ほどの他の冒険者とは組めない的な話はある意味、ただの方便だったらしい。



「……ふふ、まぁ冒険者を辞めても皆さんとお会い出来るなら私としても嬉しいです」



「そういってくれると助かるよ……そちらに移住が決まったら色々とよろしく頼むよ」



「はい」




そう言って、ゼル達3人はアハトに別れの言葉を告げ、依頼を受ける事無く冒険者ギルドを出ていくのであった。







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