エマリアの思い









「おぉ……流石に空の上というのは初めての経験だな…」



「……ドルトンさんは仕事に行かなくてよかったんですか?」



翌日、エマリアの提案で早速飛行船での狙撃部隊の軍事演習が行われることになり、早朝から遠距離部隊の騎士達を連れ、空の旅に出ていたライア達。



遠距離部隊はエマリアの言っていた通り、それほど数はいないのか飛行船に乗船しているのはほんの30人程で、総勢2000人の王国騎士団からすればかなりの少数部隊である事が理解できる。



そして、そんな部隊の指揮をする為に、発案者のエマリアが一緒に飛行船に乗っているのは理解ができるのだが、何故かドルトン騎士団長が演習の見学に来ている。



何でも「はるか上空での未知の戦い方をするのなら、流石のエマリアでも苦戦するかもしれないから、保険で私が同行しよう」と言って、飛行船に乗り込んできたのだ。



(同行っていうのなら、せめてエマリアさん達と同じ飛行船の下部分に行くべきだと思うけど…)



遠距離攻撃を行う為に、飛行船の下側にエマリア含む騎士達が集まっているのだが、ドルトンは「ほぉ!これが操舵室か!」と観光気分でこちらに付いてきた。



面白そうな物に対して、好奇心のままに行動する様を見て、ライアは「なんだかんだ言ってギルド長の兄なんだなぁ」と血の繋がりを感じていた。




『インクリース殿、そろそろよろしいでしょうか?』



『あ、はい…今下のハッチを開放しますね…「ドルトンさん、今から演習を開始しますね」



エマリアの方が準備を終えたらしく、ライアに演習の開始を呼びかけてきたので、ドルトンに一応声をかけてから飛行船下部に取り付けられているハッチのロックを解除する。




「的は……あれか?」



「はい、一応周辺地帯は無人である事は確認してますが、念の為に地上に分身体を数人配置してますので、思いっきりやれますよ」



ライア達の眼下に見える平原のど真ん中に、標的として置かれた古ぼけた小さめの馬車。



今回の演習が決まったと同時にエマリアが用意してくれたらしく、そこに矢と魔法を放つのだ。



現在は地上から大体300メートル程の高さなので、魔法による補助がなくとも攻撃は何とか当たるはずだが…。



『総員、攻撃始めッ!!』



―――――…ッ……



操縦室から見える景色にそれほど変化はないが、≪鷹の目≫を併用したライアの目には、放たれた魔法や矢がどうなったのかがはっきりと目に見える。



『……命中が約8割…ですか』



「8割の命中……この距離であの小さい馬車にそれだけ当てますか…」



ライアの想定では、精々命中は2割か3割程度でも十分だと思っていたが、流石はこの国の精鋭と言った所かと、ライアは驚異の8割命中で目を見開いてしまう。



『これでは駄目ですね……敵地襲撃などはいいかもしれないですが、集団戦や市街地戦では狙い通りの場所を10割で射抜けないようでは味方への誤射にも繋がります』



「え…」


だが、この結果に満足していたのはどうやらライアだけであったらしく、飛行船の下で指揮を執っているエマリアが悔し気に言葉を漏らす。



「私は見えないが、8割命中なのであれば今回の戦争でも使い所はいくつかあるだろうな……だがボールト副団長は納得しないのではないかな?」



「え、えっとぉ…そうみたいですね」



ライアの驚きの言葉の後に困惑した感情を悟られたのか、下でエマリアが不服気なのを言い当てられ、ライアは驚く。



「はっはっは!エマリアにとって遠距離部隊は特別なのでな……少々熱くもなるか」



「特別ですか?」



エマリアと遠距離部隊に何か関係があるとは思わなかったが、ドルトンの言いぐさ的にどうやら何か秘密があるらしい。



「昨日、ボールト副団長から相談を持ち掛けられた時、どう思ったかな?」



「どう…?普通に帝国との戦争の勝率をより高める為に色々と考えてくれているんだなぁと…」



「先にアーノルド王子や私に話を通さずにかい?」



「え…?あ」



言われてみれば、昨日エマリアに話しかけられた時は、ドルトンへ話すついでにライアにも聞いてもらう体で呼ばれたのに、いつの間にかライアに提案をし、上司であるドルトンやアーノルドをそっちのけで話を進めてしまった。



恐らくアーノルドには昨日の時点で報告書の一つくらいは送っているかもしれないが、普通戦争という国が主体で行う物を騎士団の副団長が独断で作戦を変えるというのは少しばかり違和感を覚える。



普通であれば、一旦戦争に関わる重鎮……まぁこの場合は上司のドルトンや国王、それにアーノルドなどに会議を開いてもらい、そこで決議をとってからライアに提案やら命令を下すのが一般的に思える。



なのに、エマリアがライアに提案し、後付けのように許可を取っていく形をとっているエマリアは少々らしくないというか、逆に自分の考えを上層部に押し付ける為に動いているようにも感じられる。




「戦争に勝つ為…というより、何か別の目的があって、それを叶える為に飛行船…もしくは遠距離部隊を自由に動かす権利が欲しかった…みたいな事ですか?」



「まぁそういう事だね…ただ、そこに捕捉をするのであれば“遠距離部隊の地位向上”が目的みたいだけどね……元々ボールト副団長は遠距離部隊出身の騎士だから」



「そうなんですか!?」



意外…と言えば意外だが、元々エマリアは剣の腕よりも事務の仕事関係が強い騎士であるのは聞いていたし、剣より弓や魔法が強いと言われれば、妙な納得感も感じられる。



「ボールト副団長は魔法と弓矢の両方が使え、さらに剣もそこそこ出来るタイプだったからよかったんだが……自分と同じ遠距離部隊が日の目を見れない現状に少しでも力になりたいと動いているんだよ」



「だから自分で遠距離部隊の運用法を考えて、他の人に却下されないように私と先に話を付けた訳ですか…」



エマリアにとって、遠距離部隊とはある意味仲間的存在だったらしく、今回の飛行船からの狙撃作戦は遠距離部隊の者達の救済目的もあっての提案だったという事だ。



「まぁもちろん、戦争に勝つという大目標は見失ってはいないだろうから、きちんと戦果は挙げてくれるはずさ」



「…それは信頼してるんですね」



「いつも頼りにしているからね!」とドルトンにいい笑顔で返され、仕事を押し付けによって生まれた信頼かぁ…と苦笑いになるライアにエマリアから『すみませんインクリース殿、次は魔法の補助有りで試してもらいたいので、さらに高度を上げてもらう事もお願いしていいですか?』と真剣に訓練に励もうとする連絡が入ってくる。



「どの道、私も飛行船からの狙撃作戦は良いと思ってますので問題はないですけど…それじゃ、飛行船を上昇させますよ」



エマリアにも色んな思いがあるのだなと感じたライアは、少しでも遠距離部隊が功績をあげれるよう願うのであった。









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