ツィンガネ












――グイッ


「わっ…!?」



ライアが大男に抱きしめられ、息が出来ないまま藻掻いていると、いきなり後ろから引き寄せられる力に驚き、思わず声を上げてしまう。



ふと後ろに目を向ければ、ムスッとした表情のパテルが大男の腕を掴みながらライアを助け出してくれていたようだ。



「……それ以上、ライアに触れるな…」



「む?おぉすまない!つい喜びで無礼を働いてしまったか……」



大男はゴホンと咳払いを一つ入れると、こちらに姿勢を正して貴族としての礼をして、自己紹介をしてくる。



「私はこのバグラス砦が誇るバグラス騎士団で騎士団長を任されている“エーリヒ・ツィンガネ”という者だ」



「え、えっと……初めまして?……ん?ツィンガネ?」



いきなりのハグに動揺して、返事を返すので精一杯なライアだったが、エーリヒの家名を聞いて少しだけ引っかかりを覚え、つい名前を聞き返してしまう。



「君には我がツィンガネ侯爵家の馬鹿弟を更生させるだけでなく、騎士として引き取ってくれて、我ら一族全員が感謝しているのだよ」



「……ベルベットのお兄さん!?」



ツィンガネ侯爵家……聞き覚えがあるなと感じてはいたが、エーリヒの言葉でベルベットのフルネームが【ベルベット・ツィンガネ】である事を思い出し、すぐに騎士団長…エーリヒがライアと会いたがっていたのかが理解できた。



騎士学校で噂になっていたベルベットはかなり実家の侯爵家でも厄介者扱いをされていたらしいし、そのベルベットがまとも?に騎士として更生出来たとなれば、いち家族として大変喜ばしい事なのは間違いないだろう。



「はっはっは!お義兄さんだなんて、気が早いのではないか?」



「…いやいや、なんでそうなるんですか……」



前に騎士学校でツィンガネ侯爵家の事を少しばかり聞いた事があるが、ツィンガネ家の人間は全体的に温和で、領民達に寄り添った人柄らしく、自領の領民達には人気のある貴族だと聞いている。



つい先ほども、エデルの話でこのエーリヒが善人だというのはわかるのだが、微妙に人の話を聞かない感じの性格なのかもしれない。




「団長」



流石に進行がグダグダなのを見て、呆れた様子でエデルがエーリヒに『正気に戻れ』と声をかける。



「おぉっと、すまないすまない……。少しばかり私情に走ってしまった……。初めましてインクリース子爵殿。貴殿の話はアーノルド王子から聞いていて、この戦争の援軍で来られたという事で間違いはないだろうか?」



「そう…ですね。数は少ないかもしれませんが、此処に居る私達4名と宿に残してきた分身体達5人の計9人が援軍として駆け付けさせてもらいました」



「分身体……あの≪分体≫のスキルか……噂では、ライア殿はワイバーンや火竜などを討伐出来るほどの実力の持ち主だとか?」




やはり、世間一般的に≪分体≫のスキルはハズレスキルやら弱スキルとしての認識が強いのか、エーリヒは若干の疑問顔を浮かべながらも、ライアの戦歴について質問してくる。



「火竜は神樹の森のエルフ達やリールトンの街の騎士団の方々、その他冒険者様方のご尽力によって討伐できたので、私だけの功績という訳では無いですよ」




「謙遜かな?…まぁ別にアーノルド王子が直接送られたライア殿達の実力を今更疑っている訳では無いので、無理に聞き出すつもりは無いが……竜殺し…いや【竜騎士】の称号を持つものがどれほどの実力か、少し気になってね」



なんだったら≪分体≫のスキルでどれほど戦えるのか純粋に気になってしまったのだよ。と申し訳なさそうに頭をかきながらそう話すエーリヒ。



(≪分体≫でどれだけ戦えるのかって気になってる時点で疑っているのと変わらないと思うけど……まぁおいて置こう)



何はともあれ、このままでは話が進まないと思ったライアは、挨拶を進めるべく口を開く。




「ははは……それで、えっと……今回私達は援軍として来た訳ですけど、何か作戦や守るべき場所などがあるんですか?」



「いや、特には無いが……基本的にライア殿方は我ら騎士団の数名と共に自由に動ける立場……まぁ遊撃部隊のような立ち位置になってもらうつもりだ」



「遊撃ですか?」



何でも、この砦に在籍する騎士達は攻める事よりも砦に立てこもり、相手の消耗を促進させる戦いには慣れているが、砦から打って出るような戦いはそれ程得意ではないらしい。



「はっきり言って、我々の戦い方は“守り”が主体なので、砦から出る事はまず無い……。そこでライア殿達を遊ばせているのでは、折角の援軍が意味を成さないのでな。自由に動いてもらえる遊撃部隊として扱わせてもらいたい」



ぶっちゃけて言ってしまえば、砦の中での戦い方を知らないライア達を無理矢理騎士団の中で使おうとしても無理だし、それならば自由に動ける立場を与えて好きに動いてもらった方が良いだろうという判断らしい。



「一応連絡要員兼、万が一の護衛としてエデルと数人の騎士を付けさせるので、好きにこき使ってくれ」



「よろしくお願いします」




エーリヒの言葉にエデルも事前に聞いていたのか、特に動揺一つなく承諾し、こちらに会釈を送る。



「なるほどですね、わかりました……後で砦の構造や帝国との戦闘が予想される防壁の向こう側の案内もお願いしてもいいですか?」



「それは私が後でご案内いたしますね」



ライアの言葉に、エデルは特に嫌な顔もせずに了承してくれる。



それから、暫くライアはこの砦の事での疑問に思った事や気になった事などを聞いたり、戦争の際に騎士団の人達はどんな攻撃を行うのかなどの話合いが数十分程行われた。






「―――さて、まだ色々と話すべき事はあるが……帝国が攻めて来るのはまだ先なのだし、今日はこれから飲みにでも行って、ライア殿との交流を図りたいのだが…」



「団長?団長にはまだ色々と書類仕事が残ってるのですから、そのような…」



「む…そうだったか……出来る事ならもう少しライア殿と仲を深めたかったのだが…」



会話の殆どがライアとエーリヒ、そして補足を入れるエデルの3人で話をしていた事もあって、部屋の隅で眠たそうな顔を浮かべるプエリとリンの子供組が目に入ったらしく、エーリヒがこちらに気を利かせて、話を終わらせようと話題を変えてくれた。



……変えてくれた……はず…。



決してライア目当てで話題を変えた訳では無いと思いたい。






―――――――――――

―――――――――

―――――――







――――パテルside



「お父さん。なんかすごい感じだったね!」



「……そうだな…」




最初はあの大男がライアに抱き着いて来た時は敵なのかと少し警戒したが、話し合いが終わってみれば、あの大男が暴走したのは最初と最後の部分のみ。



それ以外の会話の中には確かな責任感と言った感じがにじみ出ているようで、言葉の節々から『こいつは騎士団の団長なのだな』と納得出来た。



パテルにとって、騎士団長という存在はあくまでアインが基準となっているのだが、流石に年の功が違うのか、真面目に話を進めるエーリヒとやらはアインよりも圧力の様な物が感じられたので、中々のやり手なのだろうと俺は感じた。




もちろん、いきなりライアに抱き着いて来た事などを考えれば、少々常識のない男だとは思うので、基本的に好きにはなれないなとは思ったが…。




「ねぇお父さん?」



「…?」



「わたしはお父さんとライアねぇちゃん…お似合いだと思うよ?」



















「………流石にその冗談はやめてくれ……」



「んー?でもさっきライアねぇちゃんを助ける時のお父さんの顔凄い怖かっふぐっ…」



「冗談はやめような?」




俺の手によって言葉を遮られたプエリは『しょうがないなぁー』と言った顔でコクコクと首を縦に振る。




(……プエリには、きちんと話し合いをしなければな……)




俺は、プエリの倫理観について、きちんと話し合った方が良いのだろうとため息を漏らすのであった。









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